城巡り31~松本城
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城巡り31~松本城

2015-10-10 10:25
    私はこの前のシルバーウィークを利用して信州を訪れてみました。
    そして信州を代表する2つの城も訪れたのでまず長野県唯一の
    現存天守であり、私が初めて訪れた現存天守でもある思い出深い
    城を紹介したいと思います。

    松本城


    小牧・長久手の戦いの後、徳川家を出奔した石川数正とその息子である
    康長の親子2代に渡って建てられた複合連結式層塔型5重6階の平城です。

    松本駅から徒歩10分とアクセスも比較的良好で大天守と小天守及び3基の櫓が現存します。
    訪れた日は天気も良好で徒歩で訪れ、三の丸から入城しました。

    震災後は渡れなくなってしまった埋橋


    丁度南西側から入城した為、すぐに大天守が目の前に出て来ました(上の写真)

    (左から)大天守、辰巳附櫓、月見櫓


    本来なら天守閣内部も見学したかったのですが、
    既に10年前に一度訪れ見学済みだった事に加えて
    この日は三ノ丸でビール祭りも行われていた事もあり

     まさかの3時間待ち…

    だったので天守閣内部の見学は諦めました…

    天守閣見学待ちの列…




    現存する建造物が天守廓のみなので天守を中心に紹介したいと思います。

    まず現存する建造物の内、石川父子によって建てられたのが大天守です。
    しかし、創建時から今の姿では無かったらしく昭和の大修理により
    江戸時代に改変が行われていた事が明らかになっています。

    創建時の松本城の想像図



    同じアングルから撮影した大天守


    南側五重目の唐破風が千鳥破風に変わっている事、
    東側の二重目から四重目にかけた入母屋破風が付いている他、
    六重目に高欄が
    設けられていた等大きく改修されているのが分かります。

    裏側想像図



    同じアングル


    こちらも西側三~四重目が比翼入母屋破風から千鳥破風に、
    北側二重、五重にも改修した後が見受けられます。

    渡櫓(左)、乾小天守(右)


    大天守と同じく創建時に建てられたとみられる乾小天守及び渡櫓は
    大天守に比べると改修の痕跡が少なくある意味松本城の中で
    最も古態を留めている建物と言えます。

    そして想像図からもお分かり板けると思いますが
    創建時には辰巳附櫓、月見櫓は存在していませんでした。

    辰巳附櫓がいつ建てられたのかは不詳ですが月見櫓が
    結城秀康の三男、松平直政により寛永10年(1633年)に
    建造された事を踏まえると江戸時代初期に建てられたのは間違いありません。

    辰巳附櫓。明らかに取って付けた感があるw


    月見櫓


    因みに月見櫓は現在高欄の漆の再塗装により修復中で
    10月以降に見学可能になるそうです。

    月見櫓を見ても分かるように現在の天守閣群は戦国の色が濃く残る桃山時代から
    戦乱が遠くなった江戸時代を経て現在の姿に変化した結果と言えます。

    石垣のみとはいえ往年の堅固さが忍ばれる裏門跡



    幸いにも幕末の戦乱に巻き込まれなかったとはいえ、
    1727年(享保12年)に本丸内での火災及び1876年(明治9年)の二の丸の火災
    御殿建造物は全滅の憂き目にあい、天守もまた破却寸前にまでなりましたが
    地元藩士の尽力で解体を免れたのもつかの間、今度は支柱の腐敗で天守が傾くなど
    幾多の災難と修復を経て今日に至っています。

    傾いていた時の古写真




    江戸時代中期に全焼してしまった本丸御殿跡



    同じく明治時代に惜しくも焼失してしまった二の丸御殿跡


    焼失前の古写真は現存しておらず詳細は分かりませんが
    焼失前の明治4年に書かれた見取り図では柿葺きであったのが伺えます。
    特に二の丸に関しては空襲もなかった事から失火さえなければ
    一部分でも現存していた可能性が高かっただけに焼失が惜しまれます。

    そして松本城に関しては戦後から近年にかけて復元に熱心であり
    2つの城門が復元されています。

    まず本丸の入口である黒門


    この門は昭和30年代に珍しく木造復元されましたが、、、
    黒門に関する外観は不明だった為に焼失した名古屋城
    東一の門及び南一の門を参考に復元されたそうです…

    歴史考証的には疑問符がつかざるを得ない建物ですが
    まあ適当だった戦後の復興なので致し方ない部分もあるかと思います。

    黒門ニの門(手前)


    こちらは平成に入って復元された物でこちらは
    史実考証に基づいてきちんと復元されています。

    そして一番新しく復元された二の丸太鼓門


    こちらは江戸末期の「起し絵」が付いた見取り図から復元され、
    明治時代に石垣諸共撤去された事から石垣を含めて復元するという
    かなり大掛かりな復元となりました。




    間近で見るとその大きさに圧倒されます。

    そして、松本城の現在進行形の復元といえば「堀」です。
    明治時代以降に外堀の南西部分が埋め立てられ住宅地と
    なってしまいましたが現在松本市は土地の買収により
    外堀の復元を目指していて買収が済んだ区域は整備が開始されています。

    奥からこの蕎麦屋辺りまでが外堀だった箇所


    僅かに残る東総掘の一部


    多くの城郭復元あれどこれほどまでの大規模な堀の復元にまで
    着手した城は他に大阪城ぐらいなので近い将来外堀が復元したら
    また訪れたいと思っています。

    また訪れてない方は月見櫓の修復が終了次第訪れてみる事をお勧めします。
    次回の城巡りは同じ日に訪れた長野県を代表するもう1つの名城、
    上田城を紹介したいと思います。
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