城巡り36~松山城(再訪)
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城巡り36~松山城(再訪)

2016-08-17 18:57

    さて、城巡り3つ目は愛媛県を代表する名城である松山城です。

    松山城



    (前回の記事はコチラをどうぞ)

    前回は本丸曲輪を中心に見学しましたので今回は二の丸曲輪を中心に紹介したいと思います。
    多くの建造物が残るor復元されている本丸とは異なり二の丸と三の丸は明治時代に火事で
    焼失した後は事実上野晒し状態という天と地の差がありました。
    更に二の丸は明治時代の火災で建造物が焼失した後、陸軍鎮台を経て小学校が建設される等
    遺跡の破壊が行われましたが、学校廃校後に整備を開始したのと、井戸を始めとする
    諸施設が戦後になって埋め立てられた事もあり、それほど損傷が少なく復元が出来たとの
    事だそうです。

    水堀こそ道路として埋め立てられているものの綺麗に残る石垣


    入口


    木造で復元された二の丸多聞櫓


    松山城は前回も解説しましたが、全国で雑で時代考証を無視したコンクリート模擬天守
    相次いで作られていた昭和30年代から日本で唯一

       「木造復元」に本腰を入れて取り組んだ


    城でもあります。
    その集大成となるのが平成に入った1992年に復元された二の丸多聞櫓と四足門でした。

    入口


    多聞櫓の内部は資料館となっています


    そして門を潜ると整備された二の丸御殿跡が見学出来ます。
    (御殿があった箇所は池となっています)


    中には茶室も3つあります


    この二の丸最大の目玉は御殿の下に作られた巨大な井戸を再現した事です。
    何でも明治時代に日露戦争の捕虜軍人と日本人看護婦がここで愛を誓って
    名前を彫ったロシア金貨を井戸に投げたらしく、整備中に見つかった事から
    「デートスポット」としてPRしているのがなんとも斬新でした…


    上記の事や井戸跡から空襲の焼夷弾が見つかった事から恐らく戦後に小学校が
    建設される前に埋められたのではないかと推測されています。
    その為、思った以上に原型を留めていたのは不幸中の幸いと言えるかと思います。

    四足門



    四足門(裏側)


    全体図



    そして、時間に余裕があったので本丸にも少し足を向けてみる事にしました。
    こちらはロープウェイがあるお城口と違って観光客も少なく、ゆったりと
    登城する事が出来ました。

    残念ながらまだ復元されていない変則二重櫓門(片側が三重)であった門跡











    現存建築物であり重要文化財でもある戸無門


    戦後の放火で惜しくも焼失してしまったものの木造復元された筒井門



    放火され焼失した直後の筒井門及び隱門



    そして筒井門に隣接しながらも放火から免れ現存する隱門


    以下、空襲で焼失してしまった太鼓櫓、太鼓門、巽櫓

    太鼓櫓
    修復を受けて綺麗になってます


    内側



    太鼓門


    巽櫓


    小天守(左)、大天守(右)


    因みに説明の多くは昭和8年の放火(放火多いな、この城orz)で
    大天守以外の全ての建造物が焼失したという記述がありますが、
    正しくなく、正確には

    ・北隅櫓

    ・十間廊下

    ・南隅櫓

    ・小天守

    ・筋鉄門

    の計5つ、西側の建造物が全焼したのが事実です。

    痛々しい空襲直後の松山城大天守



    参考までに天守曲輪の全体図(黒い部分が焼失部分)



    その為、空襲で焼失した天神櫓を除く東側の建造物は現存しています。
    現存する一ノ門南櫓及び二の門南櫓


    こちらが焼失してしまった北隅櫓(右)と十間廊下(中央)、南隅櫓(左)
    (因みにこの写真は前回訪れた際に撮影した写真です)


    残念ながら時間の制約上、天守閣へは入れず引き返すハメになりましたが、
    また訪れる機会がありましたら天守曲輪もしっかり撮影したいと思います。

    今回のメインの目的であった二の丸は思った以上にきちんと整備・手入れが施されており、
    とても満足する事が出来ました。(デートスポットPRはくどかったですがw)
    今までの昭和・平成にかけての城郭復元はあくまで天守閣が良くも悪くもメインで
    その他の建造物、況してや二の丸となると篠山城の二の丸御殿や広島城の二の丸
    など数える程しかなく、それだけに本丸建造物を99%木造で復元した松山市が
    きちんと二の丸についても整備・復元してくれている事は適当な行政が多い中、
    奇跡とも言える神対応と言えます。
    まあ、敢えて二の丸で言いたいことはあくまで個人的な願望という事ですが、
    二の丸で復元されていない門と付随する多聞櫓及び西隅櫓が復元されれば
    より二の丸の景観が素晴らしくなると思います。

    そして、時間に余裕があった為、前回大天守ばかりに目が行き、
    あまり見れてなかった本丸の主要櫓、門を時間をかけて見れた事は
    予想外に嬉しかったです。
    さんも松山城を訪れる際には是非櫓なども見て欲しいと思います。

    次回も以前訪れた愛媛県の名城、大洲城を紹介したいと思います。





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