• 近況報告

    2019-08-07 21:32
    前回のブロマガの内容から半年くらい経過し、実際の途中経過などを簡単に紹介したいと思います。






    ★現在の近況など

    簡単に言いますと、仕事掛け持ちで自分の時間がない。お金もなくて仕事はきつい。けど意外と充実しているし自分の将来についての不安はない。



    ★Twitterを休止していた理由など


    HOROSIさんのブロマガのコメント(クリックで移動)に書いたやつで、ちょうど説明できているので気になる方はご覧ください(^^;








    ★LINEとの関連性について




    LINEが広まった2012年頃には知っていたものの、某国資本ということで絶対にやることはないと思っていた。それがどうしてもやらざるを得なくなったときの、強制的に改宗を迫られたみたいな感じ(知らんけど


    →4月頃、副業(第三の仕事)でクライアントのスマホの動画データをMacに移動する必要がありましたが、これまたGalaxyでSDカードが刺さらないやつで、Macに直接繋いでツール入れてもうまく見れない、Androidの使い方わからない、いちいちパスワード打ち込む必要がるなど、
    最後に仕方なく私がLINEを入れて(回線はWiFi)送ってもらったという具合。またクライアントの連絡のため3か月間はアカウントを残さなくてはならない(長い

    →いつまのにか連絡先が自動登録とかされて「だれだこいつw」みたいに「友だち」がいっぱい、それ本当に「友達なんか?」

    →Twitterやってる人としてはLINEで足が付くと紐づけの紐づけですぐTwitter垢が身バレしてしまうと思って悩む

    →とりあえずTwitterは休止しておこう

    →うつだしのう






    ★支援期間を終えて半年以上経ち、農水省の農業支援を今どう捉えているか(←時間のない方はすっとばしてください)



    もともと父が畑を経営(現在は継承が完了して引退)し、私は会社勤めをしていたので支援制度は勤め人から農家に移るきっかけにはなりました。
    しかし、支援を受けた当初は「経営」についての知識が足りておらず、各所に赴いて学んではいたものの自分の認識の甘さや覚悟が足りていなかったと反省しています。

    むしろ、農業生産法人の社員として勤めながら私個人の経営を両立させている現在のほうが、よほど経営の知識やスキルを身に着けているような気がします。
    支援期間中は、土地改良や設備投資、災害の復旧等に役立っており、決して無駄にはなっていません。
    一番良かったなと思うのは、年老いた父が完全に引退し、母の身の回りの世話をしていること。
    結果、支援制度を受けてよかったという思いと、今となってはもっと反省すべき点がたくさんあったなという結論に至りました。

    今後数年間は兼業せざるを得なく、ある程度のまとまった資金が確保出来次第、会社を辞めて専業農家として自適に生活していくプランを計画しています。
    今年の一年が大変ですが、今後数年間はやはり時間に追われる身となりそうす。







    ★現在の課題
     

    1)私は、人の話の本質を理解しようとしていない。

    もともと自分大好き人間で、「人の為」とは言いながら本質は自分がかわいいから、人から発せられる言葉の本質(人の心)を理解できない。

    →普段付き合いのない人でも、ちゃんと相手の目を見るなど改善の取組中

    2)時間の使い方が下手(これは半年前にフォロワーさんから助言されていた事

    仕事上では段取りよく進み、時間が足りなくなるという状態は全くないのですが、
    自分のプライベートとなると合理的に行動できないから、どんどん「時間が足りない」「やることが溜まっていく」という状態に陥る 

    →断捨離や1日の過ごし方を予め考えて決めてリズムを体に染み込ませるなど、あきらめが一番ということで取組中。ただ、ぼーっとしている時間も正直欲しいところではある。

    3)その他の出来事・感じたこと

    ・これはあくまでリアルの事であるが、人に会う時にいつも愛想が良い人よりも、普段からいつもムスッとした面持ちでいる人のほうが
    よくよく後で振り返ってみた時にむしろ信用できるような気がする(一概には言う事は禁物でですが)。




    長くてすみませんでした。最後まで読んでいただき誠にありがとうございます。




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  • 2019年は自分にとって節目の年

    2018-11-21 02:232
    貴重な5年間

    専業農家になって5年が過ぎようとしています。その前は建設会社の農業部門で働いておりました。そこで農業についてのノウハウを身に着けました。

    専業農家になろうと思ったきっかけは、国(農水省)の政策を知ってからです。
    あえて細かくは言いませんが(ちょっと調べればわかると思います)、父の農業を継ぐ決心がつきました。

    この5年間は畑の規模を拡大してきましたが、畑を借りる・増やすということはとても簡単な事ではあませんでした。
    国の支援のお陰で年老いた両親を養いつつ、一人で仕農事をすることが出来ました。とても国に対して恩があります。

    今年はその支援の期間の最終年にあたり、来年からなくなります。
    両親と私の3人で家計をやりくりするのは来年からは厳しくなるので、再び元の会社で働きながら畑をやっていこうと決意しました。

    兼業農家は避けられない

    来年から兼業農家になります。今年の台風で散々思い知らされましたが、もともと農業はギャンブル性のある職業だと思います。それに比べて会社勤めは安定性があります。
    また今の私の経営規模では専業でやっていくだけの資金力が不足しています。また農業機械や設備の急な故障や破損に対して対応できる余力がありません。

    ですので平日6日会社に出勤して日曜日に自分の畑をやる、ということになりますが、
    元のいた会社の方たちには、これまでも何度も接し「是非ウチに来てくれよ!」と会うたびに言われてきました。
    なので会社9:自分の畑1ではなく、少し融通を聞いていただけることになりました。

    来年はそんな仕事だらけの日々、というわけでもないですが、かといって甘くもないと自覚しています。


    私は農業が適職だと思っています。本当に自分に向いていると芯から思いますし、好きです。

    自然が好き、花が好き、土の感触・匂いが好き。

    で、一方ボカロPとしてなんですが細々とやっていこうと思います。おそらくだいぶ自分の時間が減るでしょうから当然、制作にかけるエネルギーも減るでしょう。

    そんな感じで今年は平成最後の年になりますが来年は私にとって節目の年になります。


    その他


    ・この歳になって魚の美味しさを自覚する
    ・骨董品とか古い建物、水墨画、和服姿etc  とにかく古い日本の伝統に心を惹かれる
    ・NHKの「西郷どん」 大河ドラマを欠かさず見るようになったのは人生で初めて。西郷さんて偉大な方だったんだって思い知った。
    ・下町ロケットの殿村さんの気持ちが痛いほどわかる。殿村さんは私の分身みたいになってる

    最後まで読んでいただき、ありかとうございます。頑張ります。







  • ずっと独りで生きていくんだと思ってた

    2018-06-07 23:46

    生まれつきかもしれませんが私は独りでいることが好きです。結婚もせず、たまに会うくらいの一人の友人がいれば私にはそれで十分でした。
    たまに級友から飲み会やイベントへの出席に誘われますが私はそんなのにはあまり興味がなく独り家でゲームをすることのほうが好きでした。



    ずっと独りで生きていくんだと思ってた


    40代も残すところ数年という歳に、自分がどんな風に最後を遂げるのかということについて考える事が多くなりました。
    これからどう生きようか、ではなくてどんな死にざまをするかのほうに意識を置くようになりました。

    孤独死した後の清掃人の話のテレビを観たり、「一人でいきてゆく」みたいな本などを買って読んだりしました。
    やはり独りで生きてゆくには覚悟は必要みたいです。
    90歳近い両親はまだ健在です。しかし近い将来確実に独りで生きてゆく事になるのは確定しています。

    このままでいいのだろうかと考える自分がいました。



    去年の暮れに同級生の飲み会に誘われた時、いつもなら断っていましたが、この年齢になると私みたいに孤独に生きている仲間もいるかもしれません。
    そんな何かの話をしたくて聴きたくて、なぜかその飲み会に参加しました。

    いままで友達付き合いに積極的ではなかった私に対して意外と同級生たちは暖かく接してくれたのです。
    私がパソコンの知識に長けている事から、イベントでの動画の撮影や編集、DVD作成なども頼まれたりしました。

    つい先日、全国から同窓生たちが一斉に集まる事になり、私も参加してきました。
    中には高校卒業以来に再開する人もかなりいました。


    人はなぜ自分の命を絶ってしまうのか


    そのイベント後の帰りの船旅で級友と話した事は、自身で命を絶ってしまった級友の事です。
    その級友は私は過去に知っており、たまに話すこともありました。
    でも私が数年前に会社を退職した後からは彼を見かけることはありませんでした。
    そして何年かした後で彼の自殺の知らせです。

    彼は一見人と話すのが苦手には見えませんでしたが、やっぱり人見知りなところはあったと思います。
    彼が亡くなる前の様子を人づてで聞いてもいました。

    その彼の事を船旅の中で級友と話をしていましたが、それで思ったのは
    人がなぜ自分で生きるのをやめてしまうのだろうかと。前々から自分でも考えていたことですが、
    おそらく人は社会や地域、友人、ネットでもよく、何らかの形で一つでも誰かと繋がっていないと人は死を選ぶのではないかと思いました。


    社会から孤立してもいい。たくさんの友達も必要ない。親、兄弟、恋人でもいい、
    「ただ一人の誰か」と関わっているだけで人は生きるのを辞めないのではないかと思いました。


    一方、鹿児島のある田舎に自給自足、しかも電気や水道も引かずにひっそりと生きている人の昔のテレビ放送の動画をこっそり見たことがあります。
    そんな一見孤独に見えるような方でも「社会と関わっていかなくてはいけない」というような事を語っていました。


    今後、私は同級生たちと少しずつ接しながら生きていこうと思います。
    まだ自分の死にざまがどうなるのかイメージはわきませんが。

    以上重いお話で申し訳ありませんでした。読んでいただいてありがとうございます。