存在についての小論-03:運動の生成における存在の生成
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存在についての小論-03:運動の生成における存在の生成

2019-01-14 00:21

    存在についての小論

    03-運動の生成における存在の生成

     肉体とは離れた場所に自己を形成するための方法を考えてみる。いや、もしかしたら「肉体から離れた自己」はもうすでに最初からそれしかなくて、だからこそ私たちや様々な事物は存在し、知覚できているのかもしれないが、それならば、その「肉体から離れた自己」を「確認」できるような方法を考えてみる。

     「自己が自己をつらぬいて、すなわち自己という場において自己を触るとき、自己の知覚は生成する」


    という仮説が成り立つならば、たとえ肉体がなくても、そのような「自己言及的ムニュッ」なシステムによって、「自己」を形成することは可能だろう。ただし、それは人工知能を作るようなもので、「私」とは関係のない別の「自己」が生まれることになる。それでは意味がない。目標は、「私」を肉体の外側に造ることだ。

     しかし、この「自己言及的ムニュッ」システムとは別(?)の、自己知覚を生み出すためのもうひとつのシステムがある。「運動」と知覚の関係だ。

     机にジッと手を置いてみる。全く手を動かさないでじっとしていると、だんだん机の質感が薄れてくる。そこで、手をスッと前にスライドさせる。そのとき、机の質感が指肌にはっきり感じられる。机の質感という知覚は、手のスライドという運動を通じて顕在化したのだ。




    ※自己(=知覚)の形成のための2システム

    ・自己言及的ムニュッシステム

    ・運動システム


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