「小説 アルト・ハイデルベルク(マイアーフェルスター著)」メモ
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

「小説 アルト・ハイデルベルク(マイアーフェルスター著)」メモ

2016-10-15 19:00


    ・子供の頃に児童書で「読んだ」という記憶だけあって、どんな話かほとんど覚えていなかった本。大人向け版ではじめて読んでみた。
     うーん、さっぱり面白くなかった。というか、思ったのと全然ちがかった。
    一般に純愛ものの名作みたいに言われているみたいだけど、全然そう感じなかった。
     男性も女性も、非常に不謹慎に好き放題やってハメを外して、いつまでもそんな日々が続くみたいに思っていたらそうはいかなくて、現実に戻ったらすぐに相手の事は一時の熱病だったみたいに忘れてしまった、みたいな。男女どちらの登場人物にも好感が持てない。

    ウィキペディアからあらすじを引用すると
     カールブルク公国の公子、カール・ハインリッヒがハイデルベルク大学へ遊学して、このネッカー川に面した美しい町の下宿でケーティ (Kathi) と仲良くなり楽しい時を過ごすが、養父の死により大公に就くことになり、彼女と別れて故郷へ呼び戻され、その後再びハイデルベルクを訪問してケーティに再会するまでを描いている。
     となっていて、それはたしかにその通りで格調高く書けば身分違いの恋みたいな悲恋もの、みたいな名作になるのかもしれないが、ヒロインは文庫の説明文では純情可憐と紹介されて
    いるけど婚約者がいる身で主人公に即オチするし、主人公側もたまたま身近にいたから手を
    出した、という印象。
     その後は人前で始終イチャイチャして養父母からも問題視されたりする。身分を笠に着た
    放蕩児と婚約者を捨ててそちらに乗り換えた尻軽女、という印象で、全然ロマンを感じないし心もひかれない。

     公子が通うことになる大学には「学生団」もしくは「学生組合」というのがあって、「ザクセン団」とか「ヴェストファーレン団」みたいな名前がついている。これらはあちらの地名みたいなので県人会みたいなものなのかよくわからないが、お互いに張り合っていて、公子がどこの団に入るかで力関係が変わったりする。また、たぶんみんな金持ちの貴族の子弟なので、団付の従卒みたいのがいて、この従卒(65歳)を酒場に同行させて、自分たちは乱痴気騒ぎをしながら「メニューを持ってこい」「ビールを頼んでこい」「そこの犬をつかまえろ」などとこき使う。この学生団は自分たちが気に入った店があると入り浸って、その店の常連客をみんな追い出してしまう。全然この学生達に好感が持てない。

     で、団が普段何をやるかというと喧嘩と酒飲んで騒ぐだけ。公子も一緒になって暴れ回る。ヒロインはこの学生団によって客層が全く変わってしまった宿屋兼食堂で働いているが、自分がチヤホヤされれば物静かな常連客が追い立てられ、店の人が困惑していても気にしていない(売上は伸びたようだが)。

     公子の遊学は1年間の予定だったが、そんなわけで全く講義には出ていない。三ヶ月過ぎたところで大公が病で倒れ、公子は故郷に戻って後を継がなくてはならなくなる。公子はヒロインに「必ず帰ってくる」とその場の勢いで守るアテの無い約束をしてこの地を去る。
     大公は公子を「甥」と呼んでいるので血縁関係はあるみたい。大公には子供が無く、公子の両親はもう亡くなっているんだったと思う。

     というわけで二年が過ぎ去り、今は大公となった主人公は従姉の公女との結婚を控えている。彼女は美人で幼なじみでもあり、不満は無いがときめきは感じない。
     そんな時に学生団でこき使われていた従卒が彼を訪ねてくる。戯言に「自分が大公になったらお前を雇ってやる」と言ったのを真に受けてやってきたのだ。従卒から学生団の誰彼が今はどうしている、などと聞いた主人公は、ムラムラと懐かしくなり突然ハイデルブルク再訪を
    思い立つ。
     だが学生団の仲間は散り散りとなっており、地元に残っていた何人かと再会はするものの、彼らは友人ではなく、大公としてしか主人公に接しない。堅苦しく、礼儀正しくはあるが中身の無い挨拶をするだけ。共通の話題は無く、会話も弾まない。大公は来たのは間違いだったと虚無感さえ覚える。かつてヒロインと出合った酒場も、今は学生達に飽きられて寂れている。

     そしてヒロインとも再会するのだが、ヒロインも大公の結婚の噂は知っており、彼女自身も例の婚約者との結婚を控えている。もう戻らない時間の流れを互いに感じつつ、よそよそしくどことなく老けたヒロインは二人の思い出を語るが、それらはもはや実体の無い、遠い夢の
    ような出来事に思われる。やがて滞在期限が来て二人は別れの時を迎え、おそらく二度と会う事は無いだろう、というラスト。
     ラストだけ読めば少ししんみり感もあるけどその前があれだったからあまり感慨はない。

     と、主人公とヒロインはそんな感じなのだが、一人だけ印象に残った人物がいる。

     肩書は哲学博士。八年間公子の家庭教師をつとめ、公子の大学入学に伴って政府顧問官に
    任命され、ハイデルベルクへ行く公子の随員となる。つまり公子が大学でハメを外し過ぎないように見守るお目付け役のような役割。公子もこの人の事は敬愛しており、関係は良好。
     なのだが、彼自身が八年間に及ぶ宮廷生活に飽き飽きもし、やっかみや人間関係に疲れ果ててもおり、ストレスと飽食のために病気だらけの身体となっている。酒と葉巻を手放さない
    人間でもある。すごくお爺さんな印象だが35歳らしい。
     というわけでこのお目付け役が真っ先に羽根を伸ばして好き勝手はじめてしまう。公子が
    ハメを外しすぎて大怪我をしたときには責任を感じて辞職する、と言ったりはするのだが、
    最終的に飲んだくれて病院に入ることとなり、結局そのまま亡くなってしまい、ハイデルベルクに葬られる。この人が心のまま自由に生きたのは、公子と共にハイデルベルクで過ごした数ヶ月だけだったのかもしれない。
     なんというか、ストーリー上いてもいなくてもよさそうな感じで、公子の放蕩を止めるわけでもなく、役にたっていないのだが、この人だけ変に存在感がある。
     唯一、公子を対等の人間として扱った人物なのかもしれない。公子もハイデルベルク再訪に際し、この人の墓を参ったことだけは意味があったと思っている。この人物が作者の分身なのかな、などと思ったりした。
     解説には作者の学生時代の体験が織り込まれているともある。

     作者はいわゆる一発屋みたいな感じで、この作品以外はほとんど読み継がれていないらしい。若いときはこの作品のヒットもありそこそこ売れっ子だったが40歳くらいで妻に先立たれ
    さらに失明し、その後は約30年不遇のまま過ごして71歳まで生きたらしい。その間作品は1作しか書いていない。どうやって暮らしをたてていたんだろう。

     何でわざわざ「小説」とついているのかな、と思ったら作者はどちらかというと戯曲が本職だったようで、「戯曲 アルト・ハイデルベルク」もあるかららしい。両者は微妙に異なるらしい。
     当時はヒットしたらしく、映画にもなっているとか。日本でも松井須磨子とか大竹しのぶとかがヒロインを演じた舞台になったり、宝塚でやったりもしているらしい。

     枠組みを生かして、セリフや演出を工夫すれば、せつない話やほほえましい話にもできそうなので、演劇や映画ではそうなっているのかもしれない。

     
     

    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。