「眞田幸村(尾崎士郎著)」メモ
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「眞田幸村(尾崎士郎著)」メモ

2016-10-21 19:00
    ・むかーし買った本の消化中。私の手元にあるのは鱒書房というところから出た歴史新書と
    いうもの。真田ではなく眞田幸村になっている。初版発行は昭和31年。


    真田ブームで現在は河出文庫から復刻されている様子。

     
     タイトルは幸村だが、主役はどちらかというと猿飛佐助。関が原の直前、犬伏の別れからはじまって、真田丸を作りはじめた全然クライマックスではないところでジャンプの打ち切りマンガみたいに終わる。

     立川文庫版の幸村は読んだ事はないのだが、これが立川文庫版版だと言われれば信じてしまいそうな内容。まえがきによれば史実より民間伝承を優先したみたいな事が書いてある。

     真田十勇士は一応全員出てくるみたいだが、チラッとしか登場しない人や、出るたびに名前が違う人などいて、まともにセリフがあるのは佐助と三好清海入道(武蔵坊弁慶の子孫と名乗っている)と霧隠才蔵(「猿」「霧」と呼び合う間柄)くらい。
     
     他には野呂兵部、伊三入道、浅香郷右衛門、近藤無手之助、穴山小助、海野六郎、由利鎌之助、筧金六郎、根津勘八という名前が登場するが、名前が紹介されるだけだったり二言三言セリフを言うだけだったりして特に活躍しない。十名を超えた名前が出ているが、どれが十勇士なのか明記されておらずよくわからない。佐助は穴山小三郎とも名乗るが穴山小助とは別人らしい。筧金六郎が筧十蔵なのか(1箇所だけ筧十蔵が登場するが、別人なのか同一人物なのか判然としない)、根津勘八が根津甚八なのかもよくわからない。さらに法然流六角棒術(実在する武術なのかわからないがそう書いてある)を使う豪傑、塙団右衛門(この人は実在の人物らしく、立川文庫の岩見重太郎にも出てきた)や甲賀忍者の甲賀五郎兵衛、やはり甲賀のくの一、お絹などが入り乱れて、猿飛佐助とからむ。佐助は戸隠流の忍者という事になっている。
     
     物語は犬伏の別れの直後に猿飛佐助が幸村(最初から幸村になっている)に呼び出され、兄信幸の沼田城にいる4歳の真田大助を、義姉に内緒でつれて来いと命じられるところから。この義姉は小松姫でも稲でもなく、お澄の方ということになっている。大助のお世話役として幸村のもとから露乃という女性が送り込まれており、これが佐助の幼なじみで互いに気になる仲。

     佐助は三好清海入道と共にこの任務を首尾よく成功させるが、清海はこのとき露乃をおぶって逃げたのがきっかけで露乃に惹かれるようになり、度々アプローチをかけるようになる。露乃が佐助に書いた恋文が清海の方に行ってしまったりもする。
     上田城に攻め寄せる秀忠軍を食い止め、酒宴を開いているさなかに関が原の様子を見に行って戻ってきた佐助が大坂方の敗北を告げるあたりは真田丸そのもの。
     信幸の助命嘆願にこの作品では秀忠が同意して、昌幸、幸村父子は九度山に。
     真田十勇士は、真田父子に従って上田を後にする。九度山への道中、一行は関が原の大谷吉継の墓に詣で、そこで島左近の馬を預かっている、という農家に泊まり、この馬と、その農家の息子を九度山に連れて行く事になる。この子供、本名虎吉は関が原にちなんで関小三郎と名付けられるが、もっともらしく登場したわりにはたいした出番も無くそのままフェードアウトしてしまう。実はこの百姓家の主人は関東方のスパイで甲賀五郎兵衛。その息子もまたスパイだった。また九度山村の庄屋の娘、お絹も甲賀の手の者だった。

     幸村は九度山で組紐屋の親父、伝心月叟(でんしんげっそう)、昌幸は一翁あるいは閑雪と号して、五年が過ぎる。
     ある日清海は佐助を呼び出し、いいかげんになんとかしろ、と文句を言う。なんとか、とは露乃のこと。清海はさすがに露乃が佐助を想っていることに気付いているが、だからといって忘れることもできず、早く嫁にしてしまえ、と佐助を責める。だが佐助は答えない。

     名古屋城の様子を探りに出た清海と霧隠才蔵は、後をつけてくる老人と娘に気付く。これは甲賀五郎兵衛とお絹。これをまこうと二手に別れるが、清海はその直後に茶店で大男と喧嘩になり、勝負がつかずに結局意気投合する。これが塙団右衛門。清海と団右衛門は娼婦に化けていたお絹に騙されて、名古屋城で捕まってしまう。佐助と才蔵は普請奉行の加藤清正にかけあって二人を助け出す。

     さらに月日が過ぎ、露乃は幸村夫人の伴をして大坂城へ入り、九度山にいない。昌幸は幸村に自分が考えた徳川に勝つための戦略戦術を伝え、息を引き取る。

     さらに三年が過ぎ、穴山小三郎と名乗る男が大坂城の幸村夫人のもとを訪れる。ここで佐助と露乃の再会となる。
     大阪城には浪人たちが集まり、浪人の総大将格は三浦越前守(どんな人かよくわからない)だったが、やがて塙団右衛門が乗り込んできて今はこちらが一目おかれている。
     ある晩、見回り中の団右衛門は忍者同士の戦いを目撃する。これは佐助と甲賀五郎兵衛、お絹の戦いだったが、劣勢だった佐助をお絹が助け、五郎兵衛によって重傷を負わされる。その隙をついて佐助が五郎兵衛を倒す。お絹は佐助に抱かれて息を引き取る。お絹は九度山からの長年の縁で、敵の佐助に好意を持つようになり、裏切った様子。この時自分は伊賀を裏切った、と言っているがこれまで甲賀五郎兵衛と行動を共にする甲賀の者、ということになっていたのでどういうことかよくわからない。伊賀から甲賀に出向していたのかな。
     この戦いで五郎兵衛に斬られて深手を負った佐助は露乃の看病を受け、ここで二人はようやく結ばれた様子。九度山に戻って正式な夫婦になる。
     幸村は佐助夫婦に戸隠へ戻っておだやかに暮らすように命じる。

     昌幸の法要、という名目で、真田家が村の者を招いて酒宴をひらく。幸村は法要のため高野山にのぼり、あとから駆けつけることになっているが現われない。やがて飲み潰れた一同が翌朝目を覚ますと、真田屋敷はもぬけの殻で、村人へのこれまでの感謝の印として、米俵や銭が積み上げてあった。
     やがて真田十勇士たちは次々と大坂城へ入城していく。佐助は信州へ向けて木曽路を歩いていたが、思い返して露乃一人を信州にやり、自分は大坂へ向う。それを笑って見送った露乃は、佐助の姿が見えなくなると泣き崩れる。

     真田幸村と前後して、長宗我部盛親、明石全登、仙石豊前守らが続々と入城する。後藤又兵衛と佐助は途中で知り合って同道する。入城はしたものの、幸村たち浪人組の積極策は大野治長や織田有楽斎に阻まれ、篭城戦となる。そして幸村が真田丸の築城をはじめたところで、この話は唐突に終わる。何故ここで終わるのか、すごく中途半端なところで。何か事情があったのだろうか。

     作者の尾崎士郎氏は何度も映画になった人生劇場で一斉を風靡した人だが、今はどれだけ
    読まれているのだろうか。私も読んだことない。

     


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