「野火(大岡昇平著)」メモ
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「野火(大岡昇平著)」メモ

2016-12-30 19:00


    ・著者の捕虜体験も反映されているという本。有名で読んだことは一度もないけどだいたい内容は知っている。最近塚本晋也監督で映画化されたが行きそこなったので読んでみた。

     11月下旬にレイテ島西岸に上陸した主人公。それまではルソン島にいたらしい。タクロバン地区の劣勢を挽回するために上陸したが水際で空襲され兵力の半分以上を失い、主人公は喀血して病院送りとなるが、病院からもすぐ放り出されて原隊にも戻れない。同じように部隊にも戻れず、病院には入れてもらえない兵隊達が病院のそばにたむろしており、主人公もここに加わる。だが病院も攻撃を受けて炎上、ジャングルの中を一人食料もなくさ迷うことになった主人公は、現地人の女性を殺し、さらにその後出合った日本兵士も殺してしまう。殺したくてのことではないが、悔いるような気持ちもない。その前に彼らが持っていた猿の干肉(実は人間の肉)も食べてしまう。
    結局主人公は米軍の捕虜になるが、誰に殴られたのか頭に傷を負っていて、周囲からは狂人扱いされ、6年過ぎた今も精神病院にいる。
     この文章は治療のために医師に進められて主人公が書いたもの、ということになっている。
     著者は他にも「レイテ戦記」や「俘虜記」といった戦争体験に基づいた作品を書いているが、そちらは読んでいない。


    フィリピンの真ん中右側あたりにあるレイテ島沖は、武蔵、
    扶桑、山城、最上、愛宕、摩耶、満潮、朝雲、山雲、と多くの艦船が沈み、大破、中破の損害艦も多数発生した第一次、第二次
    レイテ沖海戦の地として有名。相手が上陸して来るレイテ島東側のレイテ湾に上陸阻止のために艦隊を何ルートもに分けて送り込んだわけだが、既に航空支援能力を失っていた艦隊は誰一人レイテ湾には到達できなかった。これが昭和19年10月23日から25日にかけてのこと。
     主人公は11月下旬に上陸とのことだから、もう日本軍のこの地における存在感は日に日に薄れつつあったころだったのだろう。 

     米軍がいたこの地を開戦当時に攻略した日本軍が、飛行場なんかをそのまま使っていたのが米軍の反攻が激しくなり、レイテ島右上側のタクロバンというところに相手が上陸して来て撤退を余儀なくされ、島の中央近くのブラウエン飛行場というのが攻略されたので取り戻そうとした作戦のようだが、島の西側のオルモックという日本軍の拠点があったところもやがて攻略され、さらに西のパロンポンという所に日本軍は後退することになる。

     主人公もこのよくわからないけどオルモック付近だと思う病院のそばから、パロンポンを目指して彷徨することになる。ということらしい。今ざっと調べただけなので間違ってるかも。

     しつこく調べてはないけど、大岡氏本人はマニラに上陸してレイテのずーっと左上にあるミンドロ島にいて、捕虜になってタクロバンに送られたらしい。
     レイテとミンドロ島の間には、軽巡洋艦鬼怒が沈んだ、セリフでも言っているパナイ島がある。パナイ島とレイテ島の間には、リゾート地として有名なセブ島があるが、ここで亡くなったり行方不明のままの人も多いらしい。マゼランが死んだのもここだったのか。
     さらにパナイ島とセブ島の間ちょっと下にはネグロス島があり、日本にはここから生還した人が創業したネグロス電工という会社がある。http://www.negurosu.co.jp/company/origin.html

     このあたりの出来事は調べるのも読むのもつらい。「レイテ戦記」や「俘虜記」は読めるかどうか。戦記や小説や記録がない所にも犠牲があると思うとさらにつらい。


     
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