「偽名(結城昌治著)」メモ
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「偽名(結城昌治著)」メモ

2017-01-14 19:00


    ・「ゴメスの名はゴメス」の結城昌治氏の短編集。7つの短編が収められている。著者名を隠して浅田次郎さんとか、横山秀夫さんの作品だ、と言われたら信じてしまうかもしれない。

     著者は昭和二年生まれという事で、作品に登場する男女はほとんどが戦争で運命が変わり、ある人は心に翳りを抱え、ある人は焦燥に追われて、どこかこんなはずではなかった人生を歩んでいる。出口を求めるような感じでさらに深みにはまる人もいれば、憑き物が落ちたように次のステージに移動する人もいる。

     備忘録的に。

    ・偽名
     破産寸前の工場を、堅実な手腕で子供服メーカーとして再生させた男。だが名目上の社長は一緒に暮らしている母親といっていいくらい年上の女性に任せ、決して表に出ようとはしない。この女性は恩人の妻だったが、恩人の死後に手助けしているうちに男女の仲になってしまった。だが現在は本当の親子のように暮らしている。
     会社に勤めていた若い女性が現在の愛人であり、元愛人で今は母親のような女性は、私に遠慮せず早く結婚しなさいな、とすすめてくれている。若い女性は現在妊娠中でもある。だが彼は結婚できない。彼は一切の公的な書類に自分の名前を使えない。何故なら彼の名前は偽名だから。当時15年だった殺人事件の時効があと一年。それまではと思って息を潜めるように暮らしているが、実は時効になったからといって、堂々と結婚できるというわけでもないのだ。
     そして彼が愛人にした女性に横恋慕していた元同僚の男が、それをうらみに思って執拗に彼の周りを調べ回り、ついに彼の秘密を探りあてた・・・
     似たような感じの作品が、松本清張あたりであったような気がする。

    蜜の終り
     うだつがあがらないサラリーマンの男。だが彼は社内恋愛で素晴らしい女性を射止めた。だが新入社員として別の女性が現われると、どうしたことかそちらに強く惹かれるようになり、そちらに乗り換えてしまった。プライドの高い最初の女性は自分から身を引き、別の男と結婚して退社した。今はその夫が独立して彼女は社長夫人だ。それで終わればよかったが、ばったり彼女と再会した男はまた彼女と密会するようになってしまった。
     今は妻となった新入社員も、再会した彼女も芯は気の強いタイプで、怒らせると怖い。いつかはバレル、と心配する男だが、それが止められない。
     だがある日、彼女を助手席に乗せた車がタクシーと衝突事故を起こす。事故処理はすんなり済んだ筈だったが、タクシー運転手は男と女性が愛人関係と見抜いて、強請りをかけてくる。男は、女性との関係もここが潮時、と思うがそれではすまなかった。

    影の歳月
    ささやかなスナックを経営する男。客とも友人とも言えない常連客の一人が、ふいに姿を見せなくなる。彼は戦友だった。決して仲が良い親友ではないが、いなくなれば気になる。彼はタクシー運転手だったが、最近急に羽振りがよくなり、妻には新しい商売をはじめるようなことを匂わせていたらしい。同じ部隊にいた男と最近再会して、一緒に遊び歩いていたような話も出てくる。若い愛人もいたらしい。どこからそんな金が出たのか。そんな矢先に、彼は死体で発見される。
     気になる男は、その遊び歩いていた戦友を訪ねる。彼は洋服会社の専務で、成功者と言えるが、彼の会社ではまさにその彼を排斥しようという目的で組合闘争が真っ盛りだった。組合の人間に話を聞くと、社長は温厚な人格者だが、その戦友がどういうわけか入社して、あれよあれよという間に重役になり、それに伴って会社の雰囲気が悪くなっているのだという。戦場では殺された男が重役になった男の上官で、いつも殴られていたがずいぶん出世したらしい。
     なかなか会えないその男にようやく会って事情を聞くと、男を殺したのはその社長で、自分は社長の家族を守るためにそれを警察に言う気はない、お前も余計なことはしないことだ、と匂わせる。だが男は何ごとも自分の目で確かめたい、と社長の家を訪れる。そして社長の顔を見たとたん、男には真相が見える。

     日本人は戦場でいろいろ悪いことをしたと言われるが、その中には無実の罪を着せられて一切の抗弁を許されず、恩給資格も失って、犯罪者と呼ばれながらそれでも必死に生きてきた人がいたことが語られる。
     
    夏の記憶
    地方都市でよぼよぼで温厚な老人をいきなり殺す、という罪を犯し、東京に護送される男。彼は非常に評判のいい中規模企業の経営者で、妻も子供もいる。素直に犯行を認めているが、動機は顔が気に食わなかったから、というよくわからないもの。だが護送する刑事は、男の所作や態度から、それは違うのではないか、と無意識に感じるのかしきりに話しかける。粗暴なタイプでも、感情的になるタイプでもないのだが、男は何の弁解もしない。
     だが、男はそれに至る経緯を、静かに列車の中で思い返していた。

    失踪
     二人の男がいる。二人は会社の同僚として出会い、その会社が潰れた後も一緒に別の会社に転職を繰り返して、長いこと一緒にやってきた。だがやがて片方は今の会社に落ち着いた。こちらが語り手。もう一人は未だに腰が定まらず、最近は自分で商売をはじめてはダメになり、ということを繰り返して、何度も語り手に借金をし、さらに踏み倒すようになり、二人の縁は遠のいた。その男がまた訪ねてきた。今度はよっぽど困っているらしいが、貸せばまた同じ結果になるのは見えており、手元に自由になる金もなかった。語り手は気になりつつもここは非情になって男を追い返す。
     すると、旧知で心を惹かれたこともあった彼の妻が、夫が自殺する、と遺書を残して失踪した、と相談にやってくる。どうも今回はたちの悪い金貸しに引っかかり、どうにもならなくなっていたらしい。そして金を取り立てにきた男は、彼の妻になんとしても払ってもらおう、若い女性なら方法はいくらでもある、と言い出す。
     
    寒い夜明け
     暴力団幹部が失踪した事件を調べていた刑事は、いつしかその幹部の情婦と男と女の関係になってしまう。その町では二つの組織が勢力争いをしてたが、ほぼ勝負はついて、失踪した幹部は負け組の組織のNo.2で、小さな組織にはもったいないような切れ者だった。
     さらに幹部の相棒だったNo.3が殺される。だが敵対組織にいくら探りを入れても、勝負のついた相手を今更殺す必要などない、と全く相手にしていなかった様子。
     そんな中で、刑事が情婦の家に行き、ちょっと仮眠をとっていた間にその彼女が殺されてしまう。

    雪の降る夜
     組織から足を洗おうとしている男がいる。彼には死んだ妻が残した、ちょっと知恵おくれの男の子がいる。そして、その子の母親になってくれそうな心優しい女性がいる。
     男は子供にミニカーを買ってやる、と約束し、そのミニカーを母親になってくれるであろう女に、男の留守中に買っておいてくれるよう頼んで、組織のボスに話をつけに行く。
     ボスは渋るが、やがて引き換え条件を出して了承する。それは男が一番かわいがっていた子分が警察と内通していることがわかったので、奴を殺せ、というものだった。

     ハッピーエンドはほとんど無きに等しいのだが、どこかしんみりする、読後感の悪くない短編集でした。
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