「見知らぬ自分(結城昌治著)」メモ
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「見知らぬ自分(結城昌治著)」メモ

2017-01-16 19:00


    ・表紙を見ると怪奇ものみたいだけど、どちらかというと広義のSFかも。
     これまで読んだ「ゴメスの名はゴメス」「偽名」いずれとも異なる、ちょっと毛色の変わった作品。裏表紙には
     角膜移植手術で自分の眼をとりもどしたはずの男が、見も知らぬもう一人の自分にひきまわされて味わう奇妙な体験を通して、人間の不思議さにゆれる心理をユーモラスに書いた傑作長編。
     とあって、これだとユーモア小説みたいだけど、もう少し真面目な印象の話。

    書いてあるように、片目が見えなくなった男性が角膜移植により視力を取り戻す。角膜移植というのは一度に両目はやらないそうで、一人の角膜提供者から二人の患者に移植されるらしい。本来どなたからいただいたのかというのは秘密なのだが、偶然が重なって彼は自分の角膜提供者と、目兄弟ともいうべき、もう一人の視力を取り戻した男を知ることになる(男性も目兄弟も、片目だけ失明する病気だった)。

     その偶然というのは、たまたま街で見かけた女性が、とても親しい、懐かしい人に思えて、思わず後をつけてしまう。結局見失うのだが、街角の画廊でたまたま開催されていた某氏の遺作展というのが気になって入る。そうこうしているうちに、その遺作展の主が角膜提供者で、その娘が見かけた女性とわかる。

     男性は売れない翻訳家で、仕事をしてもピンハネされるばかりの毎日だが、恋人らしき女姓はいる。だが次第に恋人より、偶然知り合った娘の方が気になるようになってしまう。これは愛情なのか、父親のような気持ちなのか自分でもよくわからない。彼は角膜だけは彼女の父なのだし。
     父親は画家が本業ではなく、本職は優秀な弁護士であったようで、彼を慕う人も多かったようだ。その中にもと泥棒がいて、彼はその泥棒にも以前から知っていたような感覚を覚える。この泥棒は見え見えの嘘ばかりついていて、男性のアパートに忍び込むなど怪しい動きをする。
     娘は父の弁護士事務所で事務員として働いていたが、父の死後は若い弟子が事務所を継ぎ、そのまま働いている。男は当初はこの二人が恋人同士なのかと思うが、二人はいとこ同士ということで子供の頃から親しいが、特にそういうわけでもないらしい。

     男の目兄弟はカメラマンで、男の邪魔をするような感じで何かと娘と男の間に割り込んで来る。彼はこの娘に一目惚れしたらしい。男はこのカメラマンは娘にふさわしくないような気がしてあまり応援もしないが、目兄弟ということで何かと一緒に行動するようになる。娘と会うときには、おたがいに牽制しあって目兄弟として一緒に会うような巡り合せになる。

     男は風景や歴史上の人物にも、同じように既視感を感じるようになり、亡くなった弁護士の記憶が自分の中にあるのでは、と思うようになる。移植を受けた方の目で娘を見ると、父親が娘に感じるような親しい気持ちがわくが、反対の目で見ると一人の魅力的な女性と感じ、どちらが自分の本当の気持ちなのかがわからなくなる。目兄弟の男にはそういうことはないらしい。男が持つ特別なアレルギー体質のせいではないか、ということになるが特に根拠はない。
     
     大学の先生などに聞くと、プラナリアという下等な生物では記憶が物質として継承されているような実験結果も出ているらしいが、高等な動物ではそういうことはないらしい。当時新しかったろうDNAやRNAについても比較的詳しく語られる。

     やがて娘がトラブルに巻き込まれる。男は父親が娘を守るような、男性が恋人を守るような、どちらともいえない気持ちで彼女を救おうとする。

     みたいな話。そんなことあるわけないじゃん、と言えばそれまでなのだけど、そこを受け入れればわりと面白く読めた。何かと主人公より有利に立とうと張り合って、それが失敗するたびにむくれる目兄弟の男の性格描写がなんだか面白い。

     ラストはハッピーエンドで、怪しい奴も含めてみんないい人だった、という感じ。

     どういう意図かわからないが、平手造酒とか吉良の仁吉とか戦前の置屋とかがかかわってくる。

     著者は自分がこの作品を書くことで角膜移植にマイナスイメージがつくことを心配し、表現にも気をつかったそうなのでそのことも書き添えておく。
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