「アイルランドの薔薇(石持浅海著)」メモ
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「アイルランドの薔薇(石持浅海著)」メモ

2017-05-09 19:00



    ・アイルランド、というとIRA(Irish Republican Army:アイルランド共和国軍)という組織があって、イギリスに対するテロを続けていて、以前は小説や映画でよく悪役になっていた。

     何でそういうことになったのか、というのは全然知らず、ネットで調べても専門的すぎてよくわからない。でもこの作品の中では、登場人物の一人があらましを解説している。それをそのまま引用するには長すぎるのでおおざっぱにまとめ直すと

     ローマ帝国があったころ、アイルランドは征服する価値もない辺境で、文明からも取り残された土地だった。アイルランドという統一国家があったわけではなく、日本の戦国時代みたいに小豪族がせめぎ合う状態で、ある豪族が優位にたつためにお隣の英国の力を借りようとした結果、英国に侵攻されることになって13世紀には全土がイギリスの支配下になる。これから700年英国支配が続き、何度も虐殺の憂き目にあう。
     歴史ではピューリタン革命やクロムウェルの共和制なんかで革命戦士みたいな面しか教わらないクロムウェルはアイルランドの人からは殺人鬼と言われるほど虐殺をしまくっているとのこと。クロムウェルはプロテスタントで、アイルランドの人たちはカトリックだったこともあってそういうことも平気でできたらしい。
     19世紀には大飢餓があり百万人が餓死、百万人が海外に逃れる。アメリカにもそうした人たちの子孫が多いみたい。
     世界に散った子孫たちから、母国を英国支配から救いたいという動きが出て、何度も挫折した結果フィニアン団(IRB)という組織ができる。アメリカの仲間に支援されて武器弾薬に恵まれ、武力による祖国解放を目指すが失敗続き。
     だが1916年、復活祭蜂起という、イギリスの多くの公共施設を占拠してアイルランド共和国の樹立を宣言する、という事件が起きる。首謀者は処刑されたが高名な詩人・イェイツが題材にするなど、これまでIRBを認めていなかったカトリック教会も処刑を非難するようになるなど、独立派の心を一つにするきっかけになる。
     復活祭蜂起の生き残りが中心となって独立戦争が始まり、戦争はアイルランド優位で休戦となるが、英国がうまく立ち回って アイルランド全体の独立ではなく、プロテスタントの多い北部6州は英国に残し、南26州のみに自治権を与える、という条約を持ち出し、アイルランド側の分裂も誘ってこれを強引に批准させる。
    ここで「北アイルランド」と「(南)アイルランド」が生まれ、南に住んでいる人にも北がイギリスから独立して南と一緒になることを願う人は多い。北の支配層はプロテスタントでカトリックを差別し、イギリスの影響下で司法権も握っているから選挙区は自分たちの有利なように変更し、カトリックの暴動は暴力で抑えるがプロテスタントの暴動は見て見ぬふりをする。
     そんな中で弱者を守る軍隊としてIRBを母体としたさまざまな組織が生まれ、IRAはその中でも最も強力な一つとなる。プロテスタント側のテロも激しいので、弱者を守るIRA側も激しくテロを行うようになり、互いにエスカレートする。
     一方で暴力だけじゃだめだ、と政治的に行動するグループも出て、IRAはシン・フェイン党という政治組織を持ち議員も出す。英国支配は揺るがないが、ただの暴力集団ではなく、歴史的な背景を持ち、政治的主張のある団体である、ということが世間に知られていき、平和的な交渉によって問題を解決しよう、という機運が生まれる、というような流れらしい。

     この作品の発表は2002年。史実は私はよく経緯を理解していないけど、現在は武力活動は
    収まっているみたい。

     作品内では1994年に和平の機運が高まり、一度は停戦に合意したものの、IRAと同様に武力闘争と政治活動を続けるNCF(新世紀のフィニアン団:検索しても出てこないので著者の創作かもしれない)の武闘派が一般人を標的にしたテロを行ったことにより和平交渉は決裂。アメリカの議員が仲介して再度和平に向けての協議が行われ、1997年にもう一度停戦一歩手前、までこぎつける。
     だがNCF幹部には和平に反対の人間もおり、前回同様和平を潰すためのテロを計画している。というのが背景になっている。
     NCFの指導者は本気で和平を目指しており、この和平反対派のテロをなんとしても防ごうと考えているが、はっきりした証拠はないのでテロ計画の中心人物を公式に処分するわけにはいかないし、へたに処刑したりすればかえって武闘派を刺激してしまう。
     事故か病気に見せかけて殺すのが一番いい、ということになり、彼らはテロはできてもそうした暗殺のノウハウは持っていないので外部の殺し屋を雇うことにする。というあたりから話がはじまる。
     
     ということで、「南」と呼ばれる、北アイルランドではない方のスライゴーという土地にあるアイルランドのB&B(ベッド&ブレックファースト)という形式の宿屋に偶然、あるいは必然的に集まった人たちがこの動きに巻き込まれることになり、いわゆる「嵐の山荘」みたいに宿泊客の一人が殺され、宿泊客の誰かが犯人だ、みたいなミステリになる。

     アイルランドのテロ組織、というとなんか歴史がからんだもっとむずかしい話になりそうでタイトルで敬遠していたんだけど、読むとそんなことなくてわかりやすいミステリだった。

     宿屋に集まったのはこんな人たち。

    ・日本人の生化学者。日本の製薬会社からダブリンの研究機関に派遣されている。
    ・アイルランド人の生化学者。アイルランドの大学から研究機関へ。

     上記二人が働くのは日本の製薬会社とアイルランドの大学が共同出資して設立した、生化学の基礎研究を目的とした研究所。タンパク質の精製などをやっている。二人とも20代。
     二人はほぼ同じ年で気の合う同僚で、休暇を利用して舞台となるB&Bにやってくる。
    前もって予約していたわけではなく、大雨に降られてワイパーが壊れ、前が見えない状態になって緊急避難的に立ち寄った。この日本人が探偵役になる。

    ・シカゴから来た女性。祖父はアイルランド人で、祖父の出身地を訪問の旅。20歳。
    ・ボストンから来た女性。シャノン空港でシカゴから来た女性と知り合う。20代。

     この二人は空港のカフェでガイドブックを見てつぶやいたことから同じ目的地だと知れて意気投合し一緒に行動することになり、ボストン女性の予約していたB&Bへ。
    シカゴ女性は経営学、ボストン女性はイギリスの詩人・イェイツの研究をしている大学生だという。この土地はイェイツに縁があり、一種の聖地巡礼らしい。

    ・アイルランド人会計士。休暇で自転車旅行中。B&Bに予約してやってきた。

    ・ドニゴールという商店街から来た靴屋。赤ら顔の50年配の男。
    ・同じ商店街の職人風の男。30代後半。
    ・同じ商店街の職人風の男。30代前半。

     50代の男はこの宿屋の常連で、休みになると裏手の湖で釣りをするためにやってくる。他の二人は同じ商店街の人間という触れ込みだが、三人ともNCFの人間で、50年配の男は最高幹部の一人で副議長。だが彼が和平を壊そうとしており、暗殺のターゲットになっている。
     一番若い男はNCFの参謀長で、暗殺を依頼した和平派メンバーの一人で見届け人。もう一人は暗殺計画の事は知らないが、副議長が裏切りそうなので監視しろ、とだけ言われている。

    ・オーストラリアから生花の商談に来たビジネスマン。顔の半分が髭に覆われ、年齢がよくわからないが30代後半から40代前半に見える。

     この人物は宿にも一番遅れて到着し、朝も一番遅く起きてくる。いつのまにかそこにいる、という感じのちょっと不気味な存在。予約があったのかはよくわからない。

     他に宿の女主人の女性。40代の美人。もともとは夫婦でこのB&Bを経営していたのだが、数年前にご主人が事故死し、現在は彼女が経営者となっている。
     コックをつとめる若い男性がいて、彼はこの未亡人の甥だという。

     このメンバーの中に殺し屋も混じっている事になる。

     実は事故死したご主人というのもNCFの人間で、爆弾作りの専門家だったらしい。1994年の民間人暗殺に使われた爆弾もこの人が作り、仕掛けたものだったが、本人は大勢のカトリック教徒を虐殺しておきながら今は議員としてのうのうと生きている標的を狙うつもりだった。
     これは和平潰しを狙う副議長に騙されてのことで、事故死というのも自殺だったのでは、と囁かれている。若い夫婦と女の子が犠牲になっており、本人は民間人を巻き込むようなテロは絶対反対という信条の人物だったため死を選んだのだろうと。
     奥さんはNCFのメンバーではないが協力者で、夫の生前からNCFの会議などにこのB&Bを場所として提供しており、そのためこの宿の部屋は防音性能が高く、室内で大声を出したり暴れたりしてもほとんど他の部屋には聞こえない。

     ご主人は利用されただけ、というのがNCF内の暗黙の了解になっており、彼を非難するメンバーはいない。30代後半の男は爆弾作りで彼の一番弟子だった人物で、彼のことも未亡人の事も敬愛している。彼を利用した副議長は、未亡人に言い寄ろうとしている気配も見える。

     そんな背景を持った人々が宿で出会い、一緒に酒でも、という話になって宿の食堂で宴会をする。赤ら顔の副議長は酔いつぶれ、彼はこうなったらなかなか起きないそうで、各人自室に引き上げる。経営学の女子大生とアイルランドの生化学者は意気投合して同じ部屋で一晩を過ごす。
     だが翌朝、朝食に集まった食道の窓の外で、副議長が死んでいるのが発見される。
     頭を火かき棒で殴られたらしく、膝の骨も砕けているらしい。膝を砕くのはNCFが裏切り者を処刑する時のやり方だと言う。だが、今副議長がこういう形で殺されるのは和平派にとっては非常に都合が悪い。本当は次の日に別の場所で、衆人環視の中で病死に見せかけて暗殺する計画だったのだ。真相を知らないまま警察にゆだねると、いろいろ悪影響がありそうだ。

     参謀長はそうした判断から、警察に知らせず自分の手で犯人を突きとめようとNCFであるという正体を明かし、宿泊客を拳銃で脅して調査に協力させようとする。雨で周囲がぬかるんでいたのに足跡が無く、死亡時刻の推定と合わせて部外の人間が犯人とは思えない。
     これを日本人が柔道の技で制して拳銃を奪い、一時対立するが結局協力して真犯人を探すことになる。殺し屋は正体を明かすことなく、お手並み拝見という感じで調査を見守っているが、自分に不利益な方向に進んだ場合は誰であろうとためらわずに殺すつもり。

     というところまででネタバレは控えるけど、なるほど、という感じで私は楽しめた。
     探偵役の日本人にしても殺し屋にしてもスーパーマンすぎるのがちょっと気になったけど。

     犯人当てはそんなに難しくなく、ほとんどの人が当たるんじゃないかと思う。でもその経緯というか殺害手口はちょっと当てにくいかも。これは誰が何号室にいて食堂との位置関係は、みたいな宿屋の図がほしいところ。

     人が死ぬ という事に対する感覚が、登場人物間でかなり違う、というのがちょっと興味深かった。

     ラストは宿で出会ってひと時の交流を持った人々が、死者をのぞいてまたそれぞれの生活に戻っていく感じで終わる。ちょっと穏やかな余韻がある。

     アイルランド問題に興味を持ったことは一度もなく、これに書いている事がすべてでもないんだろうけど、宗教がからんだこういうのはなかなか難儀だな、と思う。
     本に入っているアイルランドの地図と登場人物一覧表。


     
     
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