子日と霰は今日・・・
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子日と霰は今日・・・

2017-07-05 06:00


    ・昭和17年7月5日、アリューシャン列島アガッツ島沖で駆逐艦子日沈没。
    同日キスカ島沖で駆逐艦霰沈没。
     共に潜水艦の攻撃を受けたもので、100名以上の戦死者が出ている。
    子日の生存者はアガッツ島に上陸し、駆逐艦電によって36名が救助されたとある。救助中の電を相手方潜水艦が襲うが、魚雷3発を回避、爆雷で相手を沈黙させたという。
     霰と一緒に攻撃を受けた駆逐艦不知火も大破、戦死5名。同じく霞も大破。戦死16名。

     子日は沈没に先立ち、相手方潜水艦を撃沈しており、この潜水艦から機密文書を回収しようと試みたがうまくいかなかったらしい。これが成功していたらその後の戦局に影響したかもしれない。

     これに先立ち7月1日、特設運送艦もんてびでお丸がルソン島沖でやはり潜水艦により沈没。この船は相手の捕虜を輸送中だったという。
     2日には輸送船第三雲洋丸が揚子江河口で被雷沈没。3日には特設水上機母艦君川丸がキスカ島で損傷。4日には輸送船多聞丸がスマトラ島沖で被雷沈没。

     8日には輸送船天山丸がラバウル沖で被雷沈没。9日には特設水雷母艦神祥丸がクェゼリン環礁南方で潜水艦の雷撃により沈没。12日には貨物船日山丸が仏印沖で被雷沈没。
     13日には輸送船神陽丸が被雷沈没、15日には駆潜艇25号、27号がキスカ島で潜水艦に沈められ、26号は危険海域から離脱する。
     16日には貨物船函館丸がカムラン湾北方で被雷沈没。

     貨物船や輸送船が潜水艦に沈められることが続き、潜水艦と戦うための艦種である駆逐艦や駆潜艇が返り討ちに合うことが増えていく。

     7日は支那事変開始の盧溝橋事件から五周年にあたり、陸海軍の中国戦線での戦死者11万1111名と発表されている。

     一方18日、19日に大本営はまたしても西インド洋で潜水艦部隊が20万トンに及ぶ相手の船を沈め、さらにこれまでに相手の潜水艦97隻を撃沈または撃破したと大嘘の発表をしてしまう。実際には6隻だったという。四大空母も公式発表上は健在であるわけでその誇大発表に味方の陸軍が騙されてさらに犠牲を出すような作戦を立案してしまう、という負のスパイラルがはじまっていく。

     この時代の戦果確認は目視が基本で、誤認は日常茶飯事でもあり、戦時なので多少の粉飾はお互い様でもあったようだが、このような捏造が出て来ると行き着く先は、ということになってしまう。
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