「COCOON(今日マチ子著)」メモ
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「COCOON(今日マチ子著)」メモ

2017-07-03 19:00



    ・非常に評価が高い漫画家である今日マチ子さん。普通のOLや女子高生を主人公にした作品も描けば、SFも描くし、この人独特のなんとも表現がむずかしい、絵で描いた詩のような作品も描く。

     これはひめゆりの塔に触発されて描いたという、沖縄の女学生の話。直接どなたかの経験をベースにして、というノンフィクションではなく、頭の中で構築したキャラクターと事件であったのだろうと思うけど、そういうことが実際にあったんだろう、と思ってしまう。ので読むのがつらい。でも実際に当時を知る人が今ここにいれば、「こんなもんじゃなかった」と言うかもしれない。

     主人公は島一番の名門女子学校に通い、友人も多いし後輩にも慕われている。東京から来た長身でちょっと男っぽい子とは親友である。彼女は主人公に蚕の繭の話をする。
     既に空襲が激しくなっており、女学校も授業はなくなってしまい、勤労奉仕で塹壕を掘ったりの毎日。後輩には背中に大火傷を負った子もいる。だがこれで双子の区別がつくようになった、と笑って過ごしている。

     ある日主人公たちはグループに分かれて、看護隊として野戦病院に寝泊りするようになる。
    父も兄も戦地に出ており、母親に元気に行ってきます、と挨拶をして主人公は勤務地へ。近所の子は母と泣いて別れを惜しんでいる。

     医師1名、看護婦2名、看護学生は15名の予定だが今のところ7名。主人公、主人公の親友、ちょっと泣き虫の近所の子、後輩の双子、オシャレな子、ちょっと体のよわい子。

     ガマ(沖縄の自然洞窟)を利用した病院は負傷者であふれ、水も食事も外から運び込まねばならない。それは彼女たちの仕事で、機銃掃射が途切れたわずかな隙をついて行う危険な任務。

     体のよわい子はほどなく栄養失調になり、患者の一人に。やがて目も見えなくなる。絵を描くのが得意な子だったのに。
     こんな時でもおしゃれを忘れない子は、入り口で受付をしていた時に砲弾を受け、お腹の中のものが出て死んでしまう。

     患者も次々と死に、危険で死体を外に捨てにいくこともできないままガマの中は悪臭とウジ虫だらけに。体のよわい子もやがて精神がこわれて静かに死んでいく。

     ガマの中に入れば空襲でも安全だが、空襲は激しさを増し食事も取りにいけない日々が続く。そんな時に看護隊の解散命令が出る。このガマは軍が接収するのだという。看護隊は弾丸の中、走って逃げろという。

     近所の泣き虫の子が足を撃たれる。やがて歩けなくなり、彼女の足にはウジがわく。
    かわりばんこに彼女を背負って逃げるが、火炎放射器が迫る。泣き虫の子は、めいわくかけてごめん、と大きな石を持ち、自分の足を折り、次に自分の頭を石で打って自殺する。

     主人公はちょっとおかしくなった兵隊に犯される。そこに駆けつけた親友は、女とは思えない力で兵隊を絞め殺す。

     双子はある日二人とも目覚めない。彼女たちの身体を鳥が隠していく。

     別のクラスの子たちと合流するが、彼女たちは純潔を守って手榴弾で自殺するという。主人公はそう聞いて自分には資格がない、と親友と去る。

     主人公を励まし続け、手を引いてくれた親友が腹に弾丸を受ける。楽にさせようと服を脱がせた主人公は、親友が女ではなかったと知る。傷は深く、親友はまもなく死ぬ。

     主人公は敵につかまり、収容所へ入れられるが、これまでに比べればずっと安全で幸福な日々だった。やがて母親とも再会し、生きていくと誓う。

     主人公はつらい時、こわい時、自分は蚕のように繭に守られているんだ、と思って耐える。
    だがクラスメートを全員失った時、自分は繭から出たのだと思う。

     生糸を作るため、蚕は大部分が繭の中で死ぬが、次の世代を残すため少しだけが生かされる。だから自分は生きて、次の世代を生むんだ、と思ったのかもしれない。

     著者の絵はカチっとした緻密な絵ではなくて、ほわっとした優しい絵柄なのだが、その絵柄で手足がバラバラになったり、お腹の中身が飛び出た女の子たちを描く。そんな絵柄だから何とか読める気もするが、やはり読むのはつらい。

     徴兵を逃れるために女の子として育てられた男の子の実話があるそうで、主人公の親友はそれをモチーフにしているという。フィクションであっても、いろいろな実話がほかにも取り入れられているのかもしれない。

     大事な人を失って、それでも生き残って生きていかねばならなかった人たちの思いは、同じ経験を持たない私がいくら想像してもたどりつけない。これから永遠の平和が来て、そのための礎になったと思えば少しでも救われるのだろうか。何をしても救われないのだろうか。

     沖縄の平和運動はどこがゴールなんだろうかと思う。アメリカの基地が無くなれば、永遠の平和がくるのかどうか。もっとこわいものの始まりにならないのかどうか。
     基地があるのは原因ではなく結果だと思うので、結果である基地に反対するのもいいんだろうけど、原因の方にもそれと同等以上の力で反対しないといけないんじゃないかとも思う。
     それが無い平和運動には、私はこわさを感じてしまう。
     自分たちは絶対的な正義で、自分たちに同意しないものは洗脳されているんだ、敵なんだ、という考え方はこわいと思う。どんな方向であっても。
     あいつは論外、みんな洗脳されている、世の中は間違っている、私は正しい、などといいつつ常に何かを責めている人は何か嫌な事の結果なのか原因になるのか。

     今日マチ子さんは現在『ゆっくりおやすみ、樹の下で』という高橋源一郎さんの小説の挿絵を担当しているそうだ。
    https://twitter.com/asasho/status/880955995131846656
    https://twitter.com/machikomemo/status/881030417473601536
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