映画「ドリーム」(ネタバレあり)
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映画「ドリーム」(ネタバレあり)

2017-11-04 19:00
    公式HP
    http://www.foxmovies-jp.com/dreammovie/

    ・アメリカのマーキュリー計画を陰で支えた黒人女性たちの、知られざる実話というふれこみの作品。見たのはだいぶ前だけどすぐに投稿できなかったので今ごろ。

     原題は「HIDDEN FIGURES」。

     白黒の画面。小学生くらいの黒人の女の子。黒人が通える学校としては最高レベルの学校に、入学が決まったらしい。奨学金が給付され、学費はかからない。
     先生たちがお金を出し合って、引越し費用だかを援助してもくれるという。
     彼女は2項定理の問題かなにかを黒板に書いてみせる。先生の一人は、こんな天才を見るのははじめてです、と両親にいう。

     車が立ち往生していて、そこに3人の黒人女性がいる。一人は修理をしている。そこにパトカーがやってくる。女性たちはソワソする。故障は犯罪じゃないわ、といいつつ、不安そうにパトカーを見つめる。下りて来たちょっとメタボの白人警官。こういうタイプは大抵の映画では有色人種に意地悪だったり、差別的だったりする。
     若干高圧的に女性たちに身分証明を求めるが、彼女たちがこれからラングレーのNASAに出勤するのだ、マーキュリー7とも会った事がある、と聞くと、俺が先導してやろう、ソ連に負けるわけにはいかないからな、と思いのほか親切。女性たちは迷惑と困惑とありがたさが混じったような感じで先導してもらう。
     時代は1961年。スプートニク1号が打ちあがったばかりで、アメリカの宇宙開発はソ連に遅れをとり、これを取り返そうとマーキュリー計画をすすめている。

    彼女たち黒人女性もNASAで働いているのだが、ラングレーがあるヴァージニア州ではまだジム・クロウ法という法律が生きていて、白人(WHITE)と黒人(COLORED)を同等に扱わないこと、具体的にはバスやトイレや給湯器や図書館の本棚や通える学校を分けることが合法的で、服装や装身具にも制限がある。それが法律的に正しいことだった。差別する側は法律を守ることが正しい、だから差別する、みたいになっている。
     でもアメリカ全体では人種差別を非合法とする動きも生まれていて、国や他の州ではそうした差別を無くそうという動きもはじまっていたみたい。
     でもNASAではまだ差別が残っている。
     数学の才能がある黒人女性たちは、「西棟」と呼ばれるちょっと離れたところにある建物に押し込められ、手回し式計算機や筆算でロケットに関する計算の検算などを担当しているみたい。こうした計算は、できて当たり前の最下層の仕事として蔑視されているみたいな雰囲気もある。今の下請けのWEB技術者やプログラマも職場によってはこんな感じだろうか。

     冒頭の3人もこの部屋におり、その中でも特に優秀な3人らしい。人事異動が発表され、1人は着陸カプセルの強度などを検討する部門へ転属となり、もう1名はマーキュリー計画の心臓部である、軌道計算を行っている「東棟」の計算係となる。この人が冒頭の少女なんだろうと思うけど、他の2人も同様に子供のことから優秀だったみたい。
     東棟には、忘れちゃったけどなんとかいう数学用語を理解して計算できる人間がいないらしく、本部長は過去1年間に12名もの計算係をクビにしているという。
     東棟で黒人女性が働くのははじめてのことらしい。
     彼女らにこれを告げた3人目の女性は、この黒人女性チームのリーダーのような位置にあるが、黒人女性に管理職はさせない、という方針で地位も待遇も平職員のままである。
     この黒人女性の上司にあたる白人女性は、西棟を訪れると「こんなところまで来るはめになるなんて」みたいなことをいう。この女性がキルスティン・ダンストで悪気はないけど嫌な女性、として描かれている。悪意ではなく、当然のことと思って差別をし、自分が偏見を持っている事にさえ自分では気付いていない。
     黒人女性たちの進言を、常に「決まりだから」と却下している。本人は法治主義国家の法律を守っているだけ、という意識なんだろう。

     着陸カプセル担当となった女性は、同僚のユダヤ人男性に、正式な技術者になってはどうか、とすすめられるが、黒人女性だから夢はみないのよ、と答える。技術者になるためには特定の学校へ通わねばならず、その学校は白人しか通えないのだ。
     ユダヤ人男性は自分の両親は収容所で死んだ、でも俺は今ロケットカプセルの下に立っている、と彼女を激励する。彼女の夫は人種差別のニュースに敏感で、ちょっと過激なデモとか運動に参加してしまいそうなアブナイ雰囲気があり、そういう話題になると夫婦間の会話もとげとげしくなる。

     計算係として出勤した女性は、いきなり清掃婦とまちがわれる。秘書みたいな女性にトイレの場所を聞くと、非白人のトイレは知らないわ、と言われる。実はこの建物に非白人トイレは無く、彼女は用をたすために1キロ近く離れた西棟まで片道15分くらいかけて往復しなければならない。彼女が共用ポットのお湯でコーヒーを入れると、翌日には「非白人用」と書かれたみすぼらしいポットが置かれている。
     気難しいと聞かされていた本部長は、彼女がいくつか数学的な問答に答えるとそれ以上は特に何も言わず、主任技術者の作成した書類の検算をまかされる。だが主任技術者は私の計算に間違いは無い、と抵抗し、国家機密部分を塗り潰したという黒塗りの資料をよこす。

     だが彼女は資料を透かし見て解読し、レッドストーンロケットとアトラスロケットの軌道と計算式を黒板に描いてみせる。これは彼女が書類に書かれている事を全て理解しているという事。本部長は主任技師に、これからは黒塗りなしの資料を彼女に見せるよう指示する。

     本部長は彼女の名前を覚える。そして、彼女が離席している時間が異常に長いことに気付き、彼女を詰問する。君には期待しているんだぞ、と言いながら。

     彼女は鬱屈しているものを全て吐き出す。この建物にはトイレがないから、仕方ないんです。私のポットにだって、他の誰もさわらない、と。

     本部長はそんな事考えてもいなかった。彼はポットの「非白人用」シールを剥がし、トイレの「白人用」「非白人用」の表示をバールのようなもので破壊する。
    「NASAではみんな小便の色は同じだ。これからは一番近いトイレを使え」と彼女にいう。この本部長が年をとっててわからなかったけどケビン・コスナー。
     自分の役割は、ここに集う天才たちが能力を最大限に発揮できるようにすることだ、と思っており、ここに秀才は必要ない、みたいなことも言う。

     建物の一角に巨大な部屋が作られていく。ここに何がくるのか。インターナショナル・ビジネス・マシーンズ、IBM。大型電算機がNASAに導入されようとしている。これが本格的に稼動すれば、女性の計算係は不要になる。
     管理職の能力を持ちながら管理職にしてもらえない女性は、図書館の黒人には貸してもらえない本の棚からフォートランの教科書をパクリ、プログラムの勉強をはじめる。

     ソ連は犬を打ち上げ、ついに人間・ガガーリンの打ち上げに成功する。先を越され、打ちのめされた雰囲気になるNASA。本部長は、これからは残業続きになる。残業代は出ない。嫌な者は去れ。残る者は家族に遅くなると電話しろ、私もそうする、と訓示する。

     技術者にならないか、とユダヤ人男性に言われていた女性は、意を決して嘆願書を提出する。大学で必要な講座を受講する許可を得るため、裁判所へ。
     判事は彼女に聞く。何故白人の学校へ行きたいのかと。
     彼女は判事の経歴が、様々な慣習を打ち破り、前例となってきた人物であることをレクチャーした上で、私の肌の色は変えられない。だから前例になるしかない。それを許可した判事も、歴史に残る前例となるはずです、と彼を説得し、夜間に限り受講を許可される。ユダヤ人の同僚も祝ってくれる。

     ついにIBMが搬入される。だが部屋の扉を通らない。カラオケ機器がドアを通らなかった荒井注のようなことになり、扉を壊して作り直す。
     だが据付が終わっても思うように動かない。そんな中、管理職みたいな女性はこっそりこの部屋に出入りしてフォートランとコンピューターのことを勉強していく。

     アメリカもついにロケットの有人飛行に成功する。アラン・シェパードが飛び、ガス・グリソムが飛ぶ。だがこれらは弾道飛行。地球を周回してはいない。

     ジョン・グレンはこの周回飛行を行う予定だったが、彼を無事に帰還させるためには、楕円軌道から放物線軌道に移すための方程式が必要だった。だが軌道計算室では未だにその方程式を導き出せずにいた。

     ヒロインは、古典的な手法であるオイラーズメソッド・オイラー法を適用すれば解が求められることに気付き、これを解く。イットワークス!

     毎日会議が開かれるたびに、軌道計算は変更になる。会議に出席できないヒロインは、歯がゆさを覚える。出席していれば、その場で計算できるのにと。主任技術者は彼女の訴えに取り合わないが、本部長が何も発言しない、という条件でこれを許可する。国防省の会議に黒人女性が出席するのはもちろん初めて。軍の高官たちは何だ?という目で彼女を見る。
     ジョン・グレンも参加したこの会議は、カプセルの回収地点をどこにするか、で紛糾する。軌道変更をどのへんで行えば、どの海域にカプセルは落ちるか。海軍は範囲をもっと狭めてくれないと、回収は無理だという。

     軍の高官から数値的な質問が出るが、主任技術者はとっさに答えられない。答えたのは喋るなと言われていた彼女だった。本部長は彼女にチョークを渡し、やってみろと促す。彼女は会議室の黒板に、軌道変更を行うべき座標と、その結果カプセルが落ちる地点の緯度・経度を示す。
     ジョン・グレンが感嘆した様子を見せる。最初の方でマーキュリー7がNASAの職員たちに挨拶に来るセレモニーがあるが、案内係は行列の途中で、ここから先は黒人の職員だから、みたいに切り上げてしまおうとするのを、グレンが俺は彼女たちにも挨拶したい、と逆らって話をしにくるエピソードがあり、グレンは好人物として描かれている。

     軌道も決まり、グレンの打ち上げ準備が進む。だがIBMは動かない。これを動くようにしようと苦戦する職員たちの前で、管理職みたいな女性はプログラムを走らせてみせる。いろいろあって彼女がIBMのおもりをすることになり、彼女は自分だけでなく計算係の女性全部を電算機室に異動させるように交渉する。既に彼女たちにもフォートランを学ばせている。
     
     だが軌道計算はラングレーとケープカナベラルのIBMがやることとなり、ヒロインの計算係としての仕事は不要となる。本部を去ることになった彼女に、本部長はしばらくは西棟に戻ってもらうことになるが、必ずきみの処遇を考える、みたいなことを話す。秘書みたいな女性が包みを渡す。本部長からよ。選んだのは奥さんでしょうけど。それには真珠の首飾りが入っている。
     最初のころ、彼女が黒人女性の制限について鬱屈をぶつけた時、黒人女性には真珠のアクセサリーしかつけることが許されない、でもそんな高価なもの買えるわけない、と言ったのを本部長は覚えていた。

     彼女は休暇を取り、以前から彼女に求婚していた黒人の軍高官と結婚することになる。紹介ははぶいたけど彼女には子供が3人いて夫とは死別しており、母の助けを借りて子育てをしているシングルマザーでもあった。

     グレンの打ち上げ準備をテレビで見守る彼女。だがトラブルが発生。コンピューターの計算によくわからなかったけど矛盾が生じたんだったか、2台のコンピューターの答えが一致しなかったんだか具体的にはよくわからなかったけどとにかく計算結果があやしい、みたいな話になる。報告を受けたグレンは、あの会議に出席していた黒人女性はどうした、と尋ね、彼女が検算してOKを出すなら俺は飛ぶ、と答えてロケットに向う。パンフによると映画ほど感動的だったかは別として実際にそのような話はあったらしい。

     呼び出された彼女は計算を終え、グレンは飛び立つ。
     帰路カプセルの方に問題が発生し、熱遮蔽版が剥がれそうな状態で一部手動操縦に切り替えて再突入するが無事に帰還する。

     彼女たちのその後が、実在の彼女たちの写真とともに紹介される。

     主役の彼女はその後アポロ計画などにも参加し、宇宙開発に貢献。97歳のこの作品本国公開時点でも健在らしい。
     白人の学校に行った女性はNASA初の黒人女性エンジニアとなる。
     管理職になれなかった女性は電算室長として、NASA初の女性管理職となる。

     この作品の原作者は製作総指揮も兼ね、モデルとなった女性たちとも父親がNASA勤務だった事もあり交流があったらしい。脚本を担当した人も祖父母がNASAで働き、自分もインターンを務めた経験を持つという。当時のNASAの雰囲気を再現するため、デジタルではなくフィルムで撮影することを選んだ撮影監督も含め、この3人は女性だという。

     黒人女性が宇宙開発の陰で活躍していたという事は、別に隠されていたわけではなく、そうした資料は誰でも見れる形で保管されていたらしい。だけど誰も取り上げなかった。だから世間は知らなかった、みたいなことらしい。そうしたことは他の業界でもいろいろありそうだ。
     よく隠された真実がうんぬん、という言い方をマスコミとかはするけど、そこに見えているものを取り上げられない事の方がよろしくないかもしれない。でも原題はヒドン・フィギュア。フィギュアの意味はそうした黒人女性の姿なのかもしれないし、数字という意味もあるのかもしれない。

     作品に登場する計算式などは数学者が監修し、これを書くことになる役者は数学の合宿みたいなこともやったとパンフには書いてある。
     私にはよくわからないけどファッションなども当時の黒人女性のものをよく再現してあるらしい。

     マーキュリー計画ははっきり記憶にないけど、アポロは物心つくころで覚えている。もうそんな昔なのかとも思う。宇宙・科学映画としても、当時の風俗映画としても、社会的なテーマの映画としても、面白かったと思う。


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