第三次ソロモン海戦(第3日・第4日:第二夜戦)
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

第三次ソロモン海戦(第3日・第4日:第二夜戦)

2017-11-13 06:00
  • 2

・昭和17年11月14日、第三次ソロモン海戦は続いている。11日から12日にかけての第一夜戦では、飛行場砲撃を行えないまま暁・夕立・比叡を失った。
 だが輸送船団は健在であり、この将兵と資材の揚陸に成功すればガダルカナル飛行場の奪還が可能かもしれない。今あきらめるわけにはいかない。
 13日昼には重巡洋艦鈴谷、摩耶が飛行場を砲撃するが破壊には至らず。
 14日、相手機動部隊が襲来し、一方的に空からの攻撃を受けてまず重巡洋艦
衣笠が被弾・撃沈される。



さらに摩耶、鳥海、軽巡洋艦五十鈴も損傷。
 輸送艦6隻(ありぞな丸、信濃川丸、かんべら丸、長良丸、ぶりすべん丸)も沈められてしまう。乗っていた陸軍第38師団の将兵5千名弱は救助されたが、武器弾薬食料をほとんど失った状態での上陸となってしまう。

 夜戦となり、駆逐艦綾波が獅子奮迅の活躍。

・1隻で複数の相手駆逐艦を撃沈し、相手戦艦の護衛艦隊を壊滅させて力尽き沈没(相手駆逐艦は4隻いたらしい)。


 護衛を沈められ丸裸になった40センチ砲9門を持つ相手最新鋭戦艦2隻と戦艦霧島、重巡洋艦愛宕、高雄の砲撃戦となり、1隻は戦闘不能まで追い込むが、残った1隻が1万6千メートルの遠距離からレーダー射撃で霧島に直撃弾6発を浴びせ、大破させる。霧島脱落後も愛宕、高雄は戦闘を続けるが相手戦艦を倒す事はできず、やがて霧島も沈没する。史上最後かもしれない、戦艦対戦艦の砲撃戦だった。大正生まれの霧島は、最新鋭戦艦2隻を相手に最後までがんばった。


 この海戦の間に生き残った輸送船山浦丸、鬼怒川丸、宏川丸、山川丸が強行擱座。将兵2千名を上陸させることに成功するが、またしても夜明けと共に爆撃を受け、武器弾薬食料を焼かれてしまう。

 将兵だけはなんとか上陸させたが、丸腰で手ぶらに近い状態。人間だけが増えた事でこれが後に飢島と呼ばれる悲劇を起こす事になる。

 計画はあったそうだが、大和もしくは武蔵が参加していたら、飛行場砲撃にせよ戦艦との砲撃戦にせよもう少し違った結果がでていたかもしれないとつい思ってしまう。相手の最新鋭戦艦に対し、比叡も霧島も大正4年生まれの老朽艦だったが、戦艦の名に恥じずよく戦って力尽きた。

 相手方の軍艦は多く沈めたが、輸送船は沈められず相手の補給を断ち切ることはできず、こちらは輸送船を全部失ってしまった。これが陸軍虎の子の優秀な輸送船団で、今後は満足な輸送もできないことになる。

 14日になって大本営ははじめて国民にガダルカナル島に相手部隊が上陸していること、その部隊と陸海軍が連携して戦っていることを発表する。それまでは国民はガダルカナルは日本軍の勢力範囲と思っていたという。戦闘中と発表された写真の陸軍部隊は、前月すでに壊滅した一木支隊であり、既にガダルカナルに駐屯していた陸軍部隊は壊滅し、海軍も比叡、霧島をはじめ多くの艦船が沈み、傷付いていたタイミングだった。
 それでも大本営は第三次ソロモン海戦も勝利として宣伝を続けていく。

 一方、相手方はミッドウェイではなく、この第三次ソロモン海戦で戦争の勝利を確信したという。
 
 ずるずると消耗戦に引きずり込まれてしまい、ガダルカナル撤退を誰も言い出せないまま、事態は悪化していく。

 16日には優勢だったはずのニューギニア・ブナにも相手部隊が上陸し、こちらでも追い立てられていくことになる。悲劇は既にはじまっている。


参考資料 「あの戦争」集英社
     「艦これ公式作戦記録」
※戦史を調べ出すときりがないので、基本的にこの2冊の内容を整理したものです。



広告
×
投稿お疲れ様です。

大和や武蔵って、どう運用すればいいのか、最後まで決定的なプランがないままレイテ沖海戦や沖縄特攻となってしまったようなイメージです。

機動部隊の護衛(目立つから被害担当鑑やってもらう)としては、速力がもう一つ? 30ノット近くだせたという噂を聞いたことがありますが。。。燃料は相当食ったことでしょう。

このガダルカナルの戦いにしても、「たかが護衛や陸地への艦砲射撃」に帝国海軍の最高戦力を出す必要なしという雰囲気だったのでは?
30ヶ月前
×
>>1
bassedance様

 コメントありがとうございます。

 当時の人がどう判断していたかはなんともわかりませんが、
今から振り返れば、大和、武蔵の使いどころはここだったようにも
感じます。
 あるいは飛行場攻撃に専念させて、最悪放棄自沈してもいいとまで
割り切れるのであれば扶桑、山城でもよかったかも。

 あとからは何とでも言えるのですが、ここで大和型が沈んだら
沈んだで、大本営にこの戦争はまずいぞ、早く終戦工作をしなければ、
と思わせてくれたような。

 濡れるのが嫌で、新品のレインコートや傘を使わない、みたいな
運用になってしまったのは戦艦としては無念だったでしょう。
 相手方は最新鋭戦艦を最前線に投入してきているわけですし。
30ヶ月前
コメントを書く
コメントをするには、
ログインして下さい。