「太平洋(サマセット・モーム著)」
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「太平洋(サマセット・モーム著)」

2017-12-16 19:00


    ・「南海もの」と分類されるらしい著者の作品群のうち4篇を収録。

    ・太平洋
     2ページに満たないの詩のような内容。

    ・マッキントッシ
     マッキントッシというのは主人公の名前。肺炎にかかり、ロンドンの気候に身体が耐えられないということで南太平洋に職を求めた彼は、タルア島というところで行政官の秘書のような仕事を得る。この行政官はがさつな人物で、飲んだくれで教養も無く仕事ぶりもだらしなく、時に島の原住民に対して理不尽なふるまいをしたりもするが、それなりに長いこと上手く島を治めている。
     島の王様でもあるかのような気分でいるらしく、自分のいう事をきく相手には寛容で慈愛に満ちているが、逆らう者に対しては徹底的に弾圧する。だが私腹を肥やしているわけでもない。彼なりの理想を押し付けているだけ。
     マッキントッシから見ると非人道的にも思えるので時に意見もするが、もちろん聞き入れない。現在行政官が力を入れているのは島の周囲を巡る道路の整備。これが完成すれば特産品の積み出しが便利になる。これに原住民を只同然の労働力で駆り出している。
     酋長の息子が他の島の様子を調べて来て、こんな安い賃金では働けない、とストのようなことをするが、これを徹底的に弾圧し、他所からもっと安く働く労働者を連れてきて彼らの仕事を全部奪ってしまう。酋長たちは音をあげて侘びを入れるが、お前らが金を出さない限りお前らの地域に道路は作らない、とさらに締め上げる。酋長の息子はおかげで嫌われ者になってしまう。
     マッキントッシは酋長の息子の言うことも最もだ、みたいに思っており、自分も罵倒されたりしたのでつい息子に肩入れし、彼が拳銃を持ち出したのを黙認してしまう。
     行政官は撃たれて重態となる。そのベッドに人々が押しかけて泣く。マッキントッシは行政官がいかに島の人々を愛し、島の人々に愛されていたかを思い知る。
     行政官が死んだら君が後を頼む、みたいに言われるが、彼は行政官の死後、戻ってきた拳銃で自殺する。

    ・エドワード・バーナードの転落
     サンフランシスコに暮らす幼なじみの男女がいる。男二人、女一人。男同士は親友、片方の男と女は婚約者。もう一人の男も彼女を好きだが、彼女の気持ちがもう一人に向いているといつしか察して友情を優先し、身を引いている。

    婚約した男女は大学を出たら結婚すると決めていたが、卒業寸前に不幸が襲う。男の実家がある大銀行の破綻のとばっちりを受けて破産し、父親が自殺する。一文無しになった男は婚約解消を申し出るが、女性は彼が南洋の知り合いのところで二年間働いて、シカゴで職を得るつもりだ、と聞くと、二年間待つ事を承諾する。
     かくして彼は南洋・タヒチに出かけていったのだが、彼女の父親は一つ忠告をする。彼らの遠い親戚が一人タヒチにいるはずだが、彼には近づかないようにというもの。彼は名門である一族の名誉を傷つけるような詐欺を繰り返し、妻子も捨てて放逐された男なのだ。
     手紙も月に一度しか出せない僻地だが、彼は毎月彼女に愛情溢れる手紙を送る。一刻も早くこちらに戻って来たいという心情が見える。だが彼女は彼が一人前になるまでは辛抱するように、私は待ちますから、と返信をする。
     やがて一年がすぎ、約束の二年が過ぎる。だが、彼は戻って来ない。音信不通になったわけではなく、手紙は相変わらず来るのだが、ただ日々の出来事を綴るだけで帰国や結婚のことには一切記述がない。
     彼女は女のカンで、彼の人格が変わってしまったようだと察し、親友であるもう一人の男が真相を突き止めるためにタヒチ島を訪れる。すると・・・という話。

     昔ATGの「人間蒸発」という映画があったが、人の心と幸福をいろいろ考えさせるような話。旅立った男は真の幸福をつかんだのか堕落したのか、女は、もう一人の男はどうか、というような。

    ・淵
     サモアのアビーアという土地で、もと鉱山技師の男がホテルを経営している。ホテルといっても木造の二階建ての建物だ。そこを訪問した主人公は、ある男を紹介される。
     その男はいつも飲んだくれているが以前はその地の銀行の支店長で、イギリスから赴任してきて現地の娘(元奴隷商人だった白人と地元女性の間に生まれた混血児)と結婚し、駆け落ちしてイギリスまで行ったもののまた戻ってきて現在に至るらしい。
     主人公は素面のときは思いのほか紳士のその男に、彼の結婚にまつわる話を聞くことになる。彼が結婚したのは5、6年前、現在も美しい彼の奥さんは当時はまだ十代で、さぞや妖精のような美しさだったろうと思われる。
     彼は港から二マイルほど離れたところにある淵で、水浴びをしている彼女と出会ったのだった。
     それから彼は職を失い人々の尊敬を失い、妻の愛情を失うことになる。主人公は彼を哀れに
    思い、励ましもするが彼はもう全ての気力を失っている。
     彼は奥さんとの思い出の淵で自殺することになるが、その経緯を聞いた主人公は、彼の行動のどこが間違っていたんだろうか、と思う。


     いくつかの作品に共通しているが、白人は地元の人々(作中では今では差別用語となってしまうような言葉が使われていることが多い)をどこか下に見ている。
     そして地元の人は白人と地元の人の間に生まれた人間を自分たちよりさらに下に見る。
     さらにそうした人間と結婚した白人を、もっと下に見るのだ、というような差別意識があることが度々出て来る。
     白人男性は、地元の娘、あるいは混血の娘を愛人にする分には尊敬を失わないが、正式に結婚すると頭がおかしくなったんじゃないか、と白人のコミュニティから外れ、地元民の尊敬も失う。彼らのコミュニティにもなじめずに孤立して、奥さんともうまくいかなくなってゆく。
     本人がほどよく堕落しているとそこそこうまくいったりするが、生真面目なままだと悲劇につながる。こういうのも著者の経験あるいは見聞きした事に由来しているんだろうな。
     著者自身にも差別意識があったようにも思えるけど、現代視点で批判しても意味は無い気もする。事実を事実として創作の種に使っただけだろう。


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