「雪の峠/剣の舞(岩明均著)」
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「雪の峠/剣の舞(岩明均著)」

2018-01-16 19:00

    ・中編2つが収録された作品集。

    ・雪の峠
    兵力2万を持ち、日本で当時6位の大身と呼ばれた常陸の豪族、佐竹義宣(よしのぶ)は関が原を前にして西方につくか、東軍につくかを評議の結果、恩義ある石田方について負け組となり、先祖伝来の常陸の地を追われて遠く出羽国・土崎湊へ追いやられる。石高も三分の一に削られる。上杉景勝が米沢に追いやられたのと同じようなことだが江戸からはもっと遠い。
     もともと東方につくべし、という家来が多かったのを、義宣の鶴のひと言で西についたような経緯もあり、東についておれば、と思う重臣たちはちょっと面白くない。
     殿である義宣は昔は良かった、としか考えない旧臣よりは、近習の若者たちと新領地の経営を考えようとし、近習の渋江内膳に新たな府、つまり国の首都の土地選定を命じるが、旧臣たちはこれにも不満で待ったをかける。だが彼らには建築関係の知識は無いので、梶原美濃守という慎重な軍略家タイプの重臣をかつぎあげて、彼に対抗案を作らせる。

     評議の席、内膳は築城候補地として「窪田の丘」を上げる。土崎湊からは一里半。2つの川に挟まれ、東には広い沼地がある天然の要害である。
     一方梶原は仙北の盆地の山上にある小さな金沢城を麓まで拡張し、尾根を塁壁で結びながら峰々に砦を設け、周囲三里を囲み惣構となす、という壮大な提案をする。

     これは考え方の根本が違っていて、徳川のもと太平の世が続くであろうという前程で港町と城下町の連携を重視した内膳案と、豊臣はまだ大坂城に健在である。天下は再び乱れるであろう、と戦乱に強い守りに徹した城を造ろうという梶原案の激突である。
     金沢は藩祖である源義光ゆかりの地でもあり、旧臣たちは一気に金沢案に傾き、藩主義宣といえどもこの流れを止めきれない。だがこの時、藩主の父である隠居の義重が横手でもよいのでは、と第三の案を出し、評議は改めて、ということになる。

     義重はこのままでは息子の希望である内膳案が負ける、と水入りにすべく助け舟を出したのだが、梶原はこれを逆手に取って、自分の案を引っ込めて横手に城を建設するという案で押し切ろうとする。そして多数決で横手案が通ってしまう。藩主権限で覆すことは可能だが、それは過去を蒸し返し、藩主と重臣との間がさらに離れてしまう。だが、重臣たちはいつの間にか藩主の案を覆して違う案を通す事が目的みたいになっている。内膳が身分の低い流れ者だったのを、殿が見つけて取り立てたことも動機になっている。

     どちらの案にも賛同しなかった筆頭家老が内膳や彼と意見が合う近習たちのもとを訪れて言う。おぬし達、殿を守れておらんぞ。これは戦なのだ、と。
     内膳は梶原を訪ね、素直に教えを請う。もし殿が東軍に味方していたらどうなっていただろう、と。梶原は、おそらく徳川は佐竹を脅威と考え、石高を増してうんと遠く、九州か青森あたりに飛ばして、そのあとゆっくり滅ぼしにかかったろう、殿が西軍に味方したのは間違いではなかったと思う、という梶原の評価を聞き出す。
     藩としては横手を押すと決まった。だが、徳川が許可しなければ何にもならない。つまり徳川に嫌われれば横手案は通らない。内膳は徳川へ提出する願い書に第二希望として窪田と書き、徳川が第一希望の横手を危険視する方法は無いかと知恵を絞る。
     その結果、家康の署名の入った、城を窪田に作るがよい、という返書が届く。この返書の文章はやけによくできているので実在するのかもしれない。それとも全くの創作なのか。
     だが旧臣の何人かはこれを恨み、内膳を暗殺しようとする。だが藩主の知るところとなり、計画は未然に潰され、関係者は処罰される。梶原は計画に加わったわけではなかったが、他藩に逃亡する。

     内膳はその後も忠勤を続け、家老となり、窪田は久保田と名前を変え、さらに土崎と合併して秋田市となる。内膳の墓は何故か京都にある。ウィキによれば、大坂冬の陣で戦死したらしい。

     大河ドラマなどで取り上げられることのない佐竹家の、小説などでも(たぶん)取り上げられることのない家臣の話。どこの藩のどんな家臣にもドラマがあるんだな、と思う。

    ・剣の舞
     どこの者かもわからない4人組の侍に家族を殺され、自分も陵辱された少女。
     天下一と名高い上泉伊勢守の門弟になろうと、男のなりで道場を訪ねる。もちろん家族と自分の仇討ちをするつもりである。


     すぐに女とばれるが、伊勢守は自分が考案したシナイのテストがてら、高弟の疋田文五郎に彼女を預ける。
     最初は面倒そうに相手をしていた文五郎だが、次第に彼女の決意や理由を知るようになり、意外と彼女が筋のいいこともあり、真剣に稽古をつけるようになる。二人とも若いので、通い合うものもある。

     伊勢守が仕える長野家は武田信玄と敵対しており、情勢的に激突は必至という感じ。文五郎は、今はハルナと本名を名乗るようになった娘に逃げろ、とすすめるが、彼女は戦場で仇が見つかるかも、と城に留まる。

     やがて戦闘がはじまる。伊勢守、文五郎、もう一人の高弟の神後は戦場で抜群の活躍をするが、長野家は降伏する。

     ハルナは仇を発見し、勝負を挑む。既に技量が上がっている彼女は3人までを倒すが、残る一人の卑劣な手にかかり、重傷を負う。だが文五郎の教えを思い出して、相打ちに持ち込む。居合わせた者に文五郎に伝えてほしい、と言い残して息絶える。

     伊勢守たちは信玄に仕官しないかと誘われるが、断って旅に出る。

     ハルナの死を知らされた文五郎は、師と共に柳生の里を訪れ、のちに石舟斎となる柳生宗厳と立会い、三本続けざまに取って柳生一門が伊勢守に入門するきっかけを作る。

     その後師とも離れて諸国を試合して巡ることになる。
     試合の時、彼の脳裏にはハルナと稽古したときの面影が浮かんだかもしれない。

     よくありそうな話だが、この人が描くとかなり読ませる。

     
     

     


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