「身辺即事(永井龍男著)」
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「身辺即事(永井龍男著)」

2018-02-15 19:00



    ・「へっぽこ先生その他」という、著者があちこちに書いた随筆を寄せ集めたという趣の本に収録されている。構成として「身辺即事」と「人の印象」の二部構成になっている。著者は菊地寛に誘われて文芸春秋社の編集者になり、芥川賞や直木賞の創設にもかかわり、戦後は文筆一本の暮らしに入った人。

    ・五銭銅貨
     文明の利器が人の暮らしだけでなく考え方も変えていくという話。
     電気洗濯機が主婦の考えごとの時間を無くした、とか映画に登場する手紙のシーンが電話に置き換わった、という話。今はさらに電話が他のものに置き換わりつつある。
     昔のサスペンス劇場みたいのは、黒電話がつきものだった。自宅で襲われた女性が黒電話で反撃して相手を殴る、みたいなシーンをよく見たような見なかったような。

    ・翁
     著者は鎌倉に長く住み暮らしたとのことだが、ご近所さんだった四組の老夫婦との交流の話。もと海軍少将、もと警視総監、もと貴金属商、最後の一人は著者の大家さんだったという。毎日誰かの家に集まって碁を打っており、時に碁石を撒き散らす勢いで言い争いなどもしていたらしい。時折り家を訪ねてくれた老人たちは、すでに世を去って久しいという。

    ・孫と新興国
     初孫の誕生に際し、泣き喚くその姿をクーデターを繰り返す新興国のように思う。

    ・薔薇のとげ
     薔薇というものは数年で古い木は捨てて新しい苗木に植え替えるものらしいが、妻の反対でなかなかそうできなかった話。

    ・小悪魔
     著者はよくものを無くすようで、使ったばかりのハサミや赤鉛筆を探すことがしばしばだという。灰皿のつもりでくずかごにタバコを投げ捨てたり、約束の日を一日間違えて大阪に行ったり、原稿が書けなくなったり悪夢を見たりも。著者はこうしたことは小悪魔の仕業と思ってやり過ごすようにしているという。

    ・伯父さん
     著者は子供のころから歳末大売出しなどで、欲しいものが買えずに寂しい思いをし、伯父さんか叔父さんが突然現われて買ってくれたらいいのに、と思っていたという。そう思い続けているうちに自分がすでに買ってあげるほうの年頃になっていると思い至る。

    ・さくらのころ
     子供のころの思い出。著者は親に放置された子供だったようで、子供だけで遊んだ記憶がたくさんあり、それにはいたずらに類するものも多いという。市電の点検用のやぐらのてっぺんに登って、塀の向こうに満開の桜を見た思い出がいまだに鮮明らしい。

    ・また、年寄りのこと
     奥さんが語る母親の思い出。奥さんは八人兄妹の五女で、お母さんは四女と末息子の家がお気に入りらしいのだが、夫を無くしてからは持ち回りで子供の家を転々としており、長くいればそれなりに重荷になるということで、時々著者の家でも面倒を見たという。
     その末息子の家で寝付いて亡くなったのだが、箪笥から財布を出すように、と寝床で言う。
    箪笥は息子の嫁のものなのでたしなめたが、亡くなった後に七万円入った紙入れが出てきたという。存命の子供は七人で、一人一万円ずつ分けたかったのだろうということになったとか。

    ・復讐
     都心を離れ、鎌倉に引きこもって仕事をしている著者が久々に都心に出る。梅雨時でビルとビルの間の殺風景な中を歩く。用事が済んで自宅近くの駅に降り立ったとき、「緑の復讐」という言葉がふと心に浮かぶ。

    ・引越しの数
     著者が現在の自分の家に落ち着くまでの引越しの顛末。東京から鎌倉に移ってまた戻ったり満州に行ったり、公職追放でやむなく文筆で食べていかざるを得なくなり鎌倉にまた移るがその鎌倉で何度も、余儀ない事情で、まるで野球のベースを回るようにように転々と越したという。

    ・夜の食堂車
     鎌倉に戻る時に使う品川は孤独な感じのする駅だと著者は言う。そんな時、通りすぎる食堂車の車窓の光景に、温かなものを感じるのが常だったという。

    ・質屋について
     子供のころから貧乏暮らしが長いが、質屋の世話になった事はないという。だが質屋に入った事はあり、出版社勤務時代にIという新進作家が物故してその葬式の手伝いに赴き、彼の実家が質屋だったという。
     そんな生活だったが長兄も自分も、借金と無縁で過ごしてきたのは金銭を恐れる感覚があったからだろうとも。

    ・数え日
     新年まであと何日、という歳末の日々のスケッチ。庭の植木の始末をし、落ち葉を集めて焚き火をし、仕事部屋を整理する。ふと東京に出たくなり、人なつこい気持ちになる。

    ・雪のメモ
     昭和48年に書かれた文章だが、今年は雪が降らない、とあり、昭和43年の大雪のことを思い出している。散歩のついでに立ち寄った鶴ヶ岡八幡宮で、賽銭泥棒でもするつもりなのか、賽銭箱を監視するように小学生くらいの少年が二人立っていた事など、雪から連想するあれこれ。

    ・ネクタイの幅
     文筆業だとネクタイを着用する機会も少ないので新調することもない。だがふと思い立つと、流行が全く変わっていて、自分の古い服に合うようなものはもう売っていないと気付く話。

    ・霧の朝
     著者が生まれ育った駿河台や神保町の思い出。病院の町だった駿河台には牛乳配達が多く、まだ喫茶店のなかった学生の町神保町にはミルクホールがあったという。音羽亭という洋食屋で食べたライスカレーの味を時に思い出すという。

    ・梅から桜
     さくら湯というのがあるなら梅湯というのはないのかと調べたら、江戸時代にはあったらしいと聞いて満足する著者。だが梅と言えば梅干が優先でいつしか花から作る梅湯は廃れたらしい。子供の頃の花見はいつも大人が酔って喧嘩をするので怖かったという。

    ・死霊・生霊
     著者が鎌倉に移り住んで間もない頃、続けざまに人が亡くなったということでよしたほうがいい、と言われた貸家があったという。戦争中までの鎌倉は昼間でも淋しいところで、タクシー運転者の間でも女の幽霊が出る、と迷惑がられたとも。著者もあやしげな人影を見た事があるらしく、菊地寛が幽霊に首を絞められたという話を聞いたこともあるという。

    ・花十日
    著者が住んでいた鎌倉近辺の花日記。
     11月頃から紅の木瓜。水仙。寒椿。梅。
     2月に白梅紅梅、桃。桃は紅が先で白が後。3月中旬を越えると紅白の椿、木瓜のしぼり、海棠、雪柳、大手まり、小手まり、すみれ。3月末に木瓜は白からうす紅のしぼりに変わり、桜の蕾が膨らんで来る。著者の庭には染井吉野、枝垂れ桜、大島桜かもしれない山の桜があるという。自宅にいながら花に酔うほど満開に出会うことがあるらしい。

    ・夕ごころ
     正月は正月らしく静かに賑やかに、清閑を楽しむという。そんな時季の心を言葉にすると、淑気とか冰心とかいうのがそれに近いという。著者は朝夕風呂に入るとも。初湯の時は、来年また初湯に入れるかと思うとも。

    ・身に沁む
     徳利と猪口をいくつか揃えていて、時に換えて気分をかえるという。大部分は身分相応の品だが、美術品の愛蔵家の友人から譲られた粉引の徳利と青磁の猪口で静かに酌む酒の味が身に沁むようになったのは七十を過ぎての事だという。

    ・風車
     ふと思い立って、八幡さまの横にある店で、赤いセルロイドの風車を著者は買う。これを植木鉢の土に刺し、さらに鉢ごと池に沈める。著者宅の庭には一坪半ほどの池があり、大小30匹ばかりの金魚がいる。毎年卵がかえって増えるらしい。草木や水草も繁り、蛙も棲みついている。著者お気に入りの場所である。
     だが近年、白サギ五位サギカワセミといった連中が金魚を狩りにくるようになってしまった。池の上に格子状に縄を張り、金銀の紐を縄のれんのようにつけるとキラキラ光って鳥が寄り付かなくなったが、家人の評判がよろしくない。来客があるたびにあれは何ですか?と聞かれるという。というわけで縄を取り払い、代わりに風車を、という次第らしい。効き目があったのかは書かれていない。

    ・井戸
     朝顔の咲く頃、著者は井戸を思い出す。井戸さらいは子供にとって一種のおまつりであり、井戸で冷やした西瓜や真桑瓜は夏の風景、魚のあらいを作るにも井戸水を使ったという。盥の行水と合わせ、そんな夏があったという。
     

    当時の文筆業者の、晩年の静かな生活みたいな様子が垣間見える。朝晩風呂に入って、好きな器で晩酌できる生活がちょっとうらやましい。

    即時ってあまり聞かない言葉だけど検すると「その場の事柄。目の前のけしき・ようす。」みたいな意味らしい。
     
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