「1カップの世界(長谷敏司著)」
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「1カップの世界(長谷敏司著)」

2018-04-03 19:00



    ・現在テレビ放送中の「ビートレス」著者本人によるスピンオフ作品。
    SFマガジン2018年4月号掲載の短編。

     本編では明記されていない情報も開示されている。主人公は本編では脇役のエリカ・バロウズ。彼女が本編開始前にどんな経験をし、人間社会をどう思っているか、というようなことが示唆される。

     2011年生まれのエリカ・バロウズは、十歳で当時の医学技術では治療不可能の細胞疾患を発症。発症から6年後、2027年に未来の医療技術進歩の可能性にかけ、冷凍睡眠で未来へ向う。

     2104年に解凍された彼女は、自分の親兄弟も子孫も、41年前に関東を襲った地震で死亡し、自分の血縁者は誰もこの世にいないということを知る。これは本編を読めば単なる地震ではないことがわかる。

     父親が彼女のために残した信託財産があり、これは彼女の冷凍睡眠中に膨大な利益を生んで、現在世界で15位の個人資産を持つことになる。日本の年間歳出の約9%にあたる。

     バロウズ財団という彼女の財産管理団体もあり、その理事長代理という男がやってきて、彼女に理事長就任を要請する。

     病気の方は未来技術のナノマシンで、ひと月もたたずに全快する。

     彼女の冷凍睡眠前と後で最も変化があった二つの技術。
    1.超高度AIと呼ばれる、人類を超えたAIが出現している。超高度AIは世界に39基存在する。日本には<たかちほ>がある。
    2・hIEと呼ばれる、人間と見わけのつかない外見を持ったロボットが普及し、社会を支えている。

     超高度AIは、その人間を超えた能力故に、ネットワークに接続する事を禁止されている。そうしたら社会インフラを押さえられ、人類がAIに支配されるのでは、とか、超高度AI同士がネットワーク経由で戦争を行い、人類のインフラがとばっちりを受けるのでは、みたいに恐れる人間が大勢いるためである。なので交通管制など、人類生活に必要なインフラ管理は超高度AIほどの能力を持たない高度AIにゆだねられている。例えば都会の車は全て自動運転車で、手動運転は原則禁じられている。なので信号というものも飾りみたいな、歩行者を安心させるだけの存在になっている。

     投資などもAIが行っている。バロウズ財団の財産も、AIが管理している。つまり人間の理事はおかざりにすぎず、そこにいるだけで生きてゆける既得権益者でもある。
     本編に出て来るミーム社も同じ。AI<ヒギンズ>にお伺いをたてて経営しており、AIに接触する権限を持ったものが、人間としての能力にかかわらず実力者になる。
     経営判断を常にヒギンズに仰ぐ派閥と、最終判断は人間がやるべきだ、という派閥に分かれて権力闘争をしている。
     軍や警察も独自のAIを持っている。ネットワークから隔離された超高度AIを警備用の高度AIで社会から隔離しつつ守っていたりする。

     一方hIEと呼ばれる人間型ロボットたちは、AIの制御下で、行動管理クラウドというものに蓄えられたAASC(行動管理基準)というデータに従って身体の動きを制御している。
     AASCには、人間に気に入られるような表情や動作パターンが組み込まれていて、人間は知らず知らずhIEに好意を持つようになり、考えや行動を誘導されてゆく。こうした現象をアナログハックされる、と作品では呼んでいる。

     だがエリカ・バロウズにはアナログハックは効果が無い。AASCはhIEが実用化されてからの蓄積データであり、エリカから見れば未来の人間のデータ。彼女が心地良いと思うようなデータは記録されていない。80年前の人間が何を好んだか、というデータは存在しない。クラウドは彼女から学ぶしかない。彼女がいちいち自分の好みをわからせないと、自分が望むようにはならない。
     だから彼女が花を飾るとhIEはそれを捨ててしまったりする。この時代、そうしたものはホログラフで行うのが普通であり、実物の花はhIEはゴミとしか認識しない。

     彼女は肉親もいない。友人もいない。財産はあるが彼女を理解しようとする相手はいない。

     財産目当てに近づいてくるもの、冷凍睡眠から目覚めた存在として一種の見世物のような興味を示すもの、彼女がいると邪魔なので、冷凍睡眠状態に戻そうとたくらむもの・・・
     彼女によこしまな動機で近づいて来るのは、人間とは限らない。

     人類はネットワークにつなげないよう、超高度AIを隔離したと思っている。だが超高度AIはネット以外の方法でも社会に干渉できる。人類の未来をデザインしているのはAIで、
    隔離されているのは人類の方かもしれない。

     この時代の人間ではなく、この時代の人間を誰も信じていないエリカには、敵対者たちの思惑が読める。人間もAIも誰一人彼女を人間扱いしていないから。アナログハックの対象外だから。だから彼女はこの未来世界に、悪意しか持っていない。この時代に、愛せるものは何もない。

     もしも、彼女を利用しようなどと思わずに一人の人間として、隣人あるいはクラスメートとして見てくれる存在がいたら、ちょっと気が変わるかもしれない。そんな無条件に他人を信じる、ちょろい人間なんていないだろうけど。
     そうしたら彼女の財産やもろもろのリソースにも、違う使い道が出て来るかもしれない。
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