「はなとゆめ(冲方丁著)」
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「はなとゆめ(冲方丁著)」

2018-05-14 19:00




     巻頭の主要登場人物表はこんな感じ。

    ・清少納言・・・歌人・清原元輔の娘。一条帝の妃・定子の女房として仕えることに。

    ・定子  ・・・藤原道隆の娘。一条帝が元服して初めて迎えた妃となる。

    ・道隆  ・・・定子の父。関白として宮中に君臨し、一条帝の政務を補佐する。
    ・伊周  ・・・定子の兄。父・道隆の威光により若くして出世する。父の死後道長と対立。
    ・道長  ・・・道隆の弟。兄・道隆の死後、宮中の権力を掌握する。
    ・行成  ・・・一条帝と道長に信任された蔵人頭。清少納言と交流を深める。

    ・一条帝 ・・・時の天皇。妃である定子に深い愛情を注ぐ。


     白露の置くを待つ間の朝顔は
      見ずぞなかなかあるべきかりける

     という歌を清少納言がどう解釈しているか、というところからはじまる。
     いずれ失われるものなら最初から見ないほうがよいのでは、という問いかけに対し、
     自分はあの方に会ったことは幸運であった、失った今となっても、と解している。

    第一章 小白川
     清少納言の思い出。彼女の最初の夫、則光は武芸に優れた人物だったが、武士の働き場である検非違使ではなく文書を扱う蔵人に勤めることになっていた。これは彼の母が少納言乳母(しょうなごんのめのと)と呼ばれた、時の帝、花山帝の乳母であり、その息子である彼は帝の乳兄弟にあたるという事実によっていた。
     以前左大臣を勤めた藤原師伊(もろただ)の息子、藤原済時(なりとき)の屋敷が小白川のお屋敷と呼ばれていて、ここで法華八講というのが行われる。当時、イケメンの僧がホトケの教えを語るイベントみたいのが都で流行っていたらしく、21歳だった清少納言もちょっとオッカケみたいになっているのでこれに行く。そこで暑さにあたり、自宅に気がかりもあったので中座しようとした清少納言は周囲のものから非難を受けるが、藤原義懐(よしちか)のジョークで救われ、これに気の利いた感謝の言葉を返したので才能があると評判になる。
     義懐は花山帝を生んだ皇太后の兄であり、帝の伯父としても風流人としても知られ、帝が最も信頼している人物でもあったが、もともとはさほど身分が高いわけではなく、妹と帝の縁によって公卿になった。だがこの出世がねたみも受ける事になり、右大臣藤原兼家はわざと政務を滞らせたりしているという。兼家は花山帝その人についても疎んじる気持ちを持っている。帝は熱情の人で、愛した女性を身ごもっても悪阻に苦しむようになってもそばから離さず、結局腹の子ともども彼女を死なせてしまったりしている。

     このわずか数日後、花山帝は兼家の陰謀にはまり、亡くなった妻と子のために念仏を唱えるためには出家して僧におなりなさいとそそのかされて帝の地位を投げ出してしまう。義懐も帝の後を追って出家せざるを得なくなる。

      清少納言自身も、夫則光と次第に縁がうすくなり、父親は遠く肥後に任官し、生家で幼い息子・則長と過ごすようになる。

    第二章 清涼殿
     結局清少納言は最初の夫の則光と別れることになり、息子も夫の家で育てることになる。清少納言の父は歌人として名高く、そこそこの官位もあった人なので、生家での暮らしに不自由は無かったが暇になったこともあり、父や兄の伝手で太政大臣であった藤原実頼のところで代筆などをするようになり、さらにそこで書いた文が小白川のあるじ、藤原済時の妻の一人の目にとまり、こちらに出仕することになる。この家は帝との縁戚関係もある名家であり、仏の教えに強く惹かれる彼女にとっては、帝とも近い貴人のもとで働く事は、彼女が現世において最も浄土に近い場所と彼女が思っている内裏に近づくことでもあり、いきいきとそこで働くようになる。さらに彼女は記憶力が優れていること、「あわい」と呼ばれるうっすらとほのかなもの、微妙なあやのようなものに心を強く惹かれ、感動すること、自分の感動を誰か他の人にも伝えたくてしかたがないこと、などが自分の心のうちにある、と知る。
      この出仕は一年ほどで終わるが、その縁で清少納言はある貴人と恋人関係になる。教養のある人物で、彼女の漢才を評価もしてくれるが、彼女の「あわい」に対する思いは共有できず困惑したようであり、やがて縁は切れてしまう。作中ではこの時点で誰か名前は書かれていないが、示された歌から誰だったかはわかる。そう言われれば第一章でも登場している。後に藤原実方という人物であったとわかる。

     彼女はこの恋が終わったあとに二度目の夫を迎える。一番目の夫と違い、彼女と歌や文の話ができる相手で、藤原信義(のぶよし)という。これと前後して父親が遠い任地で亡くなり、これまで父親の庇護のもとで生きてきた事を改めて考えるようになり、彼女は将来に漠然とした不安を覚えるようになる。夫が自分より先に世を去ったらどうしよう、などと不安にも襲われる。それが彼女を誰かに頼って安心させてもらうのではなく、自分自身にすがって生きなければ、と思うようになる。白い紙に何かを書き、詠むということが自分を高めてくれると思うようにもなる。財務の才もあり、自分と夫の財産をきちんと楽しんで管理するようになる。
     これが彼女に心の安定を与え、一種のふてぶてしさも出て来て、見栄をはるより分相応で楽観的に生きよう、という感じになっていく。それが評判となって次の出仕の話が持ち込まれる。その出仕先は、宮中だった。

     花山帝のあとを継いだ一条帝。元服されて初めて迎えた妃が定子(ていし)。
     右大臣藤原兼家の息子で内裏で筆頭の実力者である道隆が、自分には知性・教養・博識といったものが欠けている、そうしたものを持った女性を妻にすれば、子供は父と母の良いところを受け継いでくれるだろう、となだたる女官の中で漢才で筆頭と呼ばれていた高階貴子(たかしなのきし)という相手を選び、正妻とするには身分が低い、とのあまたの反対を押し切って妻に迎え、清少納言から見ても理想の夫婦と写っている。その二人の間に生まれたのが藤原定子であった。
     今は後宮で最も貴い中宮様と呼ばれる立場にある。ここには選りすぐられた女性たちが女房として働いている。何故そんなところに自分が招かれたのか。聞くところによると、道隆と、その弟で今は中宮の大夫として定子の世話をする道長が彼女を選んだのだという。

     ここには清少納言よりも若く聡明な上司である弁のおもとや、怜悧な宰相の君、作法に詳しい中納言の君、美貌で知られた小若君(こわかぎみ)、初初しい小兵衛、愛嬌のある右京、冷静な右衛門などがおり、出仕したものの引け目を感じてなるべく隅の方で目立たぬようにしていよう、と思っていた彼女を中宮は気にかけられ、さりげなく緊張をほぐすように話しかけてくる。わずか17歳だが威厳と品格が備わっている。非常に遠まわしに、清少納言を傷つけないように、引け目を感じないように心配りをしてくれていることがわかり、さらにそれまではあまりいいあだ名で呼ばれていなかった彼女を「清少納言」という格式がある呼び方で呼んで、周囲の彼女に対する扱いも変えさせる。それに気付いてからは、この10歳近くも年下の主人との出会いをを心の底から感謝するようになる。

     控えめな清少納言も次第に慣れ、機転の利いた受け答えなどもできるようになる。中宮様はそれをまた喜び、破格の扱いで彼女を近しく置くようになってゆく。
    中宮様だけではなく、その父親の関白道隆、道隆の長男で中宮様の兄の伊周も教養があり、さばけた慈しみを感じさせる性格で、清少納言は中宮様を中心とした人間関係に華を感じる。

     何ごともこの方たちが中心で、この華にわずかに対抗できるのは道隆の末の弟の道長で、一条帝を生んだ母親で、今は夫であった円融院が世を去って未亡人である詮子様に接近しているという。道隆をはじめとする藤原一族は末っ子の道長については、またあの子がやんちゃをしているな、と鷹揚な感じ。詮子はいろいろあって中宮様としては扱われなかった女性で、本人は今もそれを屈辱のように感じ、周囲も彼女を軽んじている印象で、道長だけが親身に面倒をみているらしい。

     次第に宮中の生活に慣れ、中宮様のお供をして帝の住まう清涼殿を訪れる事もたびたびとなる清少納言は、この一瞬が千年でも続いてほしい、という思いを新たにする。

     だが道隆に不満を持つ者もおり、そうした者が飛香舎や弘徽殿といった内裏の後宮に放火するなど、災いは少しずつ近づいている。清少納言の二度目の夫・信義もほどなくして病で生涯を終える。

    第三章
     草の庵
     信義の命を奪ったのは今でいう疱瘡で、夫は恬淡としてもっと出世するつもりだったけど、あの世で偉くなればいいか、などと軽口を言いつつ亡くなり、死の穢れに接した清少納言はしばらく宮中へ戻れなくなる。さらにお腹に子供がいることもわかる。夫は世を去る前にそれを聞いて、兄弟縁者に妻のめんどうを見てやってくれ、いい相手と再婚させてやってくれ、と頼むのだが、なかなか親身になってくれる人はおらず、夫が死ぬと財産も目減りして清少納言は鬱屈としている。
     そこに中宮様から、貴方がいなくてつまんないわ、戻っていらっしゃいな、というような手紙が来て忌明けの出仕を通常よりも早く許される。

     中宮様お気に入りの才ある女房、ということで、寡婦でもあるということで殿方から清少納言にも少なからぬ歌が届くようになる。歌をよこした殿方の中には道長もいたが、彼女は遊びや愛人はいやよ、という感じで全員に断りの歌を返し、自分を一番に愛してくれる人でなければいやです、と宣言したみたいな格好になる。これに中宮様が関心を寄せる。
     清少納言は、一条帝に一番愛されれることが一族に課せられた使命のようになっている中宮様と、志を同じくした存在である、とみなされたと気付く。

     本来身篭っていて穢れをまとっている彼女が宮中に出仕するのは中宮様が後押ししてくれているからできること。自分は鬱屈も消えたので、このままでは迷惑になる、と里に下がることにする。
     そんな折に伊周が中宮様を訪ね、上質な紙の束を送る。中宮様に何を書けばいいかしら?と問われた清少納言は、では「枕」ではいかがでしょう、と答える。これはその前後の会話から機転を利かせて作った一種のジョークだったが、中宮様は では、あなたがそれを書くのにおつかいなさいな、と極上の紙の束を清少納言に譲る。これは破格のことであるらしい。

     清少納言は、それから何を書こうか、と悩むことになり、あれこれ別の紙に下書きをしてみるもののなかなかものにならないが、これが里での生活を張りのあるものにし、書く習慣と書く楽しみを彼女に与えてくれる。
     やがて娘を出産し、男だと夫の実家にとられてしまうが娘だと手元に置けるらしく、これも彼女に張りを与える。物忌みも済んで内裏からも出仕を促す手紙が来ると、これまでとは違った心の張りを持って堂々と振舞えるようになっている。

     清少納言が気の利いたことを言うと、それを聞いた伊周の弟の隆家などが、それは私が言った事にしてくれないか、などということが重なり、なぜかそれが逆転して貴人の言葉を清少納言がさも自分が言ったかのように話しているらしい、という噂が広がってしまい、当時の頭の中将(文官と武官の両方の要を兼務する人物をこう呼ぶらしい。それだけ優秀な人でないと勤まらない)であった藤原斉信(ただのぶ)がこれを真に受けて彼女を見損なった、みたいになってしまう。彼女は何の言い訳もせず、いつかはわかってくださる、という態度で通す。
     すると斉信の方が清少納言は何であんなに私を避けるのだ、みたいになってしまう。

     ある日斉信は清少納言を試すような手紙を送ってくる。彼女が中宮様のそばにあるのにふさわしい人物が試してやろう、みたいなものだったのだが、これに返した彼女の返答が絶妙で、斉信もさすがだ、と大笑いしたらしい。最初の夫とは別れてからも交流があり、彼は斉信の部下でもあったので、これまで自分の上司と元妻が仲が悪いと聞いて心配していたが、その件で斉信はさすがはあの女だ、みたいになって少し怒りが解けたみたいだぞ、と教えにきてくれる。これが宮中の評判になり、中宮様からは「枕」に書くのかしら?とさりげなく言われる。
    これがどんなものを書こう、と形にできなかった彼女へのヒントになる。

     この頃、実は道隆が病の床についている。そしてほどなく世を去ることになる。そのしばらく前、小康を得て道隆・貴子夫妻や伊周、中宮様の妹の東宮妃である淑景舎様など、藤原一族が集まった折に、中宮様は彼らの姿を覗き見することを清少納言に許す。彼女はこれが、自分の一族の姿を清少納言に見せておきたい、道隆が元気なうちに、という中宮様の心遣いのように感じる。

     道隆は生前、自分の次の関白には息子の伊周を、と運動していたが、彼が亡くなると若すぎる伊周ではだめだ、と言い出すものも少なくなく、結局道隆の弟の道兼が関白となる。だが就任からわずか11日で病で死んでしまう。道隆は過労と酒毒が主な死因だったようだが、道兼は清少納言の二番目の夫の命を奪ったのと同じ疫病によった。そして内裏の実力者たちが次々と疫病に倒れ、世を去ってゆく。
     大納言藤原済時、左大臣だった源氏の長老・重信、権大納言で伊周の異母兄・道頼などが世を去って、内裏で要職にあった者6名がいなくなり、残る実力者は2人だけになってしまう。これが伊周と道長。
     中宮様は女は政治に口出しをしない、という態度だが、本心は伊周に関白になってほしいはず。だが伊周の後ろ盾になってくれていた人は皆死んでしまった。年齢は道長の方が7歳も年上であり、以前から一条帝の母、詮子様の世話をしていたことを使って、母親から一条帝に道長を関白にしなさい、と圧力をかけさせる。そして道長は右大臣になり、これまでは伊周の役目であった内覧の宣旨という役割(帝に渡される公文書を管理する)も奪って、地位も逆転する。
     中宮様に男子が誕生すればその子が皇子となり再逆転は可能なのだが、まだその兆候は無い。だがこれまでと変わらず、中宮様は政治に不干渉の立場を取り続けている。

     上が変われば下も変わるということで宮中の中堅の人事も次第に定まり、蔵人頭が前任者の昇進によって藤原行成という人物になる。彼は高名な歌人の血筋なのだが、いまひとつ愛想がない性格で、これまで冷遇されていたのが前任者の推薦で上がって来た。
     歌も詠まない彼は、ほどなくして宮中の女性から総スカンを受けるようになる。自分も出仕したばかりの頃は、親が高名な歌人であったために苦労した清少納言だけは、彼にちょっと違う印象を持つ。この人は本当は歌が好きなのでは、と。そのため宮中ただ独りの行成をあからさまに嫌わない女房ということになり、そうなると行成も用事があると清少納言を頼るようになる。一時は険悪だった頭の中将・斉信は清少納言に自分のものになってほしいと言ってくるが、清少納言は今のままがいい、とこれを断わる。昔の恋人だった藤原実方が陸奥の国の長官となり、京を去る。女としては身辺がさびしくなるのだが、自分は中宮様をお守りするために宮中にいるのだ、という思いを強くしていく。

     だが伊周・隆家兄弟と道長は次第に対立するようになり、お互いの家来が争って死人が出るようになる。さらに先の帝である花山院と伊周が同じ女を(これは誤解だったが)取り合うような格好になり、これが争いになって隆家の家来が院の童子を殺害してしまう。
     伊周・隆家が自分の妻の兄である一条帝は、それ故に彼らを贔屓するわけには行かず、これを罰することにする。当然中宮様の宮中の女たちは伊周・隆家の肩を持つ。
     清少納言はどちらかというと道長派とみなされていた斉信や行成と親しかったので、宮中の他の女房からなんとなく距離を置かれ、一方で相手方の情報を取れる唯一の女房としてあてにされるという微妙な立場となる。

     だが、二十歳となった中宮様がついに懐妊する。これでお子が生まれれば逆転できる。伊周・隆家をどう罰するかは一条帝から道長に任されるが、花山院にも非があり、即座に追放などすれば逆に道長は批判される。おそらく道長は今ダメ押しをしなければ、と思ったろうと清少納言は推察する。
     折りも折り、詮子様が病にかかる。道長は安倍清明に命じて病の原因を調査させる。これが何者かの呪詛によること、その何者かとは伊周である、という噂が都に広まる。
     さらに伊周が帝にしか許されない儀式を行った、という噂が続く。自分が関白になれますように、というものだったらしいが帝の権威を侵したことになる。清少納言の立場からは、それらが真実であったのかはわからないが、皇室に大逆を企てたというっことになり、伊周・隆家兄弟は一条帝自らの命により降格された上に配流と決まる。
     だが中宮様は自分の屋敷に兄をかくまい、帝の心が変わるのを待つ。身重の穢れがあるため自分から帝を訪れることはできない。中宮様が子供を生んだ時にまだ伊周が都にいれば、帝の気持ちも変わるかもしれない。だが道長は屋敷を取り囲む。取り囲むのは検非違使だが、中には罪人たちもいる。
     さらに処罰は配流であっても、その途上で道長が兄を殺害するのでは、という恐れもある。このままでは命があぶない、と伊周をひそかに脱出させるが、これはさらに帝に反抗したことになる。道長は中宮様の屋敷の家捜しを名目に、屋敷内荒らし、戸や壁を破壊させる。この時隆家は見つかって捕縛される。
     だがこの時、中宮様は髪を落とし、出家を宣言する。これが帝に衝撃を与え、道長もこれ以上の狼藉ができなくなる。伊周も結局捕まるが、命は助かる。
     道長と中宮様の力が拮抗し、権力争いは静かな膠着状態となる。道長にとって、中宮様が最大の障害、最大の敵となり、道長は当然彼女に総攻撃をかけてくることになる。

    第四章 職の御曹司
     亡き道隆の屋敷であり、中宮様にとっては実家であり、一族にとっては砦ともいえる二条北宮が火災で焼け、道長の手による放火と疑われるが証拠は何もない。
     中宮様に仕える女たちで一番道長に近いと思われていた清少納言がこの手引きをしたのでは、という噂が流れ、あからさまに疎外されるようになったため、このままでは中宮様の心配事をかえって増やしてしまう、と中宮様の引き止めるのも振り切って里に戻ることにする。
     里ではまた宮中にいた女という事で常識が違う、と周囲からそしりを受ける。そうしたことを次第に、文章として自分の気持ちを残すようになる。これが自分の「枕」かもしれないと思う。文体もこれまでの和歌や漢文にこだわらない、自分が書いて楽しければよい、というものになっていく。そしてこれは、今は不自由に甘んじ幸福とはいえない中宮様が、これを読んで笑ってくださればよい、喜んでくださればよい、という気持ちと重なっている。
     自分が受けた扱い、見聞きした事、良きにしろ悪しきにしろそうしたことどもに感じた気持ちをただひたすらに綴り、以前いただいた紙に清書していく。

     そんな頃に、源経房(つなふさ)という人物が清少納言を訪ねるようになる。彼は道長の従兄弟であり、義理の弟でもあり、いまだ子が幼い道長の万一の時の跡継ぎ候補でもあり、そのためにかえって道長にモノが言え、道長と完全に敵対するような行動を取らない限り自由に敵方のところに出入りしてもとがめられない、という特殊な立場にある。なので彼は中宮様のところにも出入りしており、清少納言と中宮様の連絡役みたいな感じにもなる。
     この人物はどこか人を安心させる鷹揚さがあり、彼から聞く中宮様の様子が決して幸せではないことも感じ、清少納言は彼に「枕」を見せて感想を聞いたりするようになる。自分が中宮様との約束を忘れていませんよ、と伝えてほしい気持ちもある。
     ある日、経房自分の参考に書き写したい、粗末にはしませんからご安心を、と「枕」の最初の方を持っていかれてしまう。それがなかなか帰って来ない。季節が変わる頃にようやく戻って来て、何人もの人が手にとったみたいにヨレヨレになっている。
     やがて、中宮様から上等な紙が二十枚ほど、清少納言のもとに届けられる。清少納言は中宮様に歌を返す。すると今度は中宮様から畳が届く。これは2年半も前に清少納言と中宮様の会話の中に出た事で、今も中宮様がそのこととを覚えていることを示している。
     戻ってきなさい、という手紙も度々来るのだが、中宮様以外の女たちにはやはり自分がスパイみたいに扱われるのはわかっているのでふんぎりはつかない。
     中宮様の母、貴子様が危篤となり、母の死に目に、とひそかに戻ってきた伊周が母には会えたもののまた捕まって送り返されてしまう。間もなく貴子様も亡くなり、中宮様の身内は周囲には誰もいなくなる。伊周が捕まったのは清少納言の密告だ、と言うものもいるらしく、やはり戻るわけにはいかない。
     だが、紙や畳が送られてきたのは、きっと経房を通じて「枕」が中宮様にわたり、読んでくださったからだと清少納言は思う。
     やがて中宮様は子供を産むが、女の子だった。めでたいことだが一発逆転とはならなかった。清少納言はその後も「枕」を書き続ける。経房もしれっと実はあれを何人かに見せてしまいましてね、と白状し、続きができるとまた持っていく。
     経房の善意とも言えるが政治的な計算もあって、自分は道長と敵対している中宮様のところに出入りしても許される特権を持っている特別な人間なんですよ、というアピールでもある。
     清少納言もそれは察しているが経房が中宮様をさりげなく守ってくれていることも知っており、清少納言が困らぬよう気くばりができる人物でもあり、あえてそのアピールに乗る。

     だが「枕」は「枕草子」と呼ばれるようになり、作者が清少納言であることも宮中では誰も知らぬものがない、という感じになっていくと、道長は清少納言が中宮派から道長派になれば中宮様には打撃になり、自分が有利になる、と清少納言をターゲットとするようになる。
     最初の夫が使者としてやってくるが、彼は清少納言の性格も知っているので無理強いはしないものの、このやりとりでこれまでの友好関係は壊れてしまう。やがて元夫は出世して都を離れ、任地に旅立っていく。

     中宮様のために、と「枕」を書き続ける清少納言のもとへ経房からある知らせが届く。
    一条帝が大赦を下し、伊周・隆家兄弟が都に戻れることになったと。詮子の心が軟化し、過去の自分の所業を悔やんでもおり、また自分が病気がちなのは彼らの怨念のせいかもしれない、と恐れてもいるらしいことと、中宮様が子を産んだことも影響しているらしい。

     そして大赦が現実になった頃、中宮様も一条帝の元に、内裏に戻られるとの知らせがやはり経房から届き、さらに中宮様から手紙が届く。手紙には山吹の花びらが一枚入っている。花びらには「言わで思ふぞ」とだけ書かれている。

     これが、一度出家すると行ってまた帝のもとに戻ることにより、どれだけ批判されることになろうとも、兄の大赦が成った今、一番大切な帝のもとに自分は戻ることにした、だから貴方も私のところに戻って来て、という意味だと察した清少納言は、自分がどう言われようと、中宮様の盾になるために自分も戻ろうと決意する。里に下がって一年以上が過ぎていた。

     再び中宮様に仕えることになった清少納言だが、道長の嫌がらせは続いており、人を雇ってもすぐに辞めていったり、財の受け渡しに滞りが出たりする。だが今だ道長の娘は入内しておらず、一条帝の血筋が絶えるといろいろまずいので、女子とはいえ唯一帝の子を産んでいる中宮様を排除できない。一度出家して内裏に戻ることも前例が無く、かといって帝を責めるわけにはいかないのでその分中宮様が批判される事になる。
     微妙なバランスで中宮様は内裏ではなく、内裏の外の手狭な建物で暮らすことになるが、これは帝にとっては内裏に戻してはおらん、と批判をかわす意味がある。

     中宮様に仕える女房たちは政治がどうあろうと、中宮様の生活をただただ楽しく、風雅なものであるように、華があるように心がける。内裏の隣なので交通には便利なところであり、次第に風雅を求める貴人たちが訪れるようになる。この頃には清少納言が密告者では、という疑いも晴れている。
     一方で覚えがめでたくなれば、咎められるときの勢いも増す、ということも思い知る。
     ようやく伊周が帰京し、明るさも戻る。

     ある時、歌を詠むように言われて、実は人前で歌を詠むのは嫌なのです、と訴える。これはこれまで一度も言えなかったことだった。高名な歌人を父に持ちながら、自分はその才を受け継いでいない。なのに詠むのは気取っているようで、亡き父にも申し訳ない気がするのだと。
     中宮様は笑って、好きになさいと言う。この時に、清少納言はああ、これで歌が好きになれる、と思う。

     それからしばらく穏やかな時が続くが、中宮様が再びご懐妊されると、道長がもう後はないと思ったのか攻勢を強める。中宮様のもとで働く人々を威圧して辞めさせ、財務を滞らせ、内裏には火災が発生し、それは中宮様のせいだという噂がたつ。
     さらに子を産むための屋敷として、粗末な場所しか与えない。12歳になった娘をなんとか格好をつけて入内させる。

     だが中宮様はそうしたことに負けず、今度は男子を産む。道長は衝撃を受けたようだったが、中宮様が出家の身で出産したのは問題だ、と主張して中宮様を貶めようとし、さらに入内した娘を無理やり中宮にする。つまり、これまでは帝の正室である方の呼び名は中宮様であったのを、中宮と同じ意味で使われていた皇后様と別のものだと主張し、中宮様を今後は皇后様と呼ぶようにして、自分の娘に正妻の呼称である中宮を与えようとする。
     これは法解釈の問題みたいになり、藤原行成が蔵人頭としてこれを裁定することになる。
    行成はこの頃清少納言の親友みたいになっていたのだが、この問題には悩みに悩んだ末に、道長に有利な裁定を下す。つまり中宮様は還俗しておらず、神事には関われない。なので新たに中宮を立て、その人に神事をまかせるのがよい。これまでの中宮様は皇后様になっていただく。行成は一条帝に忠実な臣下であり、一条帝を一番守れるのは道長だろう、と考えての結論だった。清少納言から見ればこれは行成の裏切りである。
     だが皮肉なことに、中宮となった道長の娘は父に従順とはいえず、一条帝にも心を開かない。そんな中、中宮様(皇后様になっているがこう呼ぶ)にまたしてもご懐妊の兆しが現われる。一条帝の愛情が誰に注がれていたかというのは明らか。
     道長はまたしても嫌がらせをするが、直接中宮様に手を出すようなことがあれば一条帝との決裂を意味し、そこまではできない。
     一条帝は懐妊の穢れに関わらず、中宮様を自分のいる内裏に招き、20日間逗留させる。清少納言たち女房も同行し、この時に清少納言と行成も結ばれる。
     やがて中宮様一行は内裏を去り、四ヶ月ほどのちに中宮様は皇女を出産する。
     安産だったが、中宮様は産後すぐにこの世を去ってしまう。


     中宮様のいなくなった宮中は、清少納言にとって何の魅力もない。華が無くなった朝廷を、彼女は去る。以前から時々文をくれていた、藤原棟世という三人目の夫を持ち、夫に従って地方へ行く。やがて夫はこの世を去り、彼女は夫の眠る地で暮らす。二度と内裏には戻らず、その後の事にも関心は無いが、中宮様の産んだ皇子は行成が一心に面倒をみたらしいことは聞く。皇子が若くして世を去るまで。
     今、清少納言は手元に残った「枕」を整理している。「枕」は時系列に従って書いているわけではなく、思いつき順に記したものだが、これにさらに書き加え、破棄し、全体を整えてゆく。そしてこれ以上はもう手を入れられない、というところに至る。
     一番最初の項目は、一番最後に書き足す項目となる。これを書けば、私の「枕」は終わり、お別れ。彼女はたった一枚残っていた、中宮様にいただいた紙に最後の清書をはじめる。

     春は、あけぼの ーーー


      清少納言や枕草子というのは名前は知っていて、そのさわりなんかは有名だけど、その作者がどんな人で、どんなふうに成立して、なんてのはずっと興味も無かったし知らなかった。
     高校の古文の時間にちょっとだけやったけど、全部を読み通したことはない。
     これ読んでちょっと読んでみたくなった。

     この時代を扱った小説はそれなりにあるんだろうけど、私はあまり知らない。
     富樫倫太郎氏の「陰陽寮」という安倍清明が活躍する作品では伊周は出来の悪い人物で、道長は出来た人物、みたいな感じだったような。清少納言も登場していたはずだがあまり出番は多くなかったような。

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