「溺れ谷(松本清張著)」
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「溺れ谷(松本清張著)」

2018-05-11 19:00


    ・主人公は経済雑誌の記者というふれこみだが、その実態は「トリ屋」と呼ばれる財界の提灯記事を載せ、時には企業のスキャンダルも扱い、記事を載せること、載せないことを理由に広告料をむしり取る、というものだった。
    そんな商売だから同じ会社で机を並べる同僚も、同業他社もライバルで、給料も完全歩合給。ネタを奪われないよう、金を出してくれる会社を奪われないように争い、脱落していく者も多い。

     主人公が現在仕掛けているのは、かつては有名だったが今は落ち目の女優と一流の経済人を対談させ、経済人が女優に興味を示せば、その二人が密会しやすいように間を取り持ちつつ食い込んでいく、というものだった。ついでに自分自身も女優をいただいてしまう。

     現在はある精糖会社の社長と、彼が若い頃からファンだったという女優を結び付けたことをきっかけに砂糖業界の利権に気付き、ここに食い込んでいく。この作品の舞台は昭和30年代後半で、当時の業界は国内の自給体制確立を建前に、主にキューバから輸入した原糖を国が精糖業者に割り当てて精製させるというもので、割り当てさえ受けられれば確実な利益が見込めるものだった。つまり原料の輸入は自由化されておらず、砂糖で儲けたい会社は原料の割り当てを決める権限を持った政治家に政治献金をしなければ分け前にありつけない。
     だが昭和37年10月のキューバ事件(キューバ危機)以降、原料は高騰し、これまでと同じやり方では利益が出なくなってきた。中小業者は小回りがきくが、大掛かりな精糖設備をかかえた、これまで巨大な利権を独占し続けてきた大手17社はそうもいかず、業界再編や自主調整を行って過当競争を無くし、輸入窓口を一本化する必要に迫られるが、甘い汁を吸い続けてきた経営者たちはなかなかまとまらない。主人公が目をつけた社長はこの業界の改革者と呼ばれる人物だった。

     目ぼしい精糖業者はどこも政治家をバックに持っており、その社長のバックには現職の農相がいる。自由化をできるだけ先のばしにしたいもの、一本化したいもの、それぞれの思惑で業者は動き、それはバックの政治家同士の暗闘となっている。

     主人公は砂糖業界を調べるうちに、昭和27年のドミニカ砂糖汚職という事件を知る(詳しくはわからなかったけど、昭和28 年、ドミニカ輸入砂糖の割り当て問題にからんだ汚職というのがあったらしく、当時の農林省食糧庁業務第二部食品課課長が自殺したことがあったらしい。著者はこの事件に関心を寄せ、「ある小官僚の抹殺」という短編も書いているらしい)。

     この作品でも農林省の課長が自殺していて、それから十年以上たってもその未亡人が農林省の役人にマークされており、事件の張本人だった局長や当時の農相だった政治家は今ものうのうとしているという。

     主人公は同じ業界でやり手と評価されている女性記者と情報をやりとりしつつ、このあたりを仕事を離れて調べはじめる。女性記者を介して、切れ者の検事と面識もできる。検事はこのへの汚職事件を執拗に追っているらしい。

     やがて事件は急転換を迎える。

     真面目に働いていて、自殺に追い込まれてしまう役人 というのに松本氏は関心を強く持っていたみたいで、いろいろな作品の背景にそうしたものが出てくる。

    今もご健在なら、最近の自殺事件についても書いたろうな。
     


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