「梅一輪ほか(徳富蘆花著)」Ⅲ部
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「梅一輪ほか(徳富蘆花著)」Ⅲ部

2018-06-11 19:00




    ・ヤスナヤ・ポリアナの五日(抄)
     蘆花がトルストイに会いに行く話。ヤスナヤ・ポリアナというのはトルストイが住んでいた村の名前みたい。外国語に堪能というわけでもなかったようだけど、敬愛する人に会うためにこれだけのエネルギーがあるのはたいしたものだと思う。明治39年のことで、文中には蘆花が37歳の時と書いてある。兄の蘇峰が既にトルストイと会っている縁などもあったみたい。トルストイは78歳だったらしい。

    ・勝利の悲哀
     日露戦争について、勝利した今こそ亡国の始まりになるかもしれない、日本国民よ心せよ、みたいな。
     ヱ”レスチャギンという平和的な絵画を残した画家がペトロパウスクという軍艦に乗っていて日本軍の機雷のために死亡し、その人の残した絵にナポレオンが雀が丘というところに立ち、モスクワを見下ろしているというものがあるらしい。
     児玉源太郎将軍も奉天の勝利のあと、この時のナポレオンの心境だったのでは、などと勝利に浮かれて、自分たちの本分を忘れては駄目だ、みたいなことが書いてあるんだろうと思う。

    ・謀反論(草稿)
     幸徳秋水たちの検挙・処刑について記した文章らしい。彼らが実際に何を企てたのか自分は知らぬといいつつ、彼らの死を惜しんでいる。
     井伊直弼を暗殺した志士たちにも触れ、検挙された24名のうち12名のみが何故殺されねばならなかったのか、この差は何かなどと政府を批判し、彼らを死なせぬ道が無かったのか、みたいな事を書いている。

     Ⅲ部では以上三編が取り上げられている。蘆花という人はその生涯でいろいろと思想が揺れて、宗教に近付いたり距離を取ったり、実兄の徳富蘇峰と仲たがいしたり和解したりといろいろあったらしいので、その思想を理解する上で有益な文章であるらしい。

    蘆花は明治に活躍した作家で当時は人気があったらしい。漱石や鴎外がデビューする前の国民作家だったみたいな紹介をしている資料もある。当時の熱気とか人気の度合いは私にはわからない。
     思想家であった兄・徳富蘇峰とは今風に大雑把に言えば自民党支持と民進党支持みたいに考え方が違って来て袂を分かったが、臨終直前に和解したとも。昭和まで生きたらしい。
     徳富の富は本当は冨らしいけど富にしちゃいました。

     若いうちに小説で儲けて、その金で田舎に引っ込んで晩年が趣味で百姓をやって過ごせたというのはちょっと羨ましく思うかも。
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