「遠い接近(松本清張著)」
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「遠い接近(松本清張著)」

2018-07-06 19:00


     主人公は腕のいい印刷工だったが、自営で商売をしており妻と子供3人、祖父を抱えている。弟子が一人いるもののこれは半人前以下で、ほとんど自分で毎日フル回転で食べている。業績は良いがとにかく自由な時間が無い。
     昭和17年、紙や印刷インクは次第に姿を消し、業界は縮小していくが主人公の腕ならまだやっていけそうだ。既に32歳で肺に浸潤もあり、徴兵検査は第二乙種。兵隊に引っ張られることはないと思っていた。
     だが思いかけず通知を受け取ることになる。衛生兵としての教育召集だという。勤め人であれば召集中の給料も出るが、彼のような個人営業はその間の収入が途絶え、得意先を失うかもしれないことを意味する。町内には健康で若い男がまだまだいるのに、何で自分が、とも。
     猶予は一週間しかなかったので、仕事のケリをつけ後の手配をし、家族の身の振り方を考えて入営する。この時、身体検査の受付をしてた近所の男から、「ハンドウをまわされたな」という言葉を耳にする。主人公は多忙のため、町内の軍事教練のようなものには出席しなかった。したくてもできなかったのだ。それを快く思わない者がわざと召集したのではないか、というのだ。
     さらに悪いことは続き、三ヶ月で終わるはずの教育召集は戦況悪化により、そのまま本召集に切り替えられ、そのまま外地・朝鮮の竜山という土地に連れて行かれてしまう。家族の下に一度も帰れぬまま。面会もいきなり禁じられたので、後のことを相談することもできなかった。
     三ヶ月で帰れる、という前程で準備をしてきたので、こうなると家族の生活もうまくいかなくなり、一家は親戚の伝手を頼って東京から広島に移ることとなる。彼には何もできない。

     この間、古参兵の意地の悪いのにさんざん殴られ、理不尽な扱いを受ける。だが、ここで知り合った人間から得た知識により、ハンドウとは仕返し・腹いせ・懲らしめのような感情から出て来る一種の不公平な扱いであり、本来公平であるべき赤紙を誰に出すか、ということもワイロや讒訴により行くべき者が行かず、行くべきでない者が行かされる、ということがあるのだと知る。
     主人公は妻との郵便で、自分を徴兵させたのは町内の誰であったか、ということを当時の知人からそれとなく聞かせて、何人かに絞り込む。

     主人公は実際に戦場に出ることはなく戦争は終わったが、広島の家族は原爆で全滅した。

     戦後、旧軍隊の知り合いと闇屋をやって生き延びる主人公には、もはや自分を召集させた人間を探し出し、これに罰を与えることしか生きがいは残っていなかった。


     という復讐談が話の中心なのだが、その背景として軍隊生活の中での不公平・不公正や、赤紙というものがどのような手順で作成され、そこにどのような人間が名前を書き込み、書き込まれる人間はどのように決められるのか、ということが書き込まれている。

     人が人を選ぶのは難しい。今もいろんな選考で、ハンドウがまわっているのだろうと思われる。
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