「どぶどろ(半村良著)」(短編部分)
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「どぶどろ(半村良著)」(短編部分)

2018-08-20 19:00



    ・最初は短編集のようにはじまる。天明から寛政、田沼意次が失脚し、松平定信が政治の実権を握っていった頃。貧乏だが毎日を精一杯生きる江戸庶民の人情話みたいにはじまって、少しずつ共通する登場人物が見えて来て、やがて長編の「どぶどろ」に繋がる。
     ここで少しずつ、平和な世界の裏の闇が見えて来る。ここで生きるのは、どぶの中でどろにまみれて生きるようなもの、人間も生きながらどぶどろになっている。この闇には、多少の正義感や人情など、簡単に消し飛ばされてしまう・・・
    こうした短編から長編へ、という構成は、この作品を若い時に読んで感銘を受けた宮部みゆきさんが、「ぼんくら」の際にリスペクトして使ったとの事。宮部さんはあとがきも寄せている。



    ・いも虫
     宮川屋という莨(たばこ)問屋に奉公する繁吉は、丁稚から手代になったばかりで真面目だが出世は遅い。先日ようやく通いを許された小番頭の清吉はもう40だ。この店では伊勢出身でなければ偉くはなれないのだ。そうした先の希望のなさが、繁吉に女のための使い込みをさせてしまう。だが使い込みはいずればれる。どうしようどうしよう、と悩む毎日。そんな彼の前に、幼なじみの新助が現われる。彼は炭屋の息子だったが父親が死んでから何ごともうまくいかず、ぐれて今は盗っ人家業に落ち、岡っ引きに追われて江戸を出ようとしていた。

    ・あまったれ
     落ちぶれた貧乏人が集まるような酒場がある。常連に易者の日光斎、御家人の三男だが今はガマの油売りをしている榎洋市郎、貧乏医者の渡辺順庵、何をしているのかよくわからない敬助という男がいる。三十代から六十代まで、という印象。ここに近頃十七、八歳の百姓のせがれ、春吉と小間物屋の息子、幸之助が来るようになる。
     榎は若いのがろくに働かずに親の金で飲みにきやがって、と彼らのことが気に入らない。順庵が間に入ってなだめる。常連たちは、ここはもっと落ちぶれてから来る店だ、と思っている。順庵は名家の生まれだが、茶屋女と所帯を持つために家督を弟に譲って貧乏医者におちぶれた男。榎は御家人の三男など生きている意味もないが食わねばならん、と油売りをしているがけっこう腕はたつらしい。易者もわけありらしいが、彼は敬助の話をする。実は敬助は西海屋という大商人の長男で、実直な男だったが遊んでばかりいた弟に跡目を譲り、分家を立てて家を出たという男だった。

    ・役たたず
    小間物屋の寄合があり、駆け出しの担ぎ商いをしている浜吉も末席で参加する。隣席はベテランだがひねくれ者と評判の菊蔵で、この寄合を企画した源助の悪口を言う。会場の料理屋松留は女板前が看板で、そのお梅は浜吉の客だった。実はお梅と浜吉は幼馴染で彼の妹、おきのもこの店に奉公しているのだった。
     やがておきのに縁談が起きる。お梅の引き合わせによるものだった。浜吉はドジばかりの妹なので、よくあんな役立たずを嫁にもらう男がいたもんだ、と驚く。だが、腕の良さ故に自由な時間も取れず、店を辞めることもできないお梅は自分の方が役立たずだと泣く。人さまの役に立ったって、自分のためには何の役にも立ってないと。私だって好きな人がいたのにと。

    ・くろうと
    六間堀の北の橋というところに、いつしか二人のそば屋が屋台を出すようになる。短い橋をはさんで両方のたもとに屋台があると、ついついどちらかの屋台に人はつかまってしまい、二つの屋台は互いに助け合って繁盛している格好となる。そば屋の一方は小六という老人。もう片方は宇三郎という若い男。小六は昔、叶屋という小間物卸商の婿養子で堅い商売をする男だったが姑や女房が死ぬと慎みが消え、わるい遊びに手を出すようになった。50を過ぎる頃からそうなって、あっという間に店が傾く。延川(のぶかわ)という花魁を落籍せて女房とし、自分が暮らす分のたくわえだけせしめて店を親戚に譲り、そのあとは知れなかったがいつの間にか夜鳴きそば屋になっていたのだった。もちろん延川とは別れたらしい。
     だがその延川の現在の男というのが、実は宇三郎だった。

    ・ぐず
    安兵衛という男がやっている居酒屋に伊三郎という26、7の男がやってくる。最近は一年以上御無沙汰だったらしい。 安兵衛はやんわりと伊三郎に、左内坂はよくねえぜ、と意見をする。伊三郎もそう言われる事はわかっていたらしく、だがそう言われてもどうしようもないらしく、愚痴をこぼす。伊三郎は、以前は安兵衛の子分で、盗賊だった。だが安兵衛は伊三郎に足を洗うようにすすめ、自分も居酒屋の親父に転身してみせた。
     伊三郎もカタギになってはみたものの、なかなかいい仕事にめぐり合えず、今は左内坂というところに住まう高利貸し、桐山検校の用心棒、その仕事の実態は、貧乏人からの金の取立てだった。同僚には榎洋市郎という侍がいて、この間までガマの油売りをやっていたらしい。そして伊三郎が今担当しているのは幼馴染で玉の輿に乗って油屋に嫁入ったはずの、初恋の女・おそのだった。おそのの夫はぐずで、商売も金策もできないのだという。やがて伊三郎とおそのは男と女の仲になってしまう。

    ・おこもさん
    小間物屋の源助は、古いなじみの女性のところに顔を出している。彼女は元は木綿問屋・井筒屋のおかみさん・おけい。だが井筒屋喜平が若死にし、番頭がその名を継いだものの、実質的には福田屋という同業者におかみさんごと乗っ取られたような格好になっている。美人だが世間知らずのおかみさんは、二人の子供のために福田屋の囲い者になったのだ。子供が大きくなれば、井筒屋ののれんを返す、という条件であったようだが、福田屋がどこまで約束を守るかはわからない。
     長男は浩太郎、次男は浩吉。長男は手習いの成績が良いが、次男は最近土手のおこもさんと遊ぶようで、おけいは気にかけている。

    ・おまんま
     小間物屋の源助が、おこんという女を訪ねている。彼女は最近結婚したばかりだが、いろいろ訳ありの鬱屈したものがある様子。源助もそれが気になって様子を見に来たみたい。
     おこんが結婚した清吉は、第一話にも登場した宮川屋という莨(たばこ)問屋。清吉は40過ぎてようやく通いを許された、あまり優秀ではない番頭。この店では伊勢出身の人間しか出世はしない。おこんは清吉よりひと回りも下で若いが美人でもない。出戻りでもある。伊勢屋という、宮川屋ともつながりがある質屋の嫁に入り、旦那とはうまくいっていたのだが姑と合わずにいびり出され、いろいろな思惑の結果として清吉とくっつけられたのだった。
     おこんはそれも縁だと前向きに考えて清吉に尽くそうとしているが、小僧の頃から30年以上、人に頭を押さえつけられて、店の与えるものだけに満足せざるを得ない生き方をしてきた清吉は、おこんもそのように店から与えられたものにしか思えないらしい。
     だが、ある莨屋が跡継ぎに困り、誰か買い取ってもらえないかという話が飛び込んでくる。買い取るのは即金ではなく、ゆっくり商売をしながら払っていけばよいという。清吉はおこんと相談してこの話に乗り一国一城の主となることを決めると、次第に人間として蘇ってゆく。
     実はおこんの元亭主の伊勢屋が、別れた女房の亭主に活を入れ、おこんに幸せになってほしいと仕組んだことだった。

    と、ここまでは江戸の人情話の短編集の趣。なんだけど次の、そして最後の話はこれまでの話を合わせた倍くらいのボリュームがある長編の「どぶどろ」で、これまで登場したキャラクターたちが理不尽な困難に巻き込まれ、ある者は命を落とし、あるものは泥沼に落ちたようにもがき続ける、というつらい話になっていく。
     というわけで続きはそのうち。
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