「人・ひんと・ヒット(上前淳一郎著)」 ③行列を呼んだ本物志向(ハーゲンダッツ)
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「人・ひんと・ヒット(上前淳一郎著)」 ③行列を呼んだ本物志向(ハーゲンダッツ)

2018-10-25 19:00
    ・昭和55年、当時のサントリーの社長がホノルルにセレモニーに出かけ、そこで食べたアイスクリームを気に入って日本で売ろうとする。だが既に交渉中の日本の会社があってダメだった。だがハーゲンダッツのユダヤ人社長は頑固者で妥協をしない。
     レシピを厳格に守り、人口甘味料や香料は入れない。牛乳の質が勝負の分かれ目、と乳牛を飼育している牧場の土質や牧草までチェックする。バニラ豆や卵も同様。かき混ぜて空気の混合率が高くなれば原価率は下がるのだが、これを10%以内に抑えろという。それは大手メーカーに真似されないようにはどうすればいいか、と考えた彼が可能な限りぜいたくに作り、だどりついたものだった。先行二社との交渉は決裂し、サントリーに交渉のチャンスがやってくる。
     サントリーは既に日本に進出しているL社と、ハーゲンダッツのアイスの食べ比べ会を開く。だが評価は55対45でかろうじてハーゲンダッツが上という程度。ただし、全項目でハーゲンダッツにマルをつけた社員が1人だけいた。イタリアに6年間駐在して、ワインの専門家として日本に戻ってきた社員だった。彼はアイスクリーム発祥の地ともいわれるイタリアで本物のアイスを食べなれている。本物の味を知らないうちは、人工物に慣れた日本人はそちらに惹かれるが、食べなれれば本物のうまさがわかるだろう、と彼は意見を述べる。

     その彼が責任者となってハーゲンダッツ社との交渉が開始されるが、先方の社長は会ってくれない。約束したはずなのにドタキャンされる。実はハーゲンダッツ社はこの頃大手食品会社からの買収オファーがあって、社長はこちらで頭がいっぱいだった。結局その食品会社の傘下に入り、社長は会長となって品質に目を光らせることになる。
     社長は提携の条件を突きつける。レシピの遵守、原料納入先の指定。牛乳と卵黄の調達は日本国内とせざるを得ないが、品質テストはアメリカで行う。
     サントリーはタカナシ乳業とキューピー・タマゴと組んでこのテストをクリア。「ハーゲンダッツ・ジャパン」が設立されて、初代社長になったのはイタリア帰りの社員だった。

     昭和59年に日本産のハーゲンダッツ・アイスクリームがはじめて売り出され、直営の小売店もできる。開店が冬に向う時期だったにもかかわらず、店頭には行列ができる。サントリーのことだからやらせだろう、とも言われるが人気が落ちない。
     やがてホブソンズ、ディッパーダン、サーティワン、と高級アイスの専門店が次々に誕生することになる。

     数年前の記事だけど、
     国内におけるアイスクリームの市場規模は、約3500億円。少しずつ微減しつつある市場の中で、「Haagen-Dazs」は確実にシェアを伸ばし、今や国内シェア約10%、350億円を売上げ、高級アイスクリームのシェアでは約85%を占めるまでに成長しました。
    ということになっているらしい。

     アイスクリーム市場は国内では数少ない成長分野で、
     一般社団法人日本アイスクリーム協会によると、17年の日本におけるアイスクリームの市場規模は5114億円。08年の3845億円に比べて、30%以上伸びている。
     だそうだ。

     子供の頃はアイスというと駄菓子屋やパン屋の店頭で、冷凍ケースに入れられて並んでいたものだったけど、今はガリガリ君や赤城しぐれみたいなお手頃なものから高級品まで、スーパーやコンビニで売っている時代になった。
     「ゴールド」って20円くらいの棒アイスがあって好きだったんだけどな。これにそれらしき「ニューゴールド」というのが載ってるみたいだけどちょっと形が違う気もする。でも包装には見覚えあるような。



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