「たのしい話いい話(文芸春秋編)」⑧徳岡孝夫氏
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「たのしい話いい話(文芸春秋編)」⑧徳岡孝夫氏

2018-11-24 19:00


    ・ある船火事の話。すばしこい記者は次々に消防艇に同乗したりして派手な記事を書き、取材を終えて引き上げる。出遅れて消防艇にも乗れなかった記者が取材できたのは燃えつきた船が曳航されてきた時。だが焼け残った厨房の大型冷蔵庫に隠れていたコックを発見。この記者が独占インタビューをすることになる。
     「あとはコックの談話だけだね」という、マスコミ関係者の教訓みたいになっているらしい。
     今読むと事件発生時にだけ、乏しい材料を何度も繰り返して大げさに報道し、その後のフォローがない報道を揶揄しているようにも思える。

    ・第二次大戦時、チャーチルがルーズベルトに対して「大英帝国は隠し立てすることなどいっさい無い」と言ったけど、実際はたくさん隠し事をしていて、ルーズベルトもそれを承知していたみたいな話。

    ・国連総会で某国代表が落としたメモに書かれていた内容。「論点が弱いところでは、声を張り上げて読め!」
     それを聞いたジャーナリストが新聞記者が材料が十分にないときなどかえって大げさに書くのと一緒だな、と思ったとか。

    ・万延元年遣米使節団と引見した第十五代大統領・ジェームズ・ブキャナンは独身だったので、姪のハリエット・レーンがファーストレディのような立場にあったらしい。
     日本使節団は政治の場に諸肌脱ぎ(イブニングドレス)の女性がいるのに驚き、彼女の写真に七言絶句を書いたものが残っているという。

    ・若き日のチャーチルは従軍記者としてボーア戦争に派遣され、乗っていた汽車が攻撃された時には軍人のように戦った。結局捕虜になるが新聞記者で非戦闘員だと主張する。
     銃は持っていなかったがポケットに弾倉があった。これを見つかると戦闘員だと判断されてしまう、とこれをポケットから取り出して捨てようとしたところを見つかる。
     「これ、今拾ったんだけど」とごまかして助かったという。

    ・スターリンと会談した西側の大臣がブルガリア外相が交通事故で亡くなったことにお悔やみを述べる。「明日のはずだったんだが」とスターリンは答える。

    ・まだ副大統領だった頃のニクソンが、チャーチルに演説の草稿はテープレコーダーに吹き込むことにしてます、と言うと、チャーチルは自分は美人秘書に言うようにしてます、と答える
    。大統領になったニクソンがこれをブレジネフと首脳会談をした時に披露すると、ブレジネフは夜中に目覚めて突然思いついた時は、その方が好都合ですな、と同意する。

    ・大学教授時代のキッシンジャーが、ベトナム戦争中の実地検分に行く。ある地方で平定率(ベトコンをどれだけ追っ払ったか)を訪ねると80%だと答える。
     翌年、同じ地方に行き同じ役人にその後どうですか、と訪ねる。「順調です」「率は?」「70%」です。キッシンジャーはベトナム戦争は止めないとまずい、と思ったという。

    ・エドウィン・ライシャワー駐日大使が日本人青年に刺され、輸血した血液によって血清肝炎になったとき。大問題になったが、退院後「これで私の体内に日本人の血が入った。日本を愛する者として喜びに堪えません」と談話を出した。
     ライシャワーさんは明治43年東京生まれ。少年期を日本で過ごし、二人の女中から日本の昔話を教えられたという。二人とも没落士族の娘だったという。
     英語のほかモンゴル語、中国語、日本語、フランス語に堪能だったという。

    徳岡孝夫さんは毎日新聞社からフリーになった著名なジャーナリストで、著書や訳書も多い。「第三の波」「アイアコッカ」などベストセラーに何度もかかわっている。
     三島由紀夫との交流も深く、その関係の著書もあるとのこと。世界中の指導者や有名人に多くインタビューもしている。視力が衰えてもぎりぎりまで執筆を続けたとのこと。

     人となりがわかる朝日新聞の記事。
     https://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200910150283.html
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