「My Humanity (長谷敏司著)」
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「My Humanity (長谷敏司著)」

2018-11-08 19:00




    ・「ビートレス」原作者の短編集で、4編収録。ビートレスと同じ世界観の番外編みたいのも一つ入っている。私は現代SFなんてもう全然追っかけられてないんだけど、この人はかなり前の方にいるランナーみたい。AIを扱うものが最前線と呼ばれる作品には多いのかなという気もする。

     ビートレスではhIEという、古典SFのロボットやアンドロイドとはちょっと異なる概念を導入した著者だけど、こちらの短編2つではITPという概念が扱われている。
     ITP=Image Transfer Protocol :擬似神経制御言語 とのことで、この概念をちゃんと理解している自信がないけど、ある行動をする時の人間の心を翻訳してプログラム言語みたいなものにする。この言語をその人から取り出して、別の人に書き込むと書き込まれた人は元の言語データを提供した人と同じ心を持つことができる、みたいな。

     職人さんの手足の動きを数値化して工作機械で真似させるみたいな感じで、ベテラン技術者の感覚や判断力をデジタルデータにして素人の脳に書き込むことができる。そんなに掘り下げはなかったけどジョー90でやってたみたいな。それを書き込むための神経回路も作ってしまうらしい。技術だけではなくて文化、たとえば日本人のものの感じ方を他の国の人にうつしこんで虫の鳴き声や雨や風の音を騒音や雑音としか感じない文化圏の人にここちよい音として感じさせる、みたいなことができるのかもしれない。さまざまな用途に調整されたITPに「ミフネ」とか「アニマ」とか固有名がつけられて、目的に応じて人の脳に書き込まれる。
     そんな時に、人間本来の持つ人格と後から書き込まれた人格はうまく融合・共存できるのだろうか、その場合その人特有の人格というのはどうなるのか、これは洗脳とどう違うのか、みたいなテーマなのかな。

    ・地には豊穣
     2089年。資源が欠乏してきた地球は宇宙開発を成功させないと未来が閉ざされる、という状況にある。宇宙に出るための資源を宇宙に行けるうちに月なり火星なりから確保できるようにしておかねばならない。幸い月開発が軌道に乗って、火星のテラフォーミングが可能になる。火星開拓のための高度な技術者を大量に効率的に養成するためにITPがかかせない技術となる。だがITPは英語圏で発達した技術なので他文化圏の人が使えるようにするには微調整が必要となり、主人公はそのための日本文化用アジャスタ(調整接尾辞)というものを開発している民間メーカーの研究員である。無理に例えるなら日本マイクロソフトで日本人向けにウィンドウズの用語やマニュアルを翻訳したり、使い勝手を整えたりしている人みたいな感じかな。
     ITPは使用者を無理やり英語圏の文化に洗脳しているという批判が出て公平ですよという証として主要な20の文化に合わせたアジャスタの開発が急がれており、これが完成しないとITPの正式リリースができないということらしい。実際ITPの普及は英語圏の優位を絶対的にするものでもあって、アメリカの国策に組み入れられている。ITPは世界のためにあるのではなく英語圏の人々、もっと言えばアメリカのためにあるのが現実みたい。

     研究所はシアトルにあり、76歳の日本人男性が貴重な日本人の経験データを提供するモニタとして登録されている。モニタになるということは脳に機械を埋め込まれ、経験や感情を全て見られるということでもあってなり手が少ないのだ。

     成果を求められていることもあって、開発チームにも一刻も早く必要最低限の性能を満たせばよいという考え方と、日本文化というものをきちんと継承・保護できる水準まで完成させないとだめだ、という考え方の二つが生まれ、性能派・特徴派と呼ばれるようになる。
     サブリーダーである主人公は日系人だが性能派で、主人公の上司でチームリーダーのアメリカ人は特徴派である。彼はITPが独自の文化を押しつぶす方向に偏っていると危惧しており、彼の危惧を全部解消しようとすればリリースが間に合わない。主人公は基本性能さえ満足したらとっととリリースすべきだと彼と対立する。彼がこんなに日本文化に入れ込んでいるのはモニターの老人の人柄に傾倒しているせいだと主人公は考えている。

     ITPの開発拠点があるシアトルには、世界中から少数文化を守れ、という自称芸術家が抗議のために訪れ、デモや抗議運動をする。そして食えなくなって、また豊かな生活から逃れられなくなって謝礼目当てに各少数文化の経験値を提供するモニターになっていく。

     主人公たちが開発している日本文化アジャスタには、当然ながら日本文化の基準はここらへんだろう、という基準点みたいなものがある。つまり日本文化の特徴とはこのくらいのものだ、という基準を日本人ではなく民間企業が決めていることにもなる。
     これを決定するのは日本人モニタから抽出したデータのたぶん平均値みたいなものなのだが、その基準点を決めるためにもっと日本要素が濃い、日本人らしさを強調した経験記憶データベースと比較する。これは標本数が少ないせいかほとんどモニタとなっている老人本人みたいな感じになっており、このデータベースは「ミフネ」と呼ばれている。三船ではなく御船であって、白亜紀の化石が出た地層の名前に由来している。つまり命名者は日本文化を化石みたいなものだと思っているのだ。それは主人公の考えでもある。

     だが主人公はある出来事から自分の文化的背景が希薄なことを意識するようになる。日系だがアメリカ生活が長い彼には確たる文化基盤が無い。勤務先が決めた日本文化の基準点と彼の経験値は似通っている。その基準点は曖昧なもので彼は自分が日本人でもアメリカ人でもない中途半端な存在と認識し、すがるものが欲しくなる。その結果違法と知りつつ「ミフネ」を自分に注入するのだが・・・

     ITPはTTPなのかもしれないし、日本文化というものは昔から外国の影響を受けて変貌し続けているんだろうし、今は日本製ではないワードやIMEで日本語を打っている人が多いんだろうし、漢字変換候補が出て来る順番だって、ある意味そうしたことに支配されてしまっているのかも。変換候補からいわゆる差別用語が排除されていってるような気もするけど、本来は差別的意味合いの無かった言葉もそうなっているのかも。
     日本語は他の文化を溶かし込む能力というのは多言語より持っているようにも思うけど、それだけに日本語を話しつつ日本文化から離れていくこともあるのかも。

     解釈が難しい気がする作品で、著者の意図通りに理解している自信がない。

    ・allo,toi,toi
     子供を殺した小児性愛者を、ITPのひとつである「アニマ」で治療しようと試みる話。
    alloというのは「アニマ」が被験者に幼女の声で話しかけてくる(ように被験者には思える)「もしもし」というような意味の言葉らしい。toiというのはよくわからない。
     そうした治療によって犯罪者が幸福な気持ちになることが許されるのかどうか、みたいな。
     ちょっと嫌なテーマなのであまり詳しく書かないけど。

    ・Hollow Vision
     軌道エレベーターを舞台に最新式の高度コンピュータを奪おうとする海賊とIAIA(国際人工知能機構)のエージェントが戦う話。時代設定は2104年で、ビートレスと同じ世界での未来の話らしい。エージェントを補佐する備品として女性型hIEも登場し、超高度AI「アストライア」がIAIAのバックにいる。超高度AIとしては他に「オケアノス」「万能人」に言及があり、超高度AIは世界で39基あることになっている。その中にレイシアが入っているのかは言及がない。
     霧状のコンピュータや液体コンピュータなども登場する。この時代でも日立は健在らしい(軌道エレベーターや液体コンピュータを作っている模様)。
     海賊は自分の体を際限なく機械化していくオーバーマン主義者というもので、通常の方法では捕まえられない。これを捕えるために超高度AIが選択した手段がものすごい。
     
    ・父たちの時間
     毎年致命的な事故が起きているにもかかわらず、世界中で三千基もの原発が運用されている世界。それを可能にしているのは事故が起きても放射線を吸収するナノロボットが開発されたおかげだった。エネルギー需要を満たすために増殖した原子炉だが、それを運用できる高度な技術者は足りず、多少漏れてもナノロボットで抑えて運用するのが当たり前みたいになっている。原発周辺数十キロを立ち入り禁止にしなければならないレベルの事故が起きても、ナノロボットがあれば放射線被爆量を大幅に低減できて修理なども人間の手で行える。

     主人公はそのナノロボットの技術者で専門はまだ研究者が少ない「ナノロボットの大量破壊」である。実はナノロボットをこうした原発の処理に使用することは、最初からリスク込みの技術だった。ナノロボットは閉鎖環境で使用すべき技術であって、自己増殖機能を備えたナノロボットがひとたび原発の外に出たら、その増殖を防ぐ技術は今のところ確立されていないのだ。それでも、将来的にはナノロボットの増殖を抑える技術が開発されるだろうと見込んで原発にナノロボットは投入された。それだけエネルギー事情が逼迫していたのだろう。

     そして案の定自然環境下にナノロボットは流出し、世界各地で白い霧となって目撃されるようになる。主人公はこれに対抗するためにナノロボットを食うナノロボットを開発するが、未完成な状態で実戦投入することが政治的に決定されてしまう。ナノロボットは生命の進化をなぞるように、単細胞生物から多細胞生物、さらにその先へと進化していく。おそらく性分化もして雄のナノロボットと雌のナノロボットが誕生し・・・

     主人公はバツイチで元妻と子供がいるのだが、主人公が休暇も取れない状態で奮闘している間に子供はナノロボット由来らしい病気になっている。主人公は自分の人生の最優先事項は何だったのだろう、と思い悩む。父親として何をすべきだったのかと。

     ナノロボットが進化して、ナノロボット人類みたいなものが生まれれば、話し合いによってナノロボットの制御が可能になるかもしれない。それも超高度AIの一種なのかも。

     いろいろ考えさせられる作品集だったと思う。著者はAIと人類の関係について論考を重ねているんだろうな、というのが感じられる。
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