「新とはずがたり(杉本苑子著)」
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「新とはずがたり(杉本苑子著)」

2018-11-28 19:00




    ・「新」とあるのは、無印の「とはずがたり」という本が既にあってそれを下敷きに書かれた小説だかららしい。
    元ネタは実在したらしい鎌倉時代の高貴な女性が今の女性週刊誌に載るような私はあの人とこの人とあっちの人(この人たちも実名が特定できる高貴な方々)とエッチしました と実名で告白するような部分を含む日記のようなもので当時の貴族の生活を知る上でも貴重なものらしく、この女性は人生後半では出家して日本中托鉢して歩いたらしく紀行文としても貴重らしい。


     だけど残されたものは断片的で欠落もあり本人が何故出家する気持ちに至ったのかとかが書いてないとか、当時はある意味で日本が劇的に変化した時代であったのに無関心だったのか全くそれらについては触れられていないなど現代の人がそのまま読んでもなかなか心にひびいてこないものでもあるみたい。著者あとがきによればそのへんの欠落を埋めて自分なりの人物像を作り出したいという意欲に駆られて執筆したものだという。
     小説技巧的に工夫があって、語り手を日記の主である女性から、彼女のひょっとしたら初恋の人かも知れず、一時期は恋人同士でもあり、その時期が過ぎても信頼関係のある友人だったらしい西園寺実兼(さねかね)という実在の人物を主役にして、彼から見た女性像として描いていく。

     この人は当時の日本を語るにもちょうどいい位置にいて、朝廷で偉すぎもせず偉くなさすぎもせず、都の貴族と鎌倉幕府の間の取り持ち役でもあり、皇室と血も繋がっており、本人にその気があれば当時の元寇という国家的大難や後の南北朝時代に繋がる皇室の分裂の芽生えや、平安貴族の支配力が衰えて武家の世界に変わっていく世の中や、鎌倉での勢力争い、既存の寺院が特権階級となりはてて庶民からの信仰心を集め得なくなり、庶民に目を向けた新たな形の宗教が生まれて大衆に根付いていくさまなどを見聞きできる立場にある。そして小説内ではそうしたことにも目配りができ、この情報を武器にして自分の家柄としては難しかった太政大臣の地位まで昇りつめる野心的な人物として描かれている。

     なので小説ではこの実兼さんが主人公なんだけど、本来の主人公は後深草院二条と呼ばれる女性。物語開始時点では9歳か10歳。この時代の女性は本人の名前は不明なことが多くて紫式部や清少納言なんかも今で言えばバーとかのホステスさんの源氏名みたいな勤務先での芸名みたいなものらしいけど、高貴な女性は親や夫を示す地位や住居で呼ばれることが多かったらしい。小説内では子供の頃から二条と呼ばれている。後深草院というのは89代の後深草天皇で、この小説の開始時点では既に退位して上皇となっている。二条は後にこの人の女になり子供も生むのだが上皇は俗に院とも呼ばれたりするので後深草院二条ということみたい。江戸時代であれば側室とでもいうところなんだろうけど、この時代の貴族社会なので呼び方がややこしい。

     実兼さんの実家の西園寺家はもともと藤原氏で、この時代の公家たちは荘園収入で遊んで暮らせるような財産を持っていて、政治の実務的なことは自分たちのボディガードに雇った武士たちに丸投げしているうちに手を出すこともできなくなって実権を失った。
     皇室の方々は人事権というか誰にどんな冠位を与えるみたいな権利は握っていて、それに伴って年中行事や宮中の儀式があってそれなりにお忙しいわけだが、周囲の公家はこれといった仕事がない。基本的には皇室の覚えめでたくないといい役目につけないし出世もしない。先祖はたいてい同じ藤原鎌足なので生まれで勝負もできない。働かなくてそこそこぜいたくに暮らしていけるならいいジャンと思うけど、せまい世界だから余計何か役目をもらってえばりたくもなってくる。そこで何かこの家ならではの特技を作って、その技を一子相伝で伝えて目立とうとすることになった。例えば和歌なら冷泉家、包丁ならどこ、筆蹟ならそこ、という感じ。西園寺家は琵琶で目立とうとしていた家系で、実兼も琵琶の名人である。祖父がやり手だったので代々関東申次(もうしつぎ)役という役目も持っている。これは都の公家社会と鎌倉幕府の正式な連絡役といったところで、気苦労もあるがうまくやればいろいろと余禄のある役どころ。
     
     二条は幼くして琵琶の名人、しかも皇室秘蔵の琵琶の名器・破竹を譲られた者として実兼の前に現われる。彼はこの破竹が欲しくてしかたなかったのでずるいぞ許せん、と彼女に注目するが、やがて彼女の腕前に俺より上手いから仕方ないか、何であんなに上手いんだ、どこの誰なんだ、と彼女本人に興味を移していく。
     彼女に琵琶を与えて手ほどきしたのが後深草上皇。上皇というとかなりの年配の印象を持つが当時25歳。ちなみに実兼は19歳で二条は10歳。実兼の祖父は上皇の母方の祖父でもあり、臣下であり親戚でもある。また上皇の正式な奥さんである中宮は祖父の娘であった。つまり実兼は上皇の母親とも奥さんとも親戚である。なので公務を離れれば俺お前の仲でもある。

     二条は後深草上皇の乳母の娘で、いわば乳兄妹である。そしてその乳母が上皇の最初の女であり、その関係を知った親に引き裂かれたような別れ方をし、二条を生んですぐ死んだ。忘れがたい特別な人にもなっている。なので彼女を四歳の時に引き取って育てているのだという。実の父親から見れば上皇に女房と娘を奪われたようなものであるが、彼は貴族なので上皇には表向き逆らわない。登場人物は源氏物語は当然読んでおり、上皇は自分を光源氏、二条を紫の上になぞらえているのは実兼にもわかる。乳母の面差しを持った彼女をゆくゆくは後宮に入れるつもりで育てているのだ。タイミング的に疑えないこともないのだが、実の娘ではないらしい。

     だが実兼は琵琶の件もあって上皇に対抗意識を持ち、二条を射止めてやろうという気持ちを起こす。それは上手くいって、二条と実兼は相思相愛っぽくなるのだが、それと察した上皇は強引に二条をものにして後宮に入れてしまう。やがて彼女は懐妊する。これは仕方ないな、と一度はあきらめるのだが、どうも二人の仲はあまりむつまじくなく、懐妊中にもかかわらず二条が浮気をしているという噂まで入って来る。家出するかのように妊娠中であるにもかかわらず、乳母の家などに泊まっているらしい。
     清純だと思っていた二条が浮気者だったという幻滅もあって、それなら俺だって遠慮しないもんね、と忍んでいって妊娠中の彼女と男と女の中になってしまう。
     この関係は二条が男子を産み落とした後も続いて、とうとう妊娠させてしまう。上皇の子と偽って産ませ、計算が合わないので上皇には見せられないので死産だったことにして、生まれた女の子は使用人の縁者にあずけてしまう。
     二条がそのような行為に走ったのは、子供の頃から上皇の小間使いである女童として育った時と同様に使用人扱いされて自分が上皇に大事にされていない、という気持ちがあったことと、上皇の正式な奥さん、中宮だった人からのイビリがひどかったことかららしい。上皇はこの時代として特別なことではないけど他に何人も女がおり、懐妊すれば足も遠のく。既に両親は無く話し相手もあまりいないのである。

     二条は結局数名の男と男女の関係になり4人の子供を生む。だが二番目の女の子以外は子供のうちに死んでしまう。関係する男の正式な妻である実力者に睨まれることとなり、御所に出入りすることまかりならぬ、みたいな罰を受けて社交界から疎外され、隅に追いやられてゆく。

     この時代の制度では物心つく4、5歳で帝位について、10代後半には退位して上皇になって年若い天皇に代わり親政をふるい、やがて院を名乗って天皇の後ろ盾として権勢をふるう、というのが勝ちパターン。
     皇室の血を引く者たちの代表者、つまり天皇家の家父長権を握った人を意味する「治天の君」という存在があって、これは通常長男である後深草上皇に行くのが通例なのだが、これが弟の亀山帝の方に行ってしまう。何故かというとこの小説では一人の女のひと言が左右したことになっている。この女性が大宮院姞子(おおみやいんきつし)で兄弟の実母だが何故か兄より弟をかわいがり、慣例なんてどうでもいいから弟に、みたいな決定的なことを口走ってしまう。この小説では大宮院がそう言うに至った遠因の一つが実兼がニ条を後深草上皇からかっぱらおうと思って上皇の評判が落ちるような工作をした結果ということになっている。
     兄から見れば当然自分のものであった「治天の君」が弟に不当に譲られたので取り戻して当然。弟から見れば正式に「治天の君」になったのだから返す必要などなく自分の子孫に伝えて当然。ということでこれが南北朝の皇統分裂のそもそものはじまりとなる。

     実兼は女にうつつを抜かしてばかりというわけではなく、鎌倉幕府との連絡を密にして広い視野を持っている。もちろん直接何かをできるわけではないが、遊んでばかりで宮中の人間関係にしか興味のない他の公家とはちょっと異なっている。当時はこんなことが起こっている。

    ・寛元の乱(北条一門の名越時章、教時兄弟が執権北条時頼の暗殺を企て失敗)
    ・時頼の子北条時宗・執権となる。
    ・二月騒動(南六波羅探題・北条時輔(ときすけ)が北の探題・北条義宗に討たれる)
    ・後嵯峨院逝去。後深草上皇、亀山天皇の父。治天下の座は亀山天皇へ。
    ・ムクリ国王より従属を求める新書がたびたび届く。時宗は拒否。
    ・ムクリ国、国号を元とあらため対馬・壱岐・博多を侵略。文永の役。
    ・元より宣諭師が来て服属を求める。北条政権は拒否し彼らの首を斬る。
    ・南宋の首都・臨安が陥落。宋の滅亡が事実上決定する。
    ・算盤が宋より日本に伝来。
    ・鎌倉幕府が九州諸国に防塁工事を義務付ける。
    ・元より再び降伏を求める使者。執権北条時宗、これの斬殺を命ず。
    ・六条御所が焼失。
    ・比叡山延暦寺の僧兵が都で暴れまわることが重なる。
    ・冷泉家で遺産争い。
    ・既成仏教が信頼を失い、新仏教が民衆に広がる。法然・日蓮・道元らが行脚。
    ・彼らに一歩遅れて一遍上人が行脚。
    ・元が再び日本侵略。元の属国となった高麗が先遣隊として対馬侵略(弘安の役)。
    ・執権北条時宗、34歳の若さで死去。元寇に心身をすり減らしての今で言えば過労死。
    ・時宗の舅安達泰盛と南の六波羅探題、北条時国が対立。
    ・北の六波羅探題、北条時村が時国を罠に嵌め、時国は安達泰盛に処刑される。
    ・平頼綱が執権となった北条貞時を抱き込み安達泰盛を誅殺、一族同士争う(霜月騒動)。
    ・洛中を疫病、洪水が襲う。餓死者多数。さらに地震、火災が続く。
    ・平頼綱が北条貞時に謀反を企てたとして殺される。

     実兼は役目柄もあり個人の性格もあり、こうしたことに常に注意を払い、いくつかの事柄には自ら関わりも持っている。宮中しか見ない他の公家とは少し違っている。
     二条も宮中から遠ざけられたことにより、少し他のこの時代の貴人の女とは違う目を持ってきている。実兼を通じて元寇や鎌倉の事にも興味を持ち、一遍と出会って人間の幸せについても深く考えるようになる。
     二条がどんなに都の中央から疎まれても実兼は二条への気配りを忘れず、恋人と友人の中間のような間柄になっていく。

     二条は実兼にも内緒で出家し、実兼の反対を押し切る形で一遍を見習って都から巡礼の旅に出て姿を消してしまう。

     実兼は基本的には後深草院と親しく、皇統分裂に関しては兄を優先する姿勢を示していたのだが、二条の人間的成長を見ずに落ちぶれた女としか見ない院に減滅を感じ、ほかにもいろいろあって亀山派に転じる。実兼の意向が誰が天皇家の「治天の君」になるかを左右するくらい、大きな力を持つようになっている。

     そんなあれこれから15年が過ぎ、宮中の実力者たちも寿命を迎えていく。そして後深草院が危篤となる。二条らしいみすぼらしい尼僧が院の屋敷そばに現われたと聞いた実兼は彼女が院と別れを言えるように手を回し、人間的成長を遂げた彼女と語り合う。実兼も既に隠居して僧形になっている。二条は院の死に目に間に合うが言葉は交わせない。
     実兼は二条を引き止める気持ちもあったのだが、彼女を見てもう好きなようにさせてやろう、と院の葬儀について歩く二条に声をかけず見守る。
     葬列の牛車についてゆけずに二条は転び、起き上がれなくなる。実兼はお助けしましょう、という家来を制し、これで自分と二条との長い縁も終わるのであろう、と牛車の中から小さくなる彼女の姿を見つめながら心の中で別れを告げる。

     さらに18年が過ぎ、実兼は74歳で生涯を閉じる。それきり二条の行方は知れなかったが、それでよい、とうなずきながら。

     これは面白かった。この時代というのは激動の時代なんだけど小説にしにくいらしく、私はあまり作品を知らないのだけど時代のイメージみたいのがつかみやすかった。大河ドラマとかになってもいいのにと思う。
     
     


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