「大往生(永六輔著)」
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「大往生(永六輔著)」

2018-12-31 19:00




    ・これはベストセラーになった本。永さんは浄土真宗の寺に生まれたけど坊主になりそこなったということで、人の死に接する機会は多かった様子。いずみたくさん、中村八大さんという友人を続けて失ったことも執筆動機とのこと。また、お父さんの死についても一章を割いている。「老い」「病い」「死」「仲間」「父」の五章で構成されている。

     永さんは普段から巷の人々との交流を大事にしていたらしく、この本にはそうした巷の声をふんだんに引用したところが他の有名人の言葉を引用したような本とは違うとのこと。

    ーーー老いーーー
     厚生省の福祉担当スタッフには若い人しかいないけど、定年後の人をスタッフに加えたらと書いてある。ごもっともかも。身体で考えるタイプの人をと。

     ある老人ホームに粋な老人が入所する。誰にでもレディに対するように接する。その施設の雑巾みたいだったお婆さんたちが精一杯のおしゃれをし、少女のように愛くるしくなったという。その老人の死後もとに戻ったとのこと。

     老人ホームで栄養のバランスなんて意味がありません。好きなものを好きなだけ食べられるのが喜ばれます。

     ロサンゼルスの日系老人ホームでは特に外国人を締め出しているわけではないが日系の人しかいないという。納豆をいつでも食べられるので、そのにおいを嫌って出ていくのだという。

     孫はどうしてあんなにかわいいのでしょう。あんなにいやな嫁から生まれたのに。

     辛いことがないもんで、うれしいことがないんでございますよ。

     卒寿って、寿が終わるという意味なんですよ。

     日本では福祉予算も叙勲も勲章も申請しなければくれません。欲しがった奴がもらえるんです。

     天涯孤独っていいなあ。老人とかかわらないで一生が終われるなんて。

     人生は、あてにしちゃいけません。あてにしなきゃ、こんなもんだで済むじゃありませんか。

     私の障害は一級一種です。障害者の中ではエライんです。
     ということを全盲で車椅子の人がテレビで言ったときにエライとは何ごとだ、と非難が集中したという。永さんは残念に思ったという。

     長寿って言うでしょう。長く生きりゃめでたいって、誰が決めたんですかね。

     人間は長く生きたいと思う健康な時より、弱りはじめてからの方が長く生きているわけ。

     孫にさ、「おじいちゃん大きくなったら何になるの?」って聞かれちゃった。

     しなやか、したたか、つややか。長持ちのコツ。

    ーーー病いーーー

     老いは受け入れればいいが、病は闘って勝たなければならない。

     癌の告知は、告知できる技術を持った医者が、告知を受け入れられる能力を持つ患者とめぐりあった時にだけに限られるべき。

     自分が第一発見者になれる癌は乳癌だけ。

     人間の肉は赤身なんです。最近はトロが増えています。

     無医村をなくそうと大量に医者が生まれた。多少問題のある医者でもかまわないと。

     寝ているところを起こして、時間だからと睡眠薬を飲ませる。

     人間ドックに行かなきゃというストレスで胃潰瘍になる人がいる。

     酒飲みは酒飲みの医者を、タバコ吸いはタバコ吸いの医者を選ぶべき。

     ヘビースモーカーだった俳優の中村伸郎さんは入院した病室が禁煙。「煙草が吸いたい」が最後の言葉だったという。通夜では焼香の代わりに弔問客が煙草を吸って、その煙で見送ったという。

     どうして外側から診るのが内科で、内側を診るのが外科なんですか。

     東洋医学と西洋医学は団体の対立とか法律の問題とかいろいろあって、総合病院でも共存していることは少なく、両方の総合治療など受けられない(東洋医学では治療という用語が使えず施術と言わねばならないとか聞いた気もする)。
     だが国会・議員会館の診療室では東洋医学併用で法律無視で患者の求める総合治療が行われているとか。

    ーーー死ーーー

     お釈迦様は安らかに大往生ですよね。(中略)キリストの死に方は痛そうでねェ。

     アパートの契約書に、死体は入室できないとある。つまり病院で死んだらアパートに遺体を戻せないということ。

     百歳を超えた人が子供を老衰で亡くす。

     愛人の自宅で腹上死した人がいる。なんとかよそに移してそこで死んだことにしたい。だが遺体の移動には死亡診断書が必要。だから意識不明で重体のところを病院に搬送中死んだと言い張る。

     身寄りのない老人のための施設で老人が亡くなると、スポーツカーに乗った遺族が遺産を受け取りに来る。

     どこで死ぬかではなく、誰に看取られて死ぬか。

     男性が亡くなってお参りに行き、未亡人より泣く失礼な女。

     「人の世話にはならない」という傲慢。墓穴も自分で掘れるのか。

     アメリカの企業責任者は85%が遺書を書いている。日本は85%が無関心。

     長生き会の会費年1万円。活動は何もなく、会費を払うだけ。最後まで生き残ると全部もらえる。

    ーーー仲間ーーー
     坂本九さんの死について。葬儀の司会を永さんがつとめた。遺族と冗談を言い合えるようになるまで十年かかった。「むごい」と思ったが、時が過ぎるとこれも死に方のひとつと納得するようになってしまった。若くして死ぬと、追想の中でも若いままだ。

     淀川長治さんは毎年「今年のいつ頃死ぬ」と予告したそうで、「今年はいつ頃死ぬんですか?」が恒例の会話みたいだったらしい。

     中村八大さんの言葉。「いいなァ、言葉や文字で仕事ができる人は。音楽はドレミファソラシドを並び変えるだけなんだもの。どこかで、誰かに似てしまうのが怖い」

    ーーー父ーーー

     我が家が寺でも葬儀はてんやわんやである。

     葬儀は遺族が固く拒否しないと勝手にショーアップする。

     法名または戒名というのは戒めを守って生きたのであれば本名でもいいらしい。

     永さんのお父さんの生き方は「無理をしない」「静かに生きる」「借りたら返す」。



     著者は1933年生まれでこの本が出たのは1994年。執筆は60歳の頃らしい。

     あとがきの代わりに自分自身への弔辞が入っていて、その中で自分ではほとんど文章を生み出さずに読みかじり、聞きかじりの知識を座談会とかの収録でごまかしながら自分で考えたように脚色して80冊もの本を書いた、まわりの善人たちを利用して他人の褌で仕事を続けた寄生虫そのものでした、と書いている。

     この後も長生きしたので「その後の大往生」など続編も書かれることとなった。

     永六輔さんは浅田飴のCMの印象が強い。日本テレビで超人バロム1を見ると、CMが流れていた記憶がある。ポンポンポンと汽笛が~みたいなはじまりで、セキコエノドに浅田飴、みたいな締めくくりだったと思う。そのせいでか、バロム1の松おじを演じているのが永さんだと何故か思い込んでいたりした。

     片足で立ってズボンだか靴下を脱ぐか履くかしようとして転び、大腿骨を折ったエピソードを娘さんが話していたのをラジオか何かで聞いたような気がする。それを聞いてから必ず座って脱ぎ履きするようにしている。 そうすると年寄りには和服の方がいいのかも。
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