草子ブックガイド1(玉川重機著)」三冊め 山月記
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草子ブックガイド1(玉川重機著)」三冊め 山月記

2019-02-03 19:00




    ・草子の母親について明らかになる回。
     これまでは死別なのか離別なのかわからなかったが、母親は草子が小学二年生の時に夫と子供を捨てて出て行ったと語られる。父親に言わせればパトロンをくわえ込んで俺たちを捨てた奴。今は新しい夫との間に子供もいる。そして現役の銅版画家でもある。
     両親は美大で知り合って学生結婚した様子。だが草子が保育園の頃にはもう別居していて、両親の間を行ったり来たりして彼女は育つ。その頃の父親は絵を描かずに、あるいは描けずに酒に逃避している。一方母親は汗だくで一生懸命版画を作っている。その母親の汗がキレイと草子は思う。母の姿に「ホント」を見る。やがて母を手伝う男が現われ、両親は別れたみたい。

     父親が売ってしまい、今は少しずつ古書店主から草子に返されている母からもらった本には、母手製の銅版画の蔵書票が貼られている。これは母が娘のために作ってくれたもの。
     草子は自分は母に捨てられたと思っているので、蔵書票も大切さ半分、怖さ半分みたいな。

     そんな時に母からのハガキ。一流画廊での個展の知らせ。行きたいけどこわい。見に行けばそこでまた捨てられるみたいな不安。踏み出せない草子に、じゃあ私たちと一緒に行こう、と手をさしのべる。
     草子・店主・店員の三人で個展会場へ。草子は現在の母の子供を見て足がすくむ。一人ならここで帰ったろう。店主と店員が先に入って地ならしをしてくれる。そして思い切って入る。母が迎える。だが母が手を差し伸べると草子は固まり、後ずさりする。
     母は、「もうお母さんじゃないもんね」と手を引っ込める。古書店主が間に入り、蔵書票の話から草子のキレイ、という感想を引き出すと、母親も喜ぶ。

     いい雰囲気になったところで父親登場。嫌味を言って母親にからむ。口論になり、母親にあなたは才能がない癖にあるふりばかり。自分と戦わずに目をそらしてばかり、とグサっと言われて思わず手が出てしまうが、間に割って入った草子がはたかれる。父親はそそくさと退散。
     大丈夫?と声をかける母親に、慣れてるからと答える。あんな酔っ払いほっときなさい、と言い募る母親に、まだ私のお父さんだから、と答える。

     草子は父親の本棚に一冊だけ入っていた、母親の本を渡す。中島敦の「山月記」。そして草子は出て行く。ブックガイドも挟まっている。店主が進み出てブックガイドのことを説明し、母親に読んでもらう。

     草子は山月記の主人公、虎になった李徴がいかにくだらない人間かを分析した上で、私の父にそっくりだ、と書く。自らの才能を外に出て試そうとせず、自分の王国に閉じこもる父親に、草子は自尊心と羞恥心が入り混じったようなケモノを感じる。
     一方で中島敦の別の作品、「名人伝」の主人公には母を感じる。弓の名人になろうと自分の技を磨くために弓以外のものを全て捨て、ひたすら追い求めるうちに人間ではなくなってしまう。草子は芸術を追い求める母親にとって、娘の自分は捨てる対象でしかなかったと思い、母の中にも父の場合とは異なるケモノを見る。
     人生とは心の中のケモノと戦うことなのか、さだめに振り回されて生きるのが人間というものなのか、と草子は思う。
     でも母親が作ってくれた蔵書票は美しい。紙の宝石だ。私を捨てた引き換えにこの宝石を母が自分の心のケモノに勝って作ったのなら、自分はしかたないと思う。

     母親は違うの、私はケモノに勝てなかった。家族を捨てて芸術を選んでおいて、寂しさという別のケモノに取り憑かれて新しい家族を欲しくなって、みんなをキズつけただけ・・・
     みたいに呟くが、店主はあなたの人生はこれからも続きます、と言い聞かせる。

     草子は酔った父親と並んで歩いている。「山月記」は父親にとって、母親と草子との生活が幸せだったときの象徴だった。それは母親も同じ。山月記に貼られていた蔵書票は親子三人をデザインしたものだった。
     草子はあの本、母さんに返してきたよ、と父親に話し、新しく買った「山月記」を父に渡す。草子はお父さんもケモノと戦ってみて、と優しく言葉をかける。父親も素直に受けて、生きた証になるような、自分で納得できる絵を一枚でいいから描きたいんだ、とうちあける。
     草子はその夢はきっとかなうよ、と答える。

     「山月記」は中学のとき教科書に載っていて読んだような気がする。でも全然当時はわからなかった。当時は人生なんか全く考えてなかったような。
     ずいぶんあとになって波津彬子さんのコミカライズで読んで、アアこういう話だったのか、とはじめてわかったような。
     中島さんはこの作品を発表したのと同じ年に33歳で亡くなったそうで、人生を悟るのが早かったんだなあという気がする。
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