「五年の梅(乙川優三郎著)」
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「五年の梅(乙川優三郎著)」

2019-05-04 19:00




    ・後瀬(のちせ)の花
     小雨の中を男と女が歩いている。男は麻などを扱う店の手代で、女は小料理屋で働く女。どちらもこれまではそうだった。手代はいつか自分の店を持つことを夢見て地道にコツコツ働いてきたのだが、ある日彼が通うにはちょっと高級な店に番頭さんに連れて行かれ、そこで働いていた女が気になって時々通うようになり、女も彼を気に入ってくれて男と女の間柄になった。所帯を持って一緒に暮らそうと話すのだが、男の蓄えは女と会うために底をついてしまう。結局男は店の金を持ち出して、女と一緒に逃亡、今小雨の中を逃げているのだった。
     男はだんだん女がうとましくなってきて、自分がこんなに落ちぶれたのは女のせいだ、と思うようになって来る。男はあのまま真面目に勤めていればやがて番頭になって、と失った未来を思って女を責める。女は自分だって小料理屋の女将さんに不義理をし、それなりに安定していた生活を捨てて貴方に沿ったのだ、と言い返す。そして・・・

     後瀬という言葉を知らなかったので調べたら、川の下流の瀬とか後日の逢瀬とかいう意味らしい。言葉通りといえば言葉通り。

    ・行き道
     中風で倒れた夫に代わって小間物屋を切り回す女主人公。寝たきりになって三年たつ夫にもう愛情は感しないが、18歳の息子が一人前になるまでは、とがんばっている。
     幼馴染の同業者がいて、彼はある程度悩みを話せる間柄である。子供の頃は互いに口に出さなかったが好意を持っていた。だが彼も今は妻帯者で、悪妻と評判の女房の浪費癖に泣かされている。互いの伴侶の愚痴を言い合う間柄である。
     もう意味のある言葉も話せなくなった夫の世話は雇った百姓の娘にまかせっきりだが娘はもっと旦那さまのそばにいてください、奥さまと話したいことがあるのではと思います、などとこざかしいことを言うが受け入れない。
     女主人は自分が病みついた時に夫が汚いものでも見るような目で自分を見て、枕元にも一度も来ず、土間に寝かされて食事もトイレも一切世話をせず他人任せにしたことをずっと根に持っているし、このことで夫の冷酷な本性を見たと思っている。
     百姓娘はそんなことはもちろん知らない。幼馴染との愚痴のこぼし合いはやがて家族を捨てて二人でやり直さないか、みたいな方向に変わり、今日行けば一線を超えるだろう、という日が来る。だが出逢い茶屋に向う途中、自殺しようとしていた女を助けたことから・・・

    ・小田原鰹
     四十も半ばを過ぎて、鰻を焼く串を削る内職で暮らしている男がいる。七歳から奉公した雑穀屋を年季明けと同時にこんな仕事ばかばかしい、と辞め、それから職を転々として何も身についていない。次第に勤めにでるのもうっとうしくなって隠居と称して内職をするようになるが、これも提灯を張ったかと思えば串を削るという感じ。なぜ自分だけがこんなに不運なのかと常に腹をたてている。
     25の時に17歳だった女を奉公先の世話で嫁に迎えたが、夫婦で反りが合わない。どちらも親に疎まれてろくに愛情も知らずに育ち、家庭は離散して親兄弟の行方も知れない天涯孤独同士だが合わない。息子に恵まれたが男は自分がされたのと同じように、息子にも親としての愛情を持たない。そのため息子は14歳で家を出てしまった。これに男は親の面倒を見る義務を放棄しやがって、と怒り狂う。母親の方は子に対する愛情も持っているのだが、DVもする夫に逆らえず女中同然にこき使われている。男には情というものが全くない。

     ある日女房の方は偶然出奔した息子と出会う。息子は板前として立派に生きていて、店の女中を妻に迎えて二歳の娘もいる。今は親方の片腕として店を支えている息子に頼もしさと、親らしいことをしてやれなかった引け目を感じるが息子夫婦は暖かく彼女を歓待する。
     息子は折り詰めを二人分土産に持たせてくれるが、彼女は夫はこの折り詰めを見せても感謝もせず怒り狂うだろう、夫と食べても美味くない、と寺に寄り道して食べてしまう。案の定家に帰ると夫はいままで何してやがった、と怒り折り詰めも駄目にしてしまう。
     これまで何度もこうした扱いを受け、あきらめて受け入れて来たのだが息子のあたたかな家庭を見たこともあり、もうこの男といては駄目だ、と思い切って出奔する。

     半年が過ぎる。男は逃げた女房に毎日怒りを覚えながら、生きるために近所に対しては外面よく過ごす。内職も以前よりまともにやるようになる。心の中では近所の人間たちを罵りながらも愛想笑いをして生きる。こんなのは本当の人生じゃない、今に見ていろ、と根拠のない自尊心で自分を支えるがそのうち無気力になって寝込んでしまう。
     店賃も払えなくなるが外面の良さが役立って、大家が気の毒がって面倒をみてくれる。そんな時に息子がやって来て借金を整理し、当分の生活費を置いていく。だが男は感謝などせず当然のことと思い、金を使い切るとまた金をせびろうと息子の行方を探しはじめる。
     そんな時に昔の奉公仲間と出会って仕事を手伝ってくれ、と頼まれる。引き受けるとこれがばかに儲かる。男は集金を引き受けただけだったのだが実はこれが娘をおもちゃにして金を貢がせた上で親をゆするという悪質なもので、男は奉行所に捕まって処罰された上に入墨者となる。長屋の住人も近づかなくなり、引きこもって内職で暮らす。迷い込んできた長屋の子供をあやそうとすると、うちの子に何をする、死ね!みたいに母親に怒鳴られる。もう抗議する気力も無くなって、男は朽ちてゆく。
     だけどこの男が人生最後に輝いて、もう一度長屋の人々に受け入れられ、最後に人を救って死ぬことになる。男の人生最後の輝きを与えたのは小田原でしっかりと生活の根を下ろしたかつての女房だった。

    ・蟹
     ある藩の中老の庶子として生まれたが実父には疎まれ母は知らず、養父母によそよそしく育てられた娘。粗末には扱われないが歓迎もされない、扱いにくい立場で養家から嫁に出されるが名ばかりの夫婦を数年過ごすともう義理は果たしましたよ、という感じで離縁され、また別の家の嫁になる。どの家も彼女を見捨てたみたいに言われないがためだけに表面的に大事にするけど誰からも愛されない。そんなヒロインがたらい回しにされて三度目に嫁いだのは三十歳の男。これまでの家は家格もそれなりだったが今度はかなり貧乏な様子。男は藩の柔術指南だというが粗忽者のような鷹揚のような。だがこれまでの家とは異なり気持ちが休まる。
     男は米も切らしているとのことで、新婚第一夜の夕食は山盛りの茹で蟹だった。男が浜で採ってきたのだという。彼女は食べ方もわからず困惑するが、男は食べ方を親切に教えてくれる。ヒロインはこれまでの夫二人とは一度も枕を交わしていない。彼らには別に女がいて、形ばかりの妻として彼女を預かったにすぎない。だが彼女はそれに抵抗するように男と遊んだ時期もあった。万引きをしたり夜の街を徘徊したりしたこともある。今度の夫も彼女を抱こうとしないのだが、以前の夫とは違う情を感じる。大切すぎて抱けない、という感じ。
     すると自分の不実を恥じるようになるが正直には話せない。やがて男が大きなしくじりをして郡方をクビになったことを知る。そのしくじりとは嵐の際に田畑を救うために水門を開けねばならなかったのだが、百姓が一人水に落ち、水門を開けると流されて命は助からない。彼は水門を開けずに百姓を助けたが水門を開けるのが遅れたために川は溢れて大量の米が腐り城下も水びだしになったというもの。
     彼女は夫の人柄を尊敬するようになるのだが、それだけに軽蔑されるのが怖くて自分の過ちは余計に話せなくなる。
     そんな時に今は藩の重役になっている昔の遊び相手が誘いをかけてくる。彼女にも弱みがあって断りきれず、茶屋に来い、来なければわかっているな、みたいに脅されて、はっきり断わろう、こばみきれなかったら自裁しよう、と覚悟して待ち合わせ場所に行く。むろん夫には内緒。だが相手は現われない。安心したのもつかの間、今度は別の男から似たような話が来る。またも同じような覚悟で出向くと意外なことを聞かされる。前の男は夫に倒されて約束の日に来なかったのだと。夫は彼女の過ちを全部知っていたのだ。男はお前の夫は今ごろ5人の相手と死ぬまで戦っている筈だ、とうそぶいて彼女の懐剣を取り上げ、組み伏せる。ヒロインはその男の肩越しに、ゆっくり近づいてくる満身創痍の夫の姿を見る。

    ・五年の梅
     上総国(かずさのきに)黒田豊前守という藩主のもとに、江戸詰めの二人の侍がいる。一人は近習、一人は台所奉行で殿と近い。台所奉行の妹と近習は好きあっていて、男同士も親友といっていい間柄である。
     だが突然近習はお主の妹をめとるわけにはゆかなくなった、昔間違いがあった女に二歳になる子供がいるとわかった、付き合いもこれまでにしたい、と申し入れて来る。台所奉行は憤然とする。
     殿はこのところ食が進まず、気鬱の病のせいらしいのだが、それが台所奉行の責任にされそうな雲行き。近習はそうさせてはならぬとお手討覚悟で殿に諫言すると決めて、迷惑をかけぬよう交わりを断ったのだった。台所奉行は真相を知って悔やむが近習は国許に送られて蟄居の身の上となり、もう会う事ができない。
     それから数年が過ぎる。国許に蟄居となった男は今も許されないが、比較的自由はあり、生きているということは殿にも思うところがあったのだろうと静かに暮らしている。だがかつての恋の相手が不本意な相手に嫁入りして、盲目の子供を産んだこともあって正妻とは名ばかりの粗末な扱いを受けていると聞くと心が波立つ。相手も今は国許で暮らしているのだ。
     やがて男の蟄居の許される時が来る。殿も男の忠義は認めていたのだが、殿にはそれを認められぬ事情があったのだと男は知る。男は愛した人が子供を医者に診せることもできないと聞き、とにかく金を作ろうと荒地の開墾を引き受ける。殿はこれを笑って許したという。
     やがて台所奉行も江戸から国許へ戻り、妹の嫁ぎ先がとんでもない愚物だったと知る。
     ようやく兄も事情を悟り、妹も親友も今も好き合っているが、どちらも真面目すぎる堅物だけにこのままではいつまでも結ばれぬと知る。まず妹を離縁させようと動きはじめる。
     いろいろ経緯があるが、男の尽力で盲目の子供は江戸の名医に診てもらえることになる。殿がそう命じてくれる。また、兄の働きで妹の離縁も決まる。
     男は親友の妹に殿のはからいで貴方と娘さんを連れて江戸に行き、子供を目医者に診せるように命じられたこと、回り道をしたが今からでは駄目だろうか、と不器用に伝える。
     彼女は黙って男に娘の手を取らせ、自分は反対側の手を取って梅林の方へ歩きはじめる。
     

     自分の不幸をあきらめて受け入れ、それでも生きるような女性が主人公の作品ばかりだが、「蟹」と「五年の梅」は無骨な男が傍らに立つことによってほのかな明るさが見えるような終わり方になっている。「五年の梅」は山本周五郎賞受賞作品とのこと。
     
     
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