「屋鳥(おくう)乙川優三郎著」 表題作
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「屋鳥(おくう)乙川優三郎著」 表題作

2019-05-23 19:00




    ・短編集だけどその表題作をレビュー。
     屋鳥というのは屋根にとまっているカラスのことで、転じて屋鳥の愛という
    人を深く愛すると、その家の屋根にとまっている烏(からす)にまで愛がおよぶようになるということ。愛情の深いことのたとえ。
     ような感じで使われるらしい。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い の反対みたいなことか。

     主人公の女性はとある藩の勘定奉行の娘だったが藩を二分した政変があって父親は惨殺される。母親も既にこの世の人ではない。16歳だった彼女は8歳の弟が一人前になるまで実質的な当主の役割を果たすことを期待されてしまう。幸い父親が属した派閥が勝利をおさめ、家は続く。そして期待に答え、弟を立派な普請下奉行に育て上げ、妻も迎えた弟は父親の後継者としてゆるぎない存在となる。
     その代償として、適齢期を弟のために潰して28歳になった主人公にもはや良縁はなく、弟の代となった実家にも居場所は無い。かといって家を出れば世間は弟に追い出されたと見るに違いないので出るわけにも行かない。弟も嫁も気を使ってくれるのだが、それだけにつらい。これまでは生活に夢中で恋をしたこともない。自分を実家の屋根にとまった鳥のような境遇と感じている。
     あとは孤独に老いて行くしかない身の上である。そんなわけで自宅にいても落ち着かぬので、いつしか海沿いの海神山の上にある竜神社(りゅうじんしゃ)境内の茶店で海を眺めるのが心の安らぐ時間となっていた。ここはほとんど人が来ない寂れた場所である。

     そんなある日、秋の終わる頃。竜神社からの帰り道に石段で鼻緒を切り難儀していたところを、手早く直してくれた男がいる。笠もとらず顔も見せない男を警戒するが、男はさりげなく鼻緒をすげて 名乗りもせずに去ろうとする。
     呼び止めて礼を言い、自分の素性を告げると男は笠をとってみせる。その左の目尻から顎にかけて、大きな刀傷。顔も少しひきつれているが眼は優しい。じき雨になるから、とかぶっていた笠を貸してくれる。用がすんだらお捨てください、と。
     男は政変の際に彼女の父親と一緒に刺客と戦って今の筆頭家老を守り、六人の刺客を倒したという活躍を見せながら彼の父親が敵方の陣営に属していたためにたいした恩賞も加増もなく出世もできないでいるという噂の男だった。
     その境遇が面白くないのか粗暴な振る舞いで有名でよからぬ噂が絶えない、家中の嫌われ者である。そういう経緯なのでどちらの派閥からも蔑視されている。
     だが直接男と接した主人公は、男がそんな噂どおりの粗暴な人物では無いと感じる。自分も心ない噂に傷付けられている身、噂を真に受けた警戒心から男にきちんと礼を言えなかったことを恥ずかしく思う。
     
     主人公は弟にも弟嫁にも男と会ったことを話さない。彼女が出歩くことを弟はあまり良く思っておらず、そこに藩の問題児と二人きりで話した、などと知ろうものなら外出禁止になりかねない。男は捨ててよいと言ったが笠を返しに行きたいと思う。だが弟は二百三十石、男は三十石。上士と落ちぶれた家という身分も違って女が訪ねるのは難しい。
     迷っているうちに弟からあの馬鹿者がまたやりましたぞ、みたいに噂を聞く。ある道場の者5人を相手に木刀で私闘を行い、相手全員の骨を砕いたという。本人は無傷だという。
     馬鹿なやつめ、と言いつのる弟に思わず噂だけで人を判断してはなりません、と言ってしまうが藩の下した処分も重く、男は二十石に家禄を減らされた上に役職を解かれ、組屋敷を出て老いた両親とともに城下の外れに追いやられてしまう。
     それから誰も近寄らないような郊外に男が移ったため主人公はかえって人目を気にせず訪ねることができ、男は不在だったものの男の父親に世話になった礼をようやく伝えることができる。この年の暮れのことだった。
     父親の話によれば、喧嘩相手か役人以外でこの家を訪ねてくれたのは主人公だけだという。

     それから三月ほどが過ぎる。藩は再び政変で揺れる。筆頭家老が7人の刺客に襲われたのだ。その刺客は以前男が死闘を行った道場の者が多く、道場主もいたという。そしてこの刺客を斬ったのも主人公だった。密かに筆頭家老の家に、屋鳥のように住み込んでこの襲撃に備えていたのだった。これまでの冷遇もこれを隠すためだったらしい。
     刺客を放った側の実力者は自裁して果て、多くの家臣が追放や閉門などの処分を受ける。

     男の粗末な家にはこれまで男を中傷していたものや、交わりを絶っていた親戚などが連日押しかけているという。加増は間違いなく、藩の剣術指南役になるという噂もある。
     だがそうなるとかえって主人公は男を訪ねられなくなる。祝いの言葉をかけてやりたいのだが、あさましいような気がして。男のもとには縁談も殺到しているらしく、自分などが邪魔をしてはいけない、という気持ちもある。

     御前試合を勝ち抜いた男は晴れて剣術師範になることが決まり、今は両親と城下にいる。秋には妻を迎えるという噂が彼女にも聞こえて来る。百石に加増されている。
     主人公は弟の邪魔にならぬよう、ずっと屋敷に引きこもる毎日が続いていたが秋が近付く頃に久々に竜神社に足を向ける。茶店に座っていた男が立ち上がる。
     ここなら誰にも気兼ねせずにお目にかかれると思い、お待ちしておりました と男は言う。
     男は申し込み、女は受ける。出合ってから一年が過ぎていた。

     著者の他の作品に比べるとラストの印象が明るい話。藤沢周平さんなんかも初期の作品は暗いのが多いけどだんだん明るくなっていったように思う。
     年取ると暗い話はリアルで間に合っているので、嘘でも明るい話を読みたくなる今日この頃。表題作以外はそのうち。
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