「屋鳥(おくう)乙川優三郎著」 表題作以外
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「屋鳥(おくう)乙川優三郎著」 表題作以外

2019-05-30 19:00





    ・先に紹介した表題作以外のもの

    ・禿松(かぶろまつ)
     とある藩の三十石の家に、はるかに身分が上の家から嫁が来る。だがわけありで彼女はその上士の長女だが正妻の子ではない。従って彼女を嫁にしても上士と懇意になれるわけでも金銭的な援助が受けられるわけでもない。厄介払いを押し付けられたのだ。
     やって来た嫁は気丈で勝気で無口。愛想が無く笑顔も見せず険しい表情が常の才媛。よく見ると優しい顔立ちなのだが。病弱で歳がいっていることの負い目もあって隙を見せまいとのことかもしれない。そんな感じで10年が過ぎる。子はできない。
     夫となった男にはかつて幼馴染の許婚がおり、相思相愛でありながら婚前にいちゃいちゃしていたところを幼馴染の兄に見られたことから破談になったという過去がある。彼女はその際自害を試みたが失敗し、回復したあとは縁あって家格が上の家に嫁いだ。相手は御使番を勤め、切れ者と噂の男である。主人公よりずっといい相手と言える。
     
     よくある話だが筆頭家老と次席家老の間が良くなく抗争が激化してくる。次席家老派の友人に同士になるよう誘われるが、決め手は幼馴染の夫も次席家老派で殿に御上意を受けに江戸に発つので囮を引き受けてほしいと持ちかけられたことだった。
     主人公はこのことを妻には告げず、自分が斬られても妻の生活が成り立つように細かな段取りをつけた上で仕事を口実に出立する。
     幼馴染の夫と主人公はそれぞれ密書を持っている。万一あちらの方が討たれた場合は主人公の方が本物の密使にならねばならない。先方は筆頭家老派の目をごまかすために妻を湯治に連れて行くという名目で、夫婦での旅立ちである。温泉は江戸への途上にある。
     一方主人公は森や川を見回るのが本来の仕事。今回も届けを出して仕事の途中から江戸に向う予定である。途中からルートは同じになる。
     だが、幼馴染が刺客らしい男たちに斬り倒されているのを発見する。幸い傷は浅く命に別状はない。筆頭家老派に露見したらしい。切れ者の夫は妻を置いて馬で江戸へ。任務に忠実なのか薄情なのか。主人公は刺客たちを斬りふせ、幼馴染を助け起こして手当てができて身を隠せるところへと彼女をおぶって運ぶ。
     途中、かつての愛しい人はしがみついて来る。言葉を交わすのは12年ぶりである。だが主人公は、早くこれをすませて無愛想な妻のもとに帰ろうと思っている。

    ・竹の春
     50年生きて来て何も楽しい事が無かったと思っている男がいる。兄に呼び出される。行方不明の姪の居所がわかったぞ。連れ戻してこいと命じられる。
     彼が30歳の時に生まれた姪は、婿に行くこともできず才覚もなく、ただ兄のやっかいになって畑仕事をしている彼を兄夫婦や他の家族が下女に至るまで見下す中で、唯一人間としての話ができる相手だった。決して器量は良くないが、優しさを持った娘だった。

     やがて姪に縁談が起き、姪も相手を気に入っていたようだったが相手は勤皇の志士で一方的に縁談を破棄すると突然脱藩し、姿をくらませた。姪はそれを追うように消えたので男は好きな男を追っていったのだろうと思っている。だが兄は相手が姪を無理やり連れ去ったと思っている。兄は相手の男を斬り、もし子供ができていればその子も始末して、姪だけを連れ戻せと言っている。
     兄にとっては家名を傷付け、身分制度や家庭内の序列を乱す者は全て許せないのだ。だが男は身分や家族内での上下に苦しめられてきた50年であり、幕府が倒れても身分制度の無い世の中が来るならそれもいいな、と思っている。だが兄の命にそむけば生きてゆけない。

     見つかりませんように、と教えられた場所を訪ねていくと本名で暮らしていてあっさり見つかる。夫は出かけているが姪は立派な妻となっている。苦労もしたのだろうが凛としている。男は姪と話し合い、一人の人間として生きている彼女がいまさら身分に縛られた実家に戻るはずもなかろうと思うが、手ぶらで帰るわけにもいかずどうしたものかと一度宿に引き上げる。
     翌朝もう一度姪のもとへ向う途中、姪の夫を討ちにゆくらしい旅姿の武士たちを見る。
    男は先回りして姪の家へ行き、姪夫婦を守って刺客たちに立ち向かう。生き残ったら京に行こうと思う。

    ・病葉(わくらば)
     実母が病で亡くなって1年もしないうちに、三歳年上なだけの18歳の女性が義母としてやってきた青年武士。父親は普請奉行を勤め150石。義母となったのは美人と評判の、父の部下の娘だった。当然ながら母親と思うことはできない。父親に金で買われた女と思い、先方もこちらとどう接すればよいか戸惑っているようである。
     それをいいことに金をせびって遊び歩くようになる。いずれはこの家を継ぐのは自分。義母の老後のめんどうもみるのも自分だから相手は逆らえない。
     だが夫婦は仲むつまじく、4年後には子が生まれている。すると跡目もこの子に行くかもしれない。青年は自分の将来に暗雲を感じ、放蕩は激しくなる。

     ある日父親が城で卒中で倒れ、全身が麻痺して言葉も話せない身の上となる。さらに父に汚職の嫌疑がかかり、青年は家督をなんとか継げたものの家禄は大幅に減らされて30石。仕事も父の職場と言うわけにはいかず、役宅も追い出されて狭くて汚い家に押し込められる。使用人も解雇する。当面出仕に及ばずとのことで畑仕事くらいしかやることがない。
     だが義母は主人はそんな悪いことなどする方ではございません、お身体もきっと良くなって、ご自分の口で濡れ衣を晴らしていただけるはずです、と内職をしながらかいがいしく父の世話をする。やがて青年もリハビリを手伝うようになる。
     金で買われた女ではなく、本当に夫を愛している妻なのだ、ということがわかってくる。実の親ではないが母上と呼ぶようになる。
     やがて名医と巡りあったこともあり、父の容態は少しずつ安定に向う。
     久々に放蕩時代の仲間に会うと、罪人の子と付き合うつもりは無い、とすげなく突き放されるが、放蕩を続けている彼らの人生も倦んでいる。彼らとの付き合いなどこちらからごめんだ、と交際を断つが、その時母の噂を聞く。
     母は高額な薬代の代わりに自分の身体を医師にまかせているという。帰宅してこれを問うと
    母はあっさり認める。父が快復したら自裁の覚悟であったとも。
     身体を壊したという名目で母を実家に帰し、いずれは母に自裁をうながさねばならぬと思うのだが母の献身は明らかであり、母の行為を汚いとも思わない。
     武家の価値観では結論は一つしかない。その時、片足を失って義足で歩く練習をしている町娘が目にとまる。

    ・穴惑い
     寛文六年、二十歳の若者が十七歳の妻を残して仇討ちの旅に出る。夫婦として過ごしたのは二月ばかり。青年の実父が殺されたのだ。
     それから三十四年。かつての青年はようやく仇を討って故郷に戻る。自分も老い、妻も老いていて互いに相手がわからない。
     仇を討ったはいいが、その間家督は叔父に預け、今はその息子が役目を継いでいる。交換条件として約束したはずの留守中の妻の世話もしていなかったらしい。
     父親は殿の覚えめでたい寵臣であったが、殺された理由はくだらない。身分の上下の作法にやかましく、目下の者とたまたま道ですれ違った時にその作法を求めた。急病の妻をおぶった相手が医者に急ぐのをわざわざ足止めして。そのため相手の妻が路上で死んだ。相手は引き返して実父を斬った。そんなことがなくても妻は助からなかったかもしれないが、相手には関係なかった。

     家督にさほどこだわる気持ちも無かったが、長年の苦労をいたわることもなく何としても家督を返すまいと見苦しく立ち回る甥に嫌悪を覚える。留守中の妻への仕打ちも知れば知るほどひどい。さらに手を回して、彼が帰参せずにこのまま隠居する、と言いふらしているらしい。
     あんな男に任せるわけにはゆかぬという気持ちが沸いたと共に、初めて会う妻の甥が挨拶に来たところをひとかどの人物と見て、彼を養子に迎えると同時に帰参し隠居することを願い出る。これで家督はこちらに戻る。
     お家の財政は苦しく、彼が帰参しないと聞いてこれを勝手に美談と思い込み、帰参すると聞いて勝手に裏切り者、みたいに思う人間が勝手に主人公を斬ると言い出したりもしているらしい。万一を考えて甥にも注意を与え、警戒を怠らない。そんなことを言い出す人間にたいした人物がいるわけもなく、年をとってはいても遅れを取るとも思わない。

     甥は自分が分が悪く家督を返さねばならぬと悟ったようで、手のひらを返したように機嫌をとろうとする。勝手に妻から取り上げていた家宝を返し、賄賂を贈ってくる。主人公はありがたくそれを受け取る。ある計画のために。

     帰参も養子縁組もかなうが、隠居願いは握りつぶされそうになる。主人公は殿に目通りしてこれを押し返す。これで家督を奪った甥はお役御免となる。抗議に来るが応じない。

     そして男は妻と江戸に行く。寺子屋でも開くつもりだ。甥がよこした賄賂など、蓄えもある。そして江戸への道すがらに妻に秘密を打ち明ける。
     彼は仇など討っていなかったのだと。

     自分の力ではどうしようもない奔流のようなものに巻き込まれて運命が変わってしまい、それ以降の人生は何か負債を返すためにある、みたいになってしまった主人公が、いかにして残された時間を充実させるかみたいな話が多め。ラストにも明るさを感じる。
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