「春宵十話(岡潔著)」表題作
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

「春宵十話(岡潔著)」表題作

2019-06-02 19:00




    ・著者はちょっと昔なら多くの人が知っていたであろう数学者。笠智衆さんが演じたり、佐々木内蔵之介さんが演じたりで映像作品のモデルにもなっている。浮世離れした学者、みたいなイメージだったと思う。

     その人がなんでこういう本を書いたかというと、はしがきによれば近ごろのこの国のありさまが心配になって、とうてい話しかけずにはいられなくなったからと書いてある。1963年の執筆とのこと。春宵十話というタイトルでエッセイともなんとも言えない短い文章が10編まとめられている。

    ・人の情緒と教育
     いまの教育は早く育ちさえすればよいと思っているのではないか。無慈悲を憎む心や思いやりの気持ちを持つ、感情がわかるということは実にむずかしい。他人の感情というものがわかるようにならないと道義は教えられない。
     そのための条件反射みたいなしつけはやりたくないが、雑草が生い茂るような心でもこまるのでしつけはやはり必要なのか悩む みたいな話。

    ・情緒が頭をつくる
     学問は頭でするものではなく情緒でするものである。だから教育は情緒を養うことを何より大事に考えねばならないのではないか。
     今の若い人に衝動を抑止する働きが欠けているように不安を感じる。教育は徐々に変えなければ混乱が起る。だから今の世代については直しようがない。年下でしっかりした世代を養成するほかないが、年長者を大事にしろというしつけをしていると将来困るかもしれない。
     自分で熱中するということが大切なことなので、学校では機縁を作ることしかできない。
     当用漢字は具体的な内容を持った字を残して感じ、ムード、雰囲気を表わす字を削った。情緒を知らない人がやったのだろう みたいな話。

    ・数学の思い出
     学生の頃は数学が苦手だったという話。すんだことはどうだって構わないと思って切り抜けてきたみたいな。丸暗記能力はあったので、試験前一週間しか勉強しなかった。長く覚えていられないから。「数理釈義」という本を読んで興味を持ち、これを読みふけって「クリフォードの定理」というのを自分で証明しようと三ヶ月くらいそればかりやっていたという。
     指導教官に論文を見せたら黙って学会誌を見せられ、自分と同じテーマについて正反対の結論が出ているのを知って赤面したこともあったらしい。

    ・数学への踏み切り
     中学5年と高校1年の2年間、数学の問題を解きたくて「東北数学叢書」(そうしょ と読むの初めて知った)を片っ端から読んでは解いた。「完全四辺形の三つの対角線の中点は同一直線上にある」というのを考え続けて鼻血を出したことも。
     高校で杉谷岩彦先生から五次方程式が解けないことが証明されていて、アーベルの定理という と聞いたことで解けないことをどう証明するのかと興味を持った。
     数学で食べていく自信が持てなかったので最初は物理コースにすすんだが、安田亮先生の期末試験問題を2時間かけて1問解き、この時はじめて丸暗記ではなくて数学の証明法というのの感覚をつかんで「やったあ」と試験中に叫ぶ。これで満足して残りの試験はサボり、数学に転科したという。あれはいい問題だったと思い返している。
     
    ・フランス留学と親友
     大学を出て講師になり、留学することになる。ソルボンヌ大学のガストン・ジュリアという教授の講義を聴きたいとフランスを希望するが文部省はドイツに行けという。だが頑張ってフランス行きを勝ち取る。誰に学びたいかが重要なのに、と文部省を批判する。
     40日かけて船で行く。船長とドクターと仲良くなり、賭け事ばかりしていたらしい。
     パリで雪の研究で有名な中谷宇吉郎氏と知り合う。自費留学していたその弟の若き考古学者
     、中谷治宇次郎(じうじろう と読むらしい)さんとも知り合う。彼と互いの学問を語り合って飽きる事なかったという。
    この人とは親友となり、留学期間を1年延ばして一緒に帰国するが、脊椎カリエスで早世したという。彼の死んだ年に初の論文を書いたという。

    ・発見の鋭い喜び
     人から数学をやって何になるのかと問われれば「発見の喜び」があるからという。一例として留学から帰って取り組んだ多変数函数論をあげる。当時三つの中心的な未解決問題が残されていて、これに取り組むことにする。三ヶ月もすると思いつくことは全部試してもとっかかりが見つからない、という状態になる。
     夏休みに中谷宇吉郎さんの招きで北海道に行き、応接室を借りて研究を続けるがソファで寝てばかりだと噂されるようになる。そろそろ帰らねばとなって中谷さんに朝食に呼ばれ、食後ポケッとしていると脳裏に浮かんでくるものがあって、これなら解ける、と確信を持つ。
     この時見えたものでその後10年かけて5つの論文を書いたらしい。
     著者はこの喜びを蝶を採集に出かけてめずらしいのを発見した時の気持ちに例えている。また発見の前には緊張と一種のゆるみが必要ではないかとも。

     私も古本屋なんかで珍しい本を入手したときなど、今日はカナブン捕ったみたいに嬉しいとかカブトムシ級の珍品を手に入れた、とか思うことがある。そう思えるなら数学もいいな。

    ・宗教と数学
     前項に出てきた発見前の緊張とゆるみについて。奥さんと口論して家を飛び出し、理髪店で耳掃除をしてもらっているとある数学上の事実に気付く。
     夏休み知人の家に二週間ほど滞在し、帰る前に雲仙岳へ車で案内してもらう。トンネルを抜けたとたんに難問の解放が浮かぶ。意識の切れ目ができた時にそこから何かが顔を出すのではないか、と書いている。
     研究は机に向かうだけではなく、地面に石や棒で書いたりもしたらしい。宗教がほどよくこうした意識の切れ目をつくったみたいなことも書いてある。
     西洋の学者はインスピレーション型だが東洋は情操型で、仏教の主体も情操だとのこと。インスピレーションは加齢とともに衰えるが情操は深まるので、東洋の学者の方が年取ってもいいものが書けるのではとも。

    ・学を楽しむ
     日本人は中国文化は上手く核心をつかんで吸収したが、西洋文化の吸収は上手くない。ギリシャ文化には力の強いものがよいという意志中心の考え方がある。そしてもう一つ知性の自主性とでもいうような考え方がある。数学史をみるとギリシャのそれだけが万人の批判に耐える形式を備えている。理性は文化に近づく手段であり、理想の中には住めるが理性の中には住めない。孔子の言う学を楽しむが理想の中に住むことだみたいな。

     短い文章だけどうまく要約できない。

    ・情操と智力の光
     理想とは見たこと無いのに知っているような気になりなつかしいものである。理想は真善美の形で実在する。
     数学の属性のひとつは「確かさ」であり、自分の出した結果は確かかと聞かれた時にはっきり答えられるようにしてほしい。
     科学を学ぶにはある程度 人 ができていないと学べない。暗い部屋で本を読んでもわからないが、この光に相当するものが智力である。この力が弱い学生が増えたように思う。小学校で道義を教えず高校では理性を学ばずの結果だろう。
     今はまだ人に指摘されないとわからないという段階だが、このままでは人に指摘されてもわからないということになりはしないか。教育の根本を改めてもらいたい。

    ・自然に従う
     著者は平均して二年に一本論文を発表していて、今11本目にとりかかっている。1日にノートを平均三ページ書くので二年間で二千ページになり、これを二十ページの論文にする。
     あと十五年もあれば今考えている内容は一応は論文にできると思うがもう六十二歳だからあと十年ぐらいしかがんばれないかもしれない。
     数学を語学や物理と同じようなものと例える方もいるが、最も数学に近いのは百姓だと思う。種をまいて育てること、「ないもの」から「あるもの」を作ること。種子を選ぶのが仕事で、あとは育つのを見ていればよい。
     物理学は指物師のように材料を組み立てるイメージで、加工技術に研究者のオリジナリティーがある。だからアインシュタインから三十年たらずで原爆を作って落としてしまった。
     育てていい種子かは考えなかったのだろうみたいな趣旨なんだろうと思う。

     種子を選ぶ力を著者は情緒と呼び、その情緒がダメになると人は腐敗する。蝶が舞わなくなり、ホタルが飛ばなくなったことがどんなにたいへんかわからないのは情緒がおかしくなっているということだ。と書く。

     以上で「春宵十話」と表題作になっているエッセイ群は終わり。思ったことをどんどん書き足していったという感じで話題がどんどん変わりあまり要約しやすい文章ではないと思う。他にもたくさん短めのエッセイが入っているけどそれはまたそのうち。
     タイトルは「はるよい」じゃなくて「しゅんしょう」と読むらしい。




    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。