「紀行 フランスの秋・その落日(池波正太郎著)」
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「紀行 フランスの秋・その落日(池波正太郎著)」

2019-09-12 19:00

    ・イノサンの娘
     フランスの変化を嘆いていて、外国客に現金を申告させるようになったり高層ビルが増えたり、定宿だったホテルが代替わりしてサービスが低下したり、銀行での両替に1時間近くかかったり。治安も悪化してきたという。スリの被害も多くなってきたという。
     避けられる面倒はなるべく避けようと、パリ市中はあまり動き回らないことにする。
     今回はサン・ジェルマン・アン・レイというヴェルサイユ宮殿が出来る前にフランス王が本拠地にしていた宮殿。一角にアンリ四世ホテルという最高級ホテルがあり、ここで軽食をとる。それからマルメゾンへ。ここはナポレオンの妻・ジョセフィーヌが別荘にしたところ。後に離婚してここに引きこもり、ここで病死したという。
     翌日は旧中央市場(レアール)へ。なじんだB・O・Fという酒場も今は無い。だがここにルノワールが見とれたという イノサンの泉 というものがあり、これまで知らなかったのであらためて訪れる。だが周辺はさらに俗化して風情が無くなっている。以前旨かった中国料理店もひどい店になっている。

    ・ドイツの一夜
     凱旋門近くのモンソー公園へ。近くにはモーパッサンの旧居があるが今回は行かない。メスという街で一泊。ストラスブールに入る。ドイツ国境が近い。このアルザス地方の人々は何度もドイツ人になったりフランス人になったりを繰り返している。ゲーテやグーテンベルクのゆかりもある。
     ライン河を渡ってドイツに入る。たちまち渋滞となる。エトゥリンゲンという小さな町のエルブブリンツというホテルに泊まる。日本のホテルマンから推薦されたという。景観はさしたるものがないが、サービスや食事はすばらしかったという。後から聞けば古い城壁もあったらしいのだが見損なう。フランスに戻ってナンティイという田舎町に泊まる。ディジョンという街のそばである。ブルゴーニュワインの産地はこのあたり。昔は公国だったらしい。西洋芥子(ムタール)という名物がある。エソワという村に行くつもりだったが場所がわからず、三羽の雉子(トロワ・フェザン)というレストランで食事をとり、この街を気に入る。今度はここでゆっくりしたいと思う。

    ・ルノワールの家
     アヴィニョンへ。ここは以前素通りしてしまったのであらためて。イエリというレストランで過ごす。ナポレオン街道と呼ばれる山道をイタリア国境に近いマントンという街に向かう。ジャン・コクトーの美術館へ。ここはレモンの産地だという。モナコが近い。ニース経由でカーニュというところのル・カニャールというホテルに入る。元は城館で、消防倉庫に使われた時期もあるという。この街にはルノワールが生涯を終えた家とアトリエがあるとのこと。
     ルノワールの息子は俳優と映画監督だそうで、映画好きの池波さんには影響を与えているらしい。自宅は今は美術館になっているという。ルノワールは晩年身体がかなり不自由だったらしいが、この地は暖かく晩年を過ごすにはいい土地だったらしい。
     近くにはセザンヌのアトリエもあるらしいが、池波さんはマルセイユのホテルに急ぐ。

    ・プロヴァンスの碧空
     午後四時にマルセイユ着、プチ・ニースというホテルに泊まる。ここは二度目。ホテルの窓から見る夕暮れは素晴らしいらしい。ミシュランの星が一つ増えたというが、池波さんは家族的な雰囲気が減ったと見る。それでもいいホテルだという。
     翌朝ノートルダム・ド・ガルド寺院という所を見る。マルセイユはパリに次ぐ大都会だそうで犯罪も増えているらしい。
     アルルに向かう。ジュリアス・シーザーというホテルに入る。シーズンオフで観光客は少ない。ここも初めてではないようだがどこか以前より寂れた印象を受ける。
     翌朝アルルを発ってカマルグという地方へ。サントマリー・ド・ラ・メールという町やエグ・モルトという町を巡る。エグ・モルトは中世そのものの姿だったという。

    ・カルカソンヌの城
     エグ・モルトからスペイン国境に近いカルカソンヌという町へ。この町にはルノワールの長男のピエールという人が第一次世界大戦に出征して右腕を砕かれる重傷を負い、この町で療養したという逸話もあるという。
     カルカソンヌは池波さんが是非見たかったという城で、その理由は今も城内で暮らす人がいる、いわば生きている城だからという。地中海に近いこの城は紀元前から争いの絶えない土地柄だったらしい。享楽のためにではなく、実戦のために作られた城なのだ。
     城のそばのドメーヌ・ドーリャックというホテルに泊まる。このホテルの食事は良かったらしい。昼はバガスという村で地元の人しか入らないような飯屋で食事。大変素晴らしかったという。フランスの底力を見せられたように思ったという。
     この先にモンティーニュの館がある。戦後の若者にとってはこう生きてもいいのか、みたいな随想録を書いたらしい。彼は一時期ボルドーの市長でもあった。あいにく休館で、柵を乗り越えて外観だけでも、と思うと番人に追い出される。
     ピエール橋というのを渡ってボルドーに入る。ここのホテルはミシュランの四つ星と思えないくらいひどかったらしい。早々に立ち去ってポワチエという町へ。このあたりの城は以前に見ているらしい。そしてオルレアンへ。以前泊まったジアンという町に向かうが原発を見て驚く。ジアンの町も様相が一変している。
     パリに戻って友人夫妻と会う。空港のストで予定が変わるが、パリの変貌も友人からいろいろ聞いて帰国することになる。
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