「紀行 シンガポール・バリ島の旅(池波正太郎著)」
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「紀行 シンガポール・バリ島の旅(池波正太郎著)」

2019-09-25 19:00


    ・ホテル〔グッドウッド・パーク〕
     バリ島の友人を訪ねることにする。今回は運転手はいなくてもいいだろうとこことで池波さん夫妻とカメラマンの3人で。
     まずシンガポールへ。池波さんの世代には昭南で、戦時中にこの地の教育文化施設が破壊を免れたいきさつなどを記した「思い出の昭南博物館」(E・J・H・コーナー著)という本を読んだ事もあってなおさら行きたくなったらしい。シンガポールに行かれる人は読まれるとよいと書いてある。
     グッドウッド・パークというホテルは最初ドイツ人が建てたクラブを第一次世界大戦後にユダヤ資本が買い取ってホテルを開業し、第二次大戦中は日本軍が接収して戦後は中国資本のホテルになったという。ホテル内の日本料理店で夕食。ニュートンサーカスという屋台店の集まったところを見学し、トライショーというサイドカー付き自転車でホテルに戻る。
     翌朝もホテルのラウンジで朝食。たいへん良かったらしい。
     車付きのガイドを頼んで植物園へ行き、チャイナタウンへ行くがここは再開発で取り壊し中。さらに海岸のエリザベス・ウォークへ向かう。
     
    ・シンガポールからバリ島へ
     エリザベス・ウォークというのはこの国の官庁街で、市役所や裁判所などが並んでいる。
    もともとは未開のジャングルの島だったのを植民地行政官だったラッフルズというイギリス人が1800年代に買収して開発したのがシンガポールだとのこと。マーライオンを見て、ガイドの案内でネプチューンというレストランに入る。
     午後はシンガポール博物館へ。この博物館には植物園と兼ねて総長をつとめた徳川義親元侯爵をはじめ多くの日本人が貢献しているのだが、その記録はE・J・H・コーナー氏が本を書くまで忘れられていたらしい。有名なラッフルズホテルに入りお茶にする。だがサービスはダメダメだったらしい。モームゆかりのホテルでもある。
     そして空港に向かう。インドネシアにいよいよ向かう。

    ・夜の闇の魅力
     バリ島のデンパサール空港についた早々に同行の編集者兼カメラマンが嫌な経験をする。ポーターにチップが少ないと文句を言われたという。この人はそのへんの相場を知っている人で、これは開発がすすんでそのへんの相場がおかしくなっているということらしい。
     空港のすぐそばのプルタミナ・コテージに入る。食事はいまいちだった様子。
     翌朝のコーヒーショップでの朝食は少しましだった様子。ガイドの車で町営市場へ。それからアートセンターへまわり、更紗工場へ。ここでは椰子の木より高い建物を建ててはいけないそうで、空が広い。木彫りの村やウブドという絵画の村をまわる。
     池波さんは素朴だった土地が洗練された観光地に変わる途上であり、その間露骨に観光客にたかる時期があるだろうと予測する。
     夜はケチャ・ダンスというのを見に行く。電灯が無く、ヤシ油の明かりの中で踊る。食事に入った店でも同じくヤシ油とロウソクの明かりだけ。闇を濃密に感じる。この店がバリ島ではいちばん良かったという。

    ・インドネシアへの熱い思い
     バロン・ダンスというものを見る。池波さんはその衣装や所作に歌舞伎に通じるものを感じる。タービアという村に民家を見せてもらいに行く。民家は自分の家専用の墓や寺院を持っている。
     インドネシアでは信仰上の理由から子供の頭をなでてはいけない、と言うと現地人のガイドが今はそんなことないですよ、と苦笑する。
     バリ島の女性は一度結婚するとまず離婚できないそうで、結婚には慎重だという。昔は一夫多妻制だったらしい。
     バリ・ハイヤット・ホテルというところで昼食。カレ・アヤムというチキンカレーのようなものを頼む。
     夜はポピーズというレストランに行くが若者向けの店で池波さん夫妻には合わない。奥さんは少し具合を悪くする。
     翌朝飛行機に乗って日本茶を飲むと、奥さんは元気を取り戻す。
     池波さんはインドネシアを気に入るが、もうここを何度も訪れて深くきわめる体力も無いなと思う。

     これでこの本も終わる。

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