「天候改造オペレーション(ベン・ボーヴァ著)」
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「天候改造オペレーション(ベン・ボーヴァ著)」

2019-08-16 19:00



    ・今話題の「天気の子」の英文タイトルは 「Weathering With You」。そのまま機械翻訳すると「あなたと一緒に風化する」みたいに出てきちゃうけど、おそらく「あなたと天気をいじっちゃおう」みたいな意味なんじゃないかと思う。

     気象制御を正面から扱ったSFというのは私が知らないだけかもだけどあまり多くない印象で、最近の映画で気象制御衛星が暴走する「ジオストーム」というのがあったけど、この
    「天候改造オペレーション」という古典SFが真正面から天候制御を扱ったものとしてはほぼ唯一の作品のような。

     下敷きになっている理論や組織の様子なんかは古いんだけど、今でもけっこう面白く読める作品だと思う。古き良きアメリカ、善良な金持ち、野心的な科学者、健全な恋愛などまさにクラシック。

     語り手のジェレミー・ソーントン三世は大富豪一族の御曹司。彼の父はソーントン・パシフィック・エンタープライズ社という深海採鉱を行う会社を経営している。彼も父の会社の重役なのだが同じ会社には三人の優秀な兄たちがいて、彼がやらねばならない仕事は事実上何もない。そこで彼はオアフ島にオフィスがあるのをいいことに、会社に行かずにサーフィンばかりやっている。享楽的なのではなくて自分の出番が無いから、みたいな感じ。
     家業は採鉱ドレッジ(浚渫)船を特定の海域に持って行き、そこから深海に有人の圧力球を降ろして作業を行う。だが嵐のために作業が長期間停滞したり、場合によっては事故で人命が危険にさらされることも多い。
     父はこれをかねてから問題視しており、暇そうにしている彼をアメリカに派遣する。派遣先はボストン近郊にある気象学研究所。気象予測や天候改造についての研究を行っている機関で、ここのロスマンという責任者に会えという。この研究所の最新成果を嵐を避けるために使えないか、話を聞いて来いというわけだ。

     だが面会したロスマン博士は陰気な男で、天候制御などできませんよ、確かに研究所には天候制御部門もありますが何一つ成果を上げていないのです、と否定的。彼は長期予報の専門家で、天候制御部門にはいい感情を持っていない様子。リアルタイムで該当地域の最新の予報をお送りしますよ、統計に基くものですのでいつ嵐が発生するかとか、正確な嵐のルートはわかりませんが、みたいなことしか言ってくれない。

     だがロスマンと会う前に彼は二人の学者とたまたま同席して彼らに興味を持つ。一人はテッド・マレット。若手の野心的な気象学者で天候制御は可能です、と自信たっぷりに言う。彼はMITでマスターの学位を取ろうとしていて、午前中はMIT、午後は気象研究所に通うような生活。もう一人は年配のジャン・バーネフェルト博士。ノーベル賞を受賞している化学者で、人工降雨剤の専門家である。この二人は親子ほど年齢が違うがウマが合うらしい。

     ロスマンがジェレミーが長期予想の申し込み手続きや研究所の見学のためにつけてくれた女性、プリシラ・バーネフェルト、愛称はバーニー はバーネフェルト博士の姪で数学者。普段は研究所の計算センターで働いている。彼女はテッド・マレットとも仲が良く、昼食を共にすることが多い。ランチにはもう一人、モンゴル人のテューリ・ノヨンという若者が同席することが多い。彼はバーネフェルト博士の助手のような立場で化学反応の専門家である。
     ボストンにしばらく滞在することにしたジェレミーは彼らと親交を深め、一緒に事業を起こすようになっていく。
     
     テッドは数式モデルによって天気をほぼ正確に予想する方法を確立しているのだが、彼の権限ではこの検証ができない。そこでロスマンに内緒で研究所の電算機や飛行機を使い、この検証を行ってしまう。結果は彼の予想と実際の天気とはほぼ100%一致する。さらにちょっとだけ天候制御もやって、天候制御が可能だという実験結果を得る。
     実験結果を見せればロスマンも認めてくれると思ったのだが、ロスマンはそれは偶然に過ぎないと一蹴し、自分に逆らったテッドを追放してしまう。

     そこでジェレミーは父親と交渉して天候予測会社みたいなものを作り、テッドとテューリをスタッフとして迎え入れる。バーニーも来たがったがロスマンの様子を監視してほしい、と残ってもらう。ジェレミーはこのイーアラス・リサーチの社長となる。父親は1年たって黒字転換できなければおとなしく自分の会社で仕事をしろ、と条件をつけて出資してくれる。
     一年後、会社はそれ相応の顧客を獲得して軌道に乗る。ここでテッドは長期予報の結果として、アメリカを壊滅的な大旱魃と大雨が襲うことを予測する。これを防ぐには天候制御しかない。天候制御はテッドの最終目標で、正確な予報はその準備でしかない。テッドはこの方向に邁進する。ジェレミーはその影で政府をはじめとした各方面との折衝を行い、旱魃に襲われる州の議員たちを説得してマサチュセッツ洲知事を動かし、州の依頼として旱魃対策に取り組むようになる。
     だがロスマンが政治力を使って妨害にかかる。ESSA・環境科学サービス局という役所が天候に関する認可権限を持っていて、ロスマンはここに人脈を持っていてイーアラス社の営業免許や天候制御実験許可を取り消そうとする。
     テッドは旱魃を防ぐ方法がここにあるのになぜやらせてくれないんだ、と怒る。

     そしてついにテッドは決断する。旱魃を防ぐためには、自分がロスマンに頭を下げて、彼の下で全ての手柄はロスマンに譲る、という条件で天候制御を行うしかないと。

     かくしてテッドとテューリはイーアラス・リサーチを去り、ロスマンに冷遇されながら天候制御に挑み、ついに旱魃を防ぐ。だが手柄は全てロスマンのものとなり、彼はこの功績で国家勲章を受ける。だがその実績はテッドの研究成果をパクッたもので、テッドの実験データも自分のものとして発表する。

     ジェレミーはテッドが自分を見捨てたと思い、会社をたたもうと一度は決心するがバーニーのとりなしでテッドを訪ねる。そこでテッドがロスマンからひどい待遇を受けながら旱魃を防ぐためなら自分の名誉なんてどうでもいい、という姿勢で結果を出した事を知る。
     テッドには使える助手も人手も少ない。それなら、うちに発注しろよ、うちを下請けに使えよ、とテッドに提案する。テッドにとってはもともと自分が養成した部下たちだ。
     ジェレミーは彼らを解雇せずに会社を存続する収入を得て、テッドは気心しれたスタッフを部下として使える。ウィンウィンの関係である。問題はロスマンだが、名誉に酔ったロスマンは自分の名誉を支えるためだとおだてられてこれを了解する。

     だがロスマンは長期予報は認めるものの、天候制御はガンとして認めない。そこで思わぬ方向から危険な協力者が現れる。軍が天候制御の軍事利用の有用性を認め、接触してきたのだ。
     彼らに協力すれば天候制御の研究はできる。だがその結果を万人のためには使えないし、秘密主義によって公表もできない。さらにバーニーとテューリはスタッフから外せ、という。
     バーニーはたぶんヨーロッパの出自でテューリはモンゴル。アメリカの軍事機密を扱うには不適格ということだ。折衝の結果バーニーは残るが、テューリはイーアラス・リサーチに戻ることになる。
     だが政府にも軍による天候制御技術の独占を危惧する勢力があり、天候制御は平和利用されるべきだという動きをはじめる。大統領の科学補佐官・ジェロルド・ワイズ博士を味方につけたジェレミーは、テッドと相談していかにアメリカ国民に天候制御の平和利用が有用とアピールするかを考える。テッドはハリケーンさ、と答える。

     ロスマンがまたしても暗躍してテッドの動きを潰そうとしたりするのだが、最終的に今シーズン合衆国に台風が一つも上陸しないようにしてみせる、とテッドが国民の前で宣言したみたいになってしまう。

     そして台風を防ぐシーズンがはじまる。ごく小規模な操作で台風の種を潰し、ルートをそらせていくが、あくまでも対処療法的なもので、根本的な天候制御はワイズ博士が失敗時のリスクを考えて許可しない。それでも順調にいっていたのだが、ある日4つの台風の卵が同時に発生。3つまでは地味に潰すが、人員や機材が足りずに最後の一つは巨大ハリケーンに成長し、上陸ルートを進みはじめる。
     テッドはこのハリケーン・オメガの進路をそらすために、ワイズが許可しなかった大規模天候制御を実行する。オメガは進路を変えてアメリカから離れていく。

     ワイズは怒るが、テッドはハリケーンを防いだ国民のヒーローのような立場となり、大統領はテッドを中心に国家的プロジェクトとして天候制御を行うことを決定する。ワイズは二度とテッドが暴走しないように、テッドも認める最高レベルの科学者を何人も集めてお目付け役に送り込む。テッドは研究さえ出来れば満足なのでおとなしくしている。

     それから2年。テッドとバーニーは結婚してワシントンに住み、政府の仕事をやっている。テューリもワシントンにいる。
     ジェレミーは会社の経営に専念しているが、大統領の演説に招かれる。それは国連の全地球天候制御委員会の設立である。テッドもジェレミーも、委員会のスタッフとして働いてほしいとの要請を受けている。
     まだ最初の一歩にすぎないが、人類はもっと先に行けるとジェレミーは信じている。

    ーーーーーーーーーーーーー

     良くも悪くもクラシックSFという感じで、科学は必ず諸問題を解決して人類を幸せにする、という内容。
     アメリカで発表されたのが1966年、日本で翻訳されたのが1972年とのことで科学的な情報も今から見れば古いんだろうけど、カオス理論っぽい考え方が感じられて、アメリカのハリケーンを弱めるためには北極の気候をほんのちょっといじってやればいい、みたいに小さな初期条件の変化が連鎖して大きな結果を呼ぶ、みたいな描写があったり、コンピューターの並列処理(ただし並列させるのは当時の大型コンピューター)みたいな描写があったりする。
     未来予測的な要素も入っていて、自動運転車が普通に使われていたり、大陸間の移動は飛行機より弾道ロケットが使われていたりもする。

     気象制御の理論そのものははっきり書かれていないけど、電算機内に気象の数値モデルを作って、これを大型コンピューターを何台も並列させて計算し、どこをどう変えればどう天候が変化するかをシュミレーションして、そうなるようにレーザー衛星で特定の地域の温度を上げたり、降雨剤を使って雨を降らせたりしながら巨大ハリケーンも消してしまう。

     日本にもJAMSTECの地球シュミレーターというのがあったけど、それみたいなことをやっている。

     中心的な科学者のテッド・マレットは一歩間違えればマッド・サイエンティストになりかねないエキセントリックな人物で、彼は研究さえできれば人の信頼や約束を平気で破る一方で金も名誉も欲しがらない。そのために嫌な奴に頭を下げることも厭わない。科学が政治的理由で進歩しないことには我慢がならないという人物造形で、描き方によってはすごく嫌な人間にもなりそう。
     彼を抑えてまともな人間としてふるまわせているのがヒロインのバーニーと、科学の専門家ではないが常識ある商売人であると同時に新しい分野に積極的に出て行こうとするベンチャー企業家の資質を持った語り手のジェレミー。彼は大企業の御曹司だけどビジネスマンとしては有能で、人脈を開拓してテッドの計画を下院議員や大統領補佐官、大統領本人を動かして実現させていく。
     何かが成功するためには科学者だけではだめで、有能なビジネスマンと組んでこそうまくいく、ビジネスは自分が儲けるだけではダメで人類のためにならなければ、という古き良きアメリカの精神みたいなものが感じられる。組織に埋没していては駄目で、自分のやりたいことのためにはためらわず組織を飛び出して自分の場を作るベンチャー気質みたいのもいかにもアメリカ。
     一方でロスマンのような科学者が権力を握って新しい研究を潰したり妨害したりする弊害や、軍事利用される事の恐ろしさ、軍との距離の取り方なども描いている。
     ヒロインのバーニーはテッドとジェレミーの間で揺れ動いて、一時は常識人であるジェレミーの方にも傾くのだけど最終的にはテッドを選ぶ。それでも三人は今後も人類の明日のために一緒に働いていくだろうみたいな関係。

     今こういうのを書いても相手にされないだろうし、天候制御など原発なみの危険な技術みたいに扱われて必ず自然のしっぺ返しを受けるだろう、みたいな方向にしか行かないんだろうけど、底抜けの科学に対する信頼感みたいのが今読むと新鮮だったりする。
     現在の最新の知見を使って書き直したらけっこう面白くできそうだけど、悲観的な話になっちゃうかも。

     天気の子にあやかって新版出したら売れたような気もするのだけど。
     未訳の続編があるみたいでついでにそちらも訳してくれたらよかった。
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