「考証江戸奇伝(稲垣史生著)」②勝小吉の擬悪の世界
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「考証江戸奇伝(稲垣史生著)」②勝小吉の擬悪の世界

2019-11-09 19:00


    ・勝小吉というのは勝海舟のお父さん。かなりの暴れん坊だったらしく、自伝みたいな「夢酔独言」という本を出している。これにはいろいろと若い頃からの武勇伝みたいな自慢話みたいなが書いてあるらしい。
     幕府の御家人でありながらやくざを子分とし、放蕩と喧嘩を繰り返して女に入れ揚げ、借金で首がまわらなくなると用心棒や道場破りで荒稼ぎ。座敷牢に入れられるがその牢を破る。
     その中に御願塚(ごがづか)ゆすり事件というのがあって、著者はこれが信じがたいと今回検証する。

     事件の顛末は、勝家は岡本という旗本の屋敷内に一角を借りて住み込んでいたのだが当主がしくじって600両という借金を背負う。知行地つまり岡本家が持っている土地の百姓に出させるしか急場をしのぐ手段がない、ということで小吉が岡野家用人のふりをして大坂近くの摂津にあった御願塚という知行地に乗り込んで百姓と談判しようとするが全く話にならない。やくざの手下を使って脅すと逆に竹槍を持って押しかける。そこで一計を案じて、大坂町奉行は俺の友達だ、彼に言ってお前ら磔にしてやるぞみたいに脅したり、自分がお前らのせいで切腹しなければならなくなった、と白装束で現れたりと硬軟いろいろ使ってついに金を出させたという話。

     著者はこれを読んで、御家人である小吉が旗本の岡本家に住んでいること自体がおかしいと思う。大名の屋敷は私物ではなく、公儀から授かった借り物であり、これをまた貸しするのはご法度のはず。
     また百姓を脅かした手口も狂言切腹の話も芝居や昔話にある。本当にやったのかどうも怪しい。

     著者はまずこの岡野孫一郎なる旗本を探す。相模原市資料館を訪ねてわかったのは北条氏から出た一族のようで、関が原でも手柄をたて飛び地の知行地を攝津に賜ったらしい。現在の伊丹空港にあたるらしい。岡野孫一郎はその十代目。1672石の旗本小普請組。屋敷も切絵図に描かれている。さっそく現地に行くと勝海舟揺籃の地の棒標がある。

     深川八幡の永昌五社稲荷というのの前に水盤があり、その周囲に奉納者の名が刻まれているがその家紋がおかしい。みんなアルファベットになっている。

     いろいろ調べると当時は武家の力は衰えていて、旗本はどこも借金まみれ。敷地内にはいつしか御家人であろうと町人であろうと住まわせて金を取るようになっている。一方で一番カネを持っていたのは材木商人。彼らは西洋かぶれ、いわゆる蘭癖となって家紋をアルファベットにしゃれたりする。
     御家人などは旗本以上に窮乏し、やくざ同然の生き方をしていたものもめずらしくなかったらしい。

     ということで著者は、小吉の「夢酔独言」の内容は、まんざら嘘っぱちでも無さそうだ、と結論を出す。
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