「蘆刈(谷崎潤一郎著)」
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「蘆刈(谷崎潤一郎著)」

2019-10-11 19:00



    ・大阪と京都の府境あたりに木津、宇治、加茂、桂などの川が合流して淀川となる洲があって、水瀬川などという川もこの近くで合流するらしい。語り手は水瀬川に沿って歩いてきて、その淀川になる合流点のむこう側にある橋本という街の灯りを眺めている。
     古典に詳しい人らしく、増鏡や信長記(しんちょうき)などの書名や多くの人名を思い出しながら大昔のこのあたりの貴族の生活ぶりなどを夢想している。夕暮れ近くに急に思い立ったもので、その日は15夜なので月を眺めてぶらぶらするか、みたいな。

     洲の剣先とか書いてある突端みたいなところで月を眺めて酒を飲み、和歌などを考えていると、近くに同じように月を眺めながら酒を飲んでいる人がいたのに気付く。彼は酒を勧めて謡を聞かせ、次第にある話をはじめる。以下は語り手がこの男に聞いた話として記される。

     語り手を代わった男は子供の頃に父親に連れられて淀川をさかのぼり伏見あたりにある大家の別荘のような屋敷の近くに行き、中から琴や三味線の音が響いて来るのを聞いた記憶を語る。父親はその家の裏手に回ると生垣の隙間からのぞきこむので男も一緒にのぞく。
     庭に突き出したような欄干付きの座敷でお月見の宴会を開いているらしく、燭台の灯りの中で楽器を奏でる人のほかに舞を舞っている人もいる。腰元が銚子など持って回っている様子を見ると琴をかなでているのが女主人らしい。はっきりわからないが若い人らしい。これが十五夜のことで、それから毎年同じことが続く。どうもこの女主人と父親にはわけありらしいのだが、父はいつも垣根の隙間から覗くだけである。

     その女性は お遊様 というらしく、17歳で嫁にいったがすぐに夫に死に別れ、両家の老人にしきたりにうるさい人がいて再婚は事実上不可能な身の上だった。男の子も一人さずかっていたという。だが再婚できないことをのぞけば自由気ままに暮らしていて、嫁ぎ先でもうとんじられることもなく大切にされていたという。

     語り手の父親もそこそこいい家の出で、芝居見物に行ったときにお遊を見初める。当時父は28歳でお遊が20代前半くらいだったみたい。父の妹夫婦がお遊さんの家と付き合いがあったらしく、その後も会う機会があるもののそのようなわけでお遊さんは手の届く人ではない。

     そんなうちにお静というお遊の妹と父は見合いをすることになる。父は見合いに行くとお遊さんに会えるというのでこれを長引かせて何度もお静と会うのだが、やがてお遊からお静を嫌いでないならもらってあげて、みたいに言われてお静との結婚を決める。

     だが嫁に来たお静は、姉は貴方を慕っており、貴方も姉をお好き。自分はうわべだけの妻として貴方と姉の縁をつなぐために嫁に来ました、だから貴方に身をまかせると姉に申し分けないので形だけの妻としてここに置いてくださいみたいな。

     そして父とお静とお遊さんは三人で遊びにいったり互いの家に泊まりにいったりして、お静はなるべくお遊と父が一緒にいられるように気を配る、みたいな生活になる。
     父はお遊さんにとっては密かに慕う相手でもあり、兄妹のような関係でもあり、もともと着替えや入浴も女中の手でされるのが当たり前の人であるから兄と妹が手伝うのに何の抵抗もない。お静は父にお遊の着替えを手伝わせ、あるときなどは乳の張ったお遊の乳房を父の目の前で口に含んで吸って見せ、父にも飲ませたりする。父とお遊が間違いを起こし、互いの望みをかなえることを狙っているようでもある。お静はころあいをみて自分と語り手の父にはいまだに夫婦関係がないこと、心の中の願望通りお二人で仲良くなさいませ、みたいなことを打ち明ける。お遊は驚き少し姉妹の間に距離ができたりもするがやがてもとの状態に戻っていく。

     父とお遊は枕をならべて寝るようにもなるが、二人が実際にそこから先に進んだのかは語り手にはわからない。やがてお遊の子供が病死して離縁することになり、実家ではお遊と妹の夫との仲をうすうす察していてある資産家にさっさと嫁入りさせてしまう。

     この時父とお遊は心中も考えるが、父はそんなことをすれば相手を汚すように思って嫁にいってそこで優雅にお暮らしくださいと送り出しお遊も受け入れる。

     資産家はかなり年上で、すぐにお遊に飽きて別に女を作り寄り付かなくなるが、互いの家同士の約束もあって家を与え、自由気ままに暮らさせている。だが父とお遊は二度と会えないこととなった。

     語り手は、お遊と会えなくなってはじめて本当の夫婦となったお静の子だという。そして今も父が生きていたときと同じように十五夜の晩にはお遊の屋敷の月見の宴をのぞきに通っているのです、今宵もこれから、みたいに言うので本来の語り手は相手の年恰好から、でもお遊さんはもう80ちかいのではと問いかけると男の姿は月の光に溶けいるように消えてしまう。
     
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