「駿河城御前試合(平田弘史著 原作 南條範夫)」蝦蟇剣法
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「駿河城御前試合(平田弘史著 原作 南條範夫)」蝦蟇剣法

2019-11-13 19:00


    ・駿河藩に舟木道場という名門の道場があり、ここでは宙に投げられた兜を両断する、という形式の試合が伝わっており、高齢の道場主一伝斎はこの兜投げで斎田宗之助を後継者と決め、一人娘千加の婿として道場を譲った。

     だがそれから半年ちょっと過ぎた頃、宗之助は何者かに両足を斬られた上に鼻を削がれて殺された。兜投げは本来後継者や婿選びとは無縁の毎年恒例のものだったが、二年連続してこの行事が道場主を決める意味合いを持つこととなる。千加の婿となるのももちろん。

     道場内では倉川喜左衛門が斎田宗之助に継ぐ実力者で、見事成功させたがそこに異議を唱えたものがある。彼屈木頑之助は昨年の兜投げにも参加したものの失敗し、そのまま無断で逐電したののだった。彼は行き倒れの浪士の子であったのを哀れんだ一伝斎が引き取り、この道場の雑用をこなしていいるうちに道場での稽古を許されたのだがあまりにも勝ちに執着する乱暴な剣を使うため周囲に敬遠されている男だった。不幸にも容姿にも恵まれず、蝦蟇に似ていたためこれも嘲笑の的になりますます孤立を深めた。

     彼は千加への淡い憧れを心の救いとしていたのが、孤立を深めるにつれて何としても千加をものにする、という執着に変わってしまい覗きまがいのことを習慣とするまでに歪んでしまっていた。そして兜投げの勝者が彼女をめとると聞くと思わず参加したものの、千加が頑之助など夫にはできぬという意志を示したこともあり、兜を投げる一伝斎はわざと斬れないような投げ方をして頑之助を退け、意中の宗之助には斬りやすいようにはからってこれを不服に感じた頑之助は逐電し、一人腕を磨いて宗之助を斬ったのだった。

     兜投げに乱入した頑之助は倉川喜左衛門の足と鼻を斬って倒すと、さらに数名の門弟を斬っていずれ千加をもらいにくるぞ、と言い残して去る。頑之助の剣は這い蹲ったような姿勢から卑怯とされる足を狙い、さらに剣が一気に跳ね上がり、鼻や喉を狙う異端の剣であるが強い。千加は美貌であこがれる者も多いのだが頑之助を恐れて求婚者は絶える。

     この時駿河藩一の一刀流の使い手として知られた笹原権八郎が千加に求婚してくる。彼は頑之助が暴れた兜投げ当日にも立会人として招かれており、その剣の恐ろしさも十分に知った上で決意したものだった。藩の槍術指南をつとめる従兄の笹原修三郎は頑之助の異端の剣は権八郎の一刀流では倒せまい、とこれを止めるが権八郎は聞き入れず千加と式をあげる。

     十分な警戒を怠らない権八郎だったが頑之助は権八郎の留守を狙って屋敷に侵入し、一伝斎を斬り千加を手篭めにして去る。千加は自害して果てる。復讐を誓う権八郎だったが彼も惨殺体で発見される。藩はもはや放置できぬと頑之助を討ち取ろうと動きはじめるがこれを笹原修三郎が止める。拙者が御前試合で立ち会うと頑之助に申し入れましょうと。

     頑之助は千加の自害を聞き、もはや生きる目的も失っていたがおのれの腕を試したいとの一心からこの試合に姿を現す。

     修三郎の槍は見事頑之助の胸を貫くが、彼も右足と鼻を失う。槍は心臓をわずかに逸れており、頑之助はよろよろと去ろうとするがそこに一斉射撃を浴びて倒れる。
     片足となった修三郎が槍で身体を支えて立っている。
     
     
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