「真昼のワンマン・オフィス(城山三郎著)」
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「真昼のワンマン・オフィス(城山三郎著)」

2020-01-21 19:00



    ・落日の丘に・ロサンゼルス
     現社長が一代で起こした商社のロサンゼルス支店は総勢5名。主人公はここで支店次長を長く務めているが日本に帰りたい。妻子も同伴しての赴任だ。本社が無茶な命令を出すおかげで、少しずつ信頼関係を築いてきた長年の取引先と強引に契約を切らざるを得ず、板ばさみになった支店長は体調を崩して帰国。代わりに本社きってのエリートが新支店長として赴任してくる。非常にドライな男で、主人公にどんどん相手が怒るような条件を押し付けさせて自分は知らんふり。汚れ仕事は全部やらせて恩人の記念碑を立てるなど美談作りに余念が無い。
     だが報いがやって来る。

    ・樹海はるかに・シアトル
     最初の勤め先が大手に吸収合併されて外様として働いてきた主人公。今度大手商社がその会社と業務提携をするという。だがこれは身売りにつながりかねない。出先のアメリカ勤務の幹部も意見を求められるが、彼はただ一人提携反対を唱える。専門性が高い仕事は規模を大きくしてもうまくいかないと思っている。だが大勢には逆らえない。結局ボンボンの三代目社長は会社を売り、自分は悠々自適の生活に入ってしまう。商社から派遣されてきた上司は大雑把な人物で攻めのタイプ。主人公ともウマが合い好景気もあって売り上げを伸ばすが、それが災いして輸出規制の対象になり後始末をする羽目に。

    ・大峡谷の男・グランド・キャニヨン
     電動芝刈機の販売代理店網設置のためロサンゼルスに赴任した主人公。二年の約束が延びに延びて、着任時2歳だった娘は小学三年生に。主人公も出張所長という肩書きになって現地トップだが、彼は日本こそ自分の活躍の舞台と信じ帰りたい。
     娘はだんだん日本人というよりアメリカ人の感性を身につけていくようで気に入らない。富士山より、グランド・キャニヨンの方が素晴らしいと言うのだ。
     そんな時、ライバル会社の社長から連絡がある。販売店網ごと引き抜きたいというのだが。

    ・汀を行く男・ニューオリンズ
     ディープサウスと呼ばれるアメリカ南部のガルフポートという町近く。日本人など見かけない奥地で二人の日本人が出会う。一人は主人公で日本車の販売にやってきたばかり。彼は学生運動に挫折してアメリカに逃げ、日本メーカーに現地採用された。
     もう一人は雑貨や小物の見本を持って長年売り歩いているという男。カツラやヘアネットが主力商品だという。男はどこかくたびれた印象がある。海岸線に沿って、いわば汀を歩いて売り歩いているらしい。
     それから数ヶ月ごとにどこかしらで遭遇するが、主人公は男をみじめでこっけいと思うようになる。時々立ち寄る日本食レストランで男の話題が出るが、本業の傍ら投資をしていて、日本に帰ってマンション経営をするのだと言っているらしい。男はその資金つくりのために宝石の密輸に手を出していたのだ。小規模に長年かけて。
     やがて貿易摩擦などで商売がいけなくなり、行きつけの店も閑古鳥が無くようになる。そこで主人公は男の訃報を聞く。

    ・黒人地区のはずれ・シカゴ
     ある日系商社で現地採用の形で雇われた男。仕事はできるのに日本から派遣されてくる社員から一段下に見られ、支店長からは雑役夫扱いされる。結局つまらぬことで衝突し退職する。
     彼は黒人地区の安アパートに住んでいる。家主は日系二世の老人だ。
     男は同じアパートに住むユダヤ人に誘われて彼が支配人を務めるスーパーに職を得る。会計係、つまりレジ担当だ。男はここでユダヤ商法の外からはわからない凄さを垣間見る。そして高給で釣った技術者がその後悲惨な扱いを受けたり、スーパーの落ち度で重傷を負った黒人の女性客に主人公に偽証させて冷淡な対応をするドライさも。
     そのドライさは男にも向けられていて、親切を装ってユダヤ人女性を紹介されたところから急所をつかむような形でからめとられていく。さらに支配人はゆるやかにアパートの店子を追い出しにかかり、日系二世の家主からもアパートを奪おうとしている。
     支配人もユダヤ人女性も、国を愛する心は無く、国家や国籍はただ自分の欲と金儲けのために利用するものでしかないこと、だから彼らにとって国籍は簡単に捨てたり新たに手に入れたりする道具に過ぎないことも思い知らされる。

    ※強欲なこの支配人が、今読むとどうしても某ガーン氏に見えてしまう。

    ・セントルイスの男・カンサス
     光学メーカーのサンフランシスコ支店勤務の男。彼は最初に就職した会社が同業他社に吸収され、さらにその会社の人員整理で関連会社に押し付けられる形でここに来た。
     彼は営業畑の人間で、貿易摩擦の影響で支店業務が販売拡大から技術畑の人間によるアフターサービスにシフトすると支店内で浮いた存在になってしまう。
     彼はニューヨーク出張に長距離バスでゆっくり行こうと支店長の許可を得る。彼はバス旅行が好きなのだ。周囲はまた物好きがはじまった、という目で見る。
     プロパーでは無く技術職でもない彼は、ここでもう出世の望みもなくただ年をとっていくだけ。どう思われてもかまわない。
     長距離バスに乗るのはアメリカでも下層の貧乏な人々が多い。最近は物騒らしいけど大丈夫かい?などと支店長には心配とも揶揄ともとれる言葉を投げかけられるが主人公はこれまで気のいい人に出会うことが多く乗り合いバスの旅が気に入っていた。
     だが今回は少し様子が違った。客に金をせびってまわるプエルトリカンの高校生たち、隣には椅子からはみ出るほど肥えた黒人女性が座って強く匂うサンドイッチを食べる、寝たと思えばいびきがすごい。おとなしそうに見えた老婆が突然錯乱してわめきだし、警官が来る。さらに極めつけはトイレに行った隙に愛用のカメラが消えてしまう。
    主人公はある男性客を犯人と疑う。痩せて元気の無さそうな白人だが、高校生たちに凛然とした態度を示し、人を寄せ付けない孤高の人物のようでありながら、突然にこやかに話しかけてくる。彼はセントルイス出身だが、女性問題で町にいられなくなったらしい。かと思うとまた一切口をきかなくなる。そしてまた話しかけてくる。気分が不安定な男なのだ。
     主人公は仕事は?と尋ねたら「クラーク・アンスキルフル(事務員・不熟練)」と答えた彼を自分の同類のようにも思い、話にあからさまな嘘が混じる彼にやるせないものを感じる。

    ・金門橋に死す・サンフランシスコ
     金門橋には一年中塗装工がいるという。アメリカに建築の勉強に来た男性が、日本観光帰りの日系三世の娘と船の中で知り合う。二人はやがて結婚し、男性はアメリカ市民権を得る。大学に学士入学して将来に希望を持つ。二人のデート場所は金門橋がよく見える公園が多かった。
     男性は卒業すると設計事務所を開業し、日本人街の老朽化した建物を全体の調和を考えながら立て直していく、というプロジェクトを持ちこんで手ごたえを得る。妻は懐妊する。すぐに二人目も。
     だがここでは思うように職人が集まらず、工事は遅延する。違約金が発生する。
     すすめられて日本人街の祭りの実行委員も引き受ける、きつかったがこのことで有力者との伝手を得る。
     だが当たり屋の疑いが強い黒人少年をはねたところからトラブルが続くようになり、有力者からの仕事の受注にも失敗する。彼は日本人でもなく、アメリカに根を下ろした二世・三世でもない、どちらからも受け入れられない存在になってしまったのだ。
     そして下の子が肺炎で死に、妻が心臓病で急死する。
     彼は421人目の金門橋からの投身自殺者になった。

    ・ミルクコーヒーの男・サンディエゴ
     日本で学生運動に明け暮れて居場所を失い、アメリカで働く男。現地採用なので日本から派遣される社員より待遇が悪い。だが自分は常に正義の側であったという自負と挫折感とがあり、自分の方が正社員より意識が高い、たとえば黒人問題についても深く理解していると思っている。
     日本人正社員と話すうちに共通の黒人眼科医の話になり、相手がこの眼科医を褒めるのにあんな奴、と内心思う。彼から見れば黒人の恥みたいな、事なかれ主義の男だった。
     自分さえよければという感じでのんきな生活をし、同じ黒人の貧困や差別には知らんふりをする奴、みたいな。
     男は商社の仕事で危険と言われる地域に派遣されることとなり、不安と同時に昂ぶりも感じている。ゴルフ仲間であるこの黒人も交えて壮行ゴルフを、という話になる。
     彼はゴルフだけが楽しみ、というこの黒人眼科医に比べて自分はなんと覇気があるんだろう、という気持ちでゴルフを終え、危険な任務をこなして帰ってくる。
     だが結婚を考えていた日系女性とささいなことで仲たがいしてしまい、その時にこの黒人男性に対する評価も意見の相違となる。男は女性と仲たがいしたことをお前のせいだ、みたいに黒人男性に話すのだが、その解答として彼の過酷な経験を思い知ることになる。

    ・ブロードウェイ百三丁目・ニューヨーク
     マンハッタンで暮らす日本人商社員。現地採用の準社員という身分。同じ会社の支社長と日本料理店でよく居合わせるが、あちらは上客で差別を感じる。会社ではろくに口もきいてもらえない。企画を出しても全部握りつぶされる。ここにいても将来はない、と転職も考えているが、声をかけてくれるあてはあるものの兄弟がやっている小さい会社で、不安も大きい。
     その日本料理店のホステスが好きなのだが、仕事で何も実績を残さないうちは口説くこともできないでいる。
     この地域は以前は老いた白人が安心して住める牧歌的な一帯だったものが、次第に黒人やスパニッシュが増えて治安が悪化し、スラム化してきている。彼もこの地区に危険を感じるようになっている。
     日本料理店の、彼が好きなのとは別の既婚女性を愛人同様に扱っていた支店長が、女性の夫に殴り殺されるという事件が起きる。だが彼が好きだった女性や旧知の黒人警官も含めて、関係者が全員これを殺人ではなく事故死である、と露骨に証言を変えて処理しようとすることになり、これに巻き込まれる形で解雇される。
     以前から誘ってくれた小さな会社に移り、経営者兄弟のあまりのいいかげんさにあきれながらも怪我の功名のような感じで仕事は成功する。だがあまり満足感はない。好きな女は彼に黙って日本に帰って結婚し、旧知の黒人警官はいざこざに巻き込まれて射殺される。
     男は虚しさを感じて、海に入り沖に泳ぎ出す。

     著者の城山さんは日本の戦後復興期から高度経済成長期にかけて、海外でエコノミックアニマルとさげすまれながらも世界中の津々浦々まで分け入って、事実上自分一人しか社員がいないワンマン・オフィスを拠点に商談を重ねて日本を豊かな国に変えていった、だが自分自身は家族や自分の人生も犠牲にして朽ちていったような日本人に焦点を当ててこの連作を書いたみたい。城山さん自身もアメリカに何度も行っており、長距離バス旅行なども経験しているらしい。そうした肌で感じた感覚が反映されているのだろうと思う。
     
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