「写楽・考(北森鴻著)」②湖底祀(みなそこのまつり)
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「写楽・考(北森鴻著)」②湖底祀(みなそこのまつり)

2020-01-26 19:00


    ・東北に講演旅行に出た蓮丈那智助教授から研究室で留守を預かる三國助手にメールが入る。
    ある湖の湖底に江戸時代初期の神社跡が沈んでいる可能性がある、という記事が地方紙に載っていたらしく、これを詳しく調べろということらしい。結局三國は那智の出張先に呼び出される。もう一人の助手の佐江由美子も他の出張先から呼び出されている。

     この湖は円湖という名前なのだが全然丸くない。何故こんな名がついたのか疑問であるが、神社跡の存在を言い出した郷土史研究家は既にいくつかの建物があったであろう窪地に突然水脈が噴き出して湖となったのだろう、その際に神社がここにあったのであれば、壊れて水に沈みゆく鳥居は円という感じに見えたに違いない、だから円湖なんだ、ということは水底には神社があるに違いないというどこか説得力があるような裏付けが何もないような説を主張しているらしい。だが提唱者の郷土史家は村長を動かせるらしくその主張に従って水中カメラによる調査が行われ、石でできた鳥居らしいものが本当に発見されたという。

     那智はそれ以上は何も発見されないだろうみたいなことを取材にやってきた顔見知りのマスコミ関係者に話してしまうが、するとっ郷土史家は宿泊先に殴り込んできて、不在の那智に代わって三國を殴り倒して昏倒させる。
     助役が誤りに来たのでついでに水中踏査の記録を見せてもらうと、浮かび上がってくるのは鳥居とは何だろうか、という民俗学の根本的な問いだった。

     塞の神という概念が民俗学にはある。この世界とあの世とを分ける境目みたいなもので、地面に突き立てた杖や柱として現れる。これの発展形が鳥居なら、鳥居そのものが信仰の対象となり得る。鳥居が神社の付属物なのではなく、本体は鳥居で神社はあの世にあるものを具現化した付属物なのだ、というのが那智の論考みたいな。

     郷土史家は論考を進めて湖底の鳥居を発見したのではなく、先に鳥居を発見してから後付けで無理やり説明を作ったのだ。それが村の発展を願う村長を動かして、郷土史家のある犯罪を隠す結果となっていた。

     そして那智は助手二人を置いてきぼりにするように、青森に向かっている。

     

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