「影を踏まれた女(岡本綺堂著)」
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「影を踏まれた女(岡本綺堂著)」

2020-02-24 19:00




    ・岡本綺堂さんの怪談集を一度ばらしてまとめ直したものの第1巻。
     15編が収録されているけど、うち12編は「青蛙堂鬼談」というタイトルで一冊にまとめられていたもの。これは以前レビューしたことがある。
    https://ch.nicovideo.jp/metabou/blomaga/ar1687657
    https://ch.nicovideo.jp/metabou/blomaga/ar1691207

     ので省略。残る3編はもともと「近代異妖編」という本に収録されていたものとのこと。
    なのでこの3編のみレビューする。

    ・異妖編
     怪談会のような会で物知りの人が語った話三編を紹介する、みたいな前口上がある。
     一 新牡丹燈記
     いわゆる牡丹燈籠の元ネタが牡丹燈記(ぼたんとうき)という話だそうで、この異伝みたいな。嘉永初年、四谷塩町の油屋、亀田屋の女房が市ヶ谷の合羽坂下を通る。時刻夜四つ半、今の午後11時近く。親戚に不幸があって半通夜の帰りである。熊吉という小僧を連れている。
     すると道の真ん中に盆燈籠。二人が気付くと灯がともり、ふわふわと宙に浮く。
     女房は気味悪がって引き返そうとするが度胸のある15歳の熊吉は燈籠に石を投げつける。
    すると燈籠の灯りは消えるがまたともり、女房の方へやってくる。思わず戸締りした商店の戸を叩くと、燈籠は彼女を飛び過ぎて商店の中へかき消える。
     隣家の主人が起きだしてきて、小間物屋を営むこの家の娘お貞は時々町をさまよう夢を見て、先日も侍に追われる夢を見たというのだが、侍は火の玉を目撃して追ったらこの家に逃げ込んだ、と隣家を訪ねてきたことがあったという。今回もそうだったらしいがその後娘がそうなったかはわからない。

     二 寺町の竹藪
     嘉永四年三月はじめ、おなおという11歳の娘が浅草田島町に住んでいる。近所の娘たち数名と往来で遊んでいると、いつの間にかお兼(おかね)という同い年の娘がいる。この子は先ほど家に帰ったはずなのだがと話しかけると、あたし、もうみんなとは遊ばないの と言い残し、寂しげに立ち去る。お兼は自宅とは違う、竹藪の方に歩いて行く。
     両親に話すがとりあってもらえない。だが母親がそのあと湯屋に行くと、お兼が行方不明だと噂になっている。
     おなおは親に連れられてお兼の家へ行き、事情を話す。近所の大人たちが竹藪の中を探したが見つからず、あくる日に深川で裸のお兼が縊り殺されている。犯人は13歳のお長という子守娘らしいということになる。お兼の遺体のそばにお長が子守していた子供が放置されていて、お長は姿をくらましたので。
     そのまま数日が経ち、おかよたちはまたしてもお兼が歩いているのを目撃する。子供たちはそれぞれの親に注進し、調べたところ竹藪にお兼の着物を着たお長が首を吊って死んでいる。

     三 龍を見た話
     安政三年、江戸に暴風雨が襲い来て大被害となるがそのさ中、夜四つ(午後10時)に大川沿いを諸住伊四郎という侍が歩いている。急病の叔母を見舞っての帰りである。提灯も吹き消されて真っ暗な中を吹き飛ばされそうになりながら。傘など役にたたない。
     この時地面を這う巨大なものを見る。かれはこれを稲妻の光で見て龍だと思う。龍は大川の逆巻く波に消える。かれは龍の鱗らしいものを拾って持ち帰る。
     彼が龍の鱗を手に入れたということは評判になり、見に来るものが絶えない。やがて叔母の奉公先の大身の主人からも望まれて、伊四郎は持ってゆく。礼を言われご馳走になって、その帰りに彼は行方知れずとなってしまう。竜巻にさらわれたらしいという目撃談もある。
    諸住に子は無く、御家は断絶となった。

    ・月の夜がたり
     こちらも三つの話。いずれも月夜にかかわる。
     一 七月の二十六夜
     明治8、9年ごろ、若い落語家の経験談。師匠の家にいつまでも居られないと下宿を探している。手頃な家を見つけて当時の習慣で勝手にあがりこんで見聞する。すると奥の三畳間に老婆の横顔。留守番と思い呼びかけるが返事をしないしこちらを振り向きもしない。耳が遠いのだな、と近所の荒物屋さんで大家さんの所在を尋ねるついでに老婆のことを話すと、また出ましたかという返事。彼はこわがりで借りるのをあきらめる。

     その日、旧暦の七月二十六夜は月を拝む習慣らしく、夕方また出かける。人ごみをうろうろするがあちこちでこの老婆らしき人影を見る。彼は震え上がる。ひいきの家にころがりこんで仔細を話すが笑われる。一泊して師匠宅に帰るとここでも笑われる。
     調べるとやはり婆さんの幽霊が出る噂は本当で、その家は結局借り手のないまま火事で焼けて無くなったという。

     二 八月の十五夜
     明治の終わり頃、芝の桜川町付近が市区改正のため取り壊されることとなり居住者立ち退きとなる。立ち退くことになった煙草屋の主人がこう言い残す。この家には一年に一度、八月の十五夜に二階の梯子の下に幽霊が出ると。
     そう聞いて床下を掘り返すと五つの髑髏が出たが三つは犬、残りはムジナかタヌキらしかった。結局それ以上のことはわからない。

     三 九月の十三夜
     明治十九年、小石川大塚に住んでいた語り手はまだ少年で、周囲は場末の寂しい町だったと話す。
     近所の旗本屋敷が売りに出て、銀行員の一家が住み暮らすようになる。この家の子供が語り手と同じ中学で、庭にある稲荷から蛇が出た、とある日呼びに来る。
     迷信を信じない銀行員は稲荷を取り壊そうとしたのだが、この稲荷が十三夜稲荷。中には女の髪を収めた箱があり、不義を働いて手打ちになった妾のものらしい。蛇はこの稲荷の縁の下から出て藪に消えたという。
     その家の子供はあまり健康でなく、一年遅れで卒業すると医学校に進んだものの娼婦と心中してしまう。相手の女はこの旗本屋敷の前の持ち主の娘だったらしい。それが十三夜のことだったという。

    ・影を踏まれた女
     江戸の終わりから明治の初め頃、当時の子供の間では月夜の晩に
     -影や道陸神、十三夜のぼた餅ー という歌を歌いながら影を踏む遊びが流行っていたらしい。道陸神(どうろくじん)というのは道祖神と同じ意味らしい。
     たいていは近所の子供同士が互いの影を踏みあうが、時には通行人の影を踏む者も出る。
     嘉永元年9月12日、芝の近江屋という糸屋の娘おせき17歳が子供たちに影を踏まれる。子供たちは笑って逃げてしまうがおせきは驚いて自分の家まで逃げ、店先で倒れこんでしまう。家族に影を踏まれたと訴えるが気にするなととりあってもらえない。
     だがおせきは影を踏まれると悪いことが起きると信じるタイプで翌日の十三夜の月見もせず、以来夜歩きも避けるようになる。
     師走になって親類の家で老人が倒れ、おせきが出向くことになる。幸い大事に至らなかったが帰りは夜になってしまい、実はこの家の息子とおせきはいずれ夫婦になる約束もあってその息子が送ってくれる。その日は月が明るい。おせきは月を見てまた不安になる。
     寒い夜で子供はいなかったが、野良犬が二匹現れて、息子が追い払おうとするのにかまわずおせきの影を踏みにじる。
     これ以来、おせきは陽の光も恐れるようになり、家に閉じこもる。やがて燈火も嫌うようになり、薄暗い部屋に漂うばかり。自分の影がうつるのが怖いのだ。
     何人かの医者に見せるが気鬱の病というばかり。嫁入りも伸ばさざるを得ない。
     やがておせきの両親はすがる思いで評判の行者を訪ねる。行者は両親に蝋燭を持たせ、この蝋燭に映る娘さんの影を見るようにと指示を出す。
     これは一度は失敗するのだが、次の9月12日にもう一度試すとおせきの影は骸骨になっている。行者はこれを聞いても黙するばかり。狐の影が映るなら祓いようもあるが、これだとどうしようもないと見える。
     婚約者はなんとかおせきを元気付けようとわざと月夜の晩に彼女を連れ出すが、この日はおせきも素直についてくる。子供が影を踏もうと寄ってくるが、怖がって逃げていく。婚約者が見るとおせきの影は骸骨である。思わず彼が手を放して家に戻ると、その間におせきは化け物め、と通りすがりの侍に斬り殺されてしまう。


     以上。なぞ解きも因果も無く、まるで天災のような避けようのない怪異談が多い気がする。
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