「思い出すことなど(夏目漱石著)」表題作以外
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

「思い出すことなど(夏目漱石著)」表題作以外

2020-04-08 19:00




    ・岩波文庫の「思い出すことなど」には 他七篇 と添え書きされていて、比較的短めの文章が表題作の他に7つ収録されている。

    ・長谷川君と余
     長谷川君というのは二葉亭四迷こと長谷川辰之助のこと。漱石と同じ朝日新聞の社員であり、小説を書き、一時期は同じ西片の町内に住んでいた二人で漱石の方が朝日社内では後輩だったみたいだけど特に挨拶に行ったりもしなかったので話をする機会もほとんどなかった。
     長谷川辰之助はロシアに行って病を得て、帰国中の船内で客死してしまう。これはその追悼のために書いた文章とのことで、そんなふうな生前の縁はこれこれこうこうだった、と書かれている。

    ・子規の画
     友人で会った子規が生前漱石に送った菊の絵に関する話。

    ・ケーベル先生
     東京帝国大学で哲学を教えたロシア出身のケーベル先生は人格に優れ、学生に敬愛されていたという。漱石も学生時代に美学を教わって以来20年にわたってこの人物と交流があり、一度遊びに来たまえという約束を果たして先生宅を訪問した時の話。

    ・ケーベル先生の告別
     そのケーベル先生が日本を去ることになり、先生に代わって学生たちへの別れの言葉を代弁し、その余生が穏やかであることの願いを記した文章。

    ・戦争から来た行違い
     上記の文章を新聞社に送ってから、第一次世界大戦のために先生の帰国が取り止めになったが特に差し止めはしなかったと断った文章。戦争が二人を嘘つきにしてしまったみたいに書かれている。先生は結局帰国せず、日本に骨を埋めることになったという。

    ・変な音
     いわゆる修善寺の大患の前後に漱石は都内の同じ病院に入るが、部屋もほぼ同じ位置だった。最初の入院時に隣の部屋から時々夜中に大根を下ろしているような音がするのをいぶかるようになる。やがて隣の患者は退院したのかいなくなり、その音の件もそのままとなる。
     再入院の際に洗面所でこの病院に出入りしている付き添い看護婦と話すと、この人が隣にいた患者の担当だった。先に向こうから、毎朝あなたの病室から変な音がしましたがあれは何ですか、と聞かれる。漱石は思いあったってそれは安全カミソリを革で研ぐ音だと答える。オートストロップなる自動カミソリ研ぎ器みたいのを持っていたらしい。具体的にどんな構造のものかよくわからない。
     向こうから先に言われたのでこちらも気になっていた音のことを聞くと、足が火照るという患者さんの足を冷やすためにキュウリを大根のように下ろして汁を作っていたのだと
    わかる。
     その患者さんは退院して間もなく亡くなったという。

    ・三山居士
     漱石を朝日新聞社に誘った恩人である池辺三山の病死の際に書かれた追悼文。

     小説でもない、エッセイでも随筆でもないようなものが多い。こういうのを「小品」と呼んだりするらしい。 

    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。