「蜘蛛の夢(岡本綺堂著)」前半
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「蜘蛛の夢(岡本綺堂著)」前半

2020-04-01 19:00




    ・これも「青蛙堂鬼談」と同じ趣向の話。どんな状況で誰が語ったか、みたいなことは次第にほとんど触れられなくなっていくが、火薬庫の話し手は「青蛙神」の語り手と同じと書いてある。ただし怪異がからむよりも人の仕業みたいな話になってきて、元々は探偵物語みたいな触れ込みだったらしい。探偵物語=推理小説 みたいなイメージだけど、このような話も明治・大正の頃は探偵小説に含まれていたものらしい。

    ・火薬庫
     日露戦争の頃。北国の某師団所在地に軍需品を納める会社の若者が、川べりで休息していたところ顔見知りの大尉と会うが、普段愛想のいい人なのに若者を無視して行ってしまう。
     一夜明けて、その大尉が殺されていたというニュース。大尉が火薬庫に近づいてきて、哨兵の誰何にも答えなかったため殺されたのだという。だがそこからが妙で、大尉の家に知らせに行くと大尉本人は家にいて、騒いでいるうちに死体は狐になっていたという。
     大尉はほどなくして師団を去る。大尉の家から狐の葬式を出したとか、実は大尉は死んだのだとかいろいろな噂がたつが大尉が去ると噂も消える。

     だが若者はその後支店長から大尉は健在であること、大尉は除隊して東京に行ったこと、そうなったのは大尉が悪い弟を持ったからだったことを聞いておよそのことを察する。

    ・蜘蛛の夢
     語り手は78歳の老女だがこれは彼女が14歳の頃の話。既に父親は無く兄は奉公に出ていて母娘二人暮らし。母の収入だけでは足りず、父の弟である叔父が商売をしていて後見人として毎月援助をしてくれて、ようやく暮らしが成り立っていた。
     叔父夫婦には娘が二人いて姉が18、妹が16。姉妹と語り手は同じ裁縫の師匠の下に通っていて普段から仲がよかった。叔父は刀屋をやっていたのだが語り手はある日自分の家を指さして隣にいる若い女性に何か話しているのを見る。女性はちょっと堅気に見えない粋筋の装い。叔父の妻、つまり語り手の叔母は母親のところに来て夫が悪い遊びを覚えたらしく商売を奉公人任せで出歩いてばかりだ、と相談に来るようになる。
     ある日の裁縫の稽古で朋輩の姉の方が語り手に 妹と仲良くしてやってね、と言い残して帰り、翌日姿を消す。また、これに先立ち雷に打たれて若い女が死ぬ。これが叔父と一緒にいた女だった。女は質屋の旦那を持っていてぶらぶらしていたらしく、父親は若い頃大勢の人を泣かせた遊び人だったらしいが今は老いて身体も不自由になり、娘の稼ぎで生きていたという。
     そして残った妹の方も姿を消してしまう。彼女は姉は語り手の兄と一緒に姿を隠していると言い残していたが兄は店で奉公していて何も知らない。娘が二人姿を消しても叔父は遊び歩いてか戻ってこない。
     やがて雷に打たれて死んだ娘の遊び人だった親が娘が死んだのはお前の旦那のせいだ、と怒鳴り込んできたりで叔母は憔悴し、さらに叔父が石で頭を潰されて殺されているのが発見される。

     蜘蛛を戦わせてその勝ち負けで賭けをする、という遊びが流行ったそうで、これにはまり多額の借金を作った叔父が娘を売って強い蜘蛛を手に入れようとし、その話がこじれて関係者が次々に死んだり殺されたり、という事件に発展したのだった。賭け事に参加した者たちはいずれも不幸な最期を遂げたという。語り手はみんなが蜘蛛の夢を見ていたのでございましょう、おそろしい夢でございましたと締めくくる。

    ・放し鰻
     富くじという物があった江戸文政時代、本所相生町の裏店に住む、つまり貧乏人の男、背中に刻み煙草を担いで売り歩いている一生貧乏と決まっているような男が百両を富くじで当ててしまう。
     一両が今のいくらくらいかは時代によっても何と換算するかによってもいろいろ違ってくるみたいだけど下記HPなどを参考にざっくり1万円くらいとすれば一千万。
     一生左うちわで暮らせるほどではないけど男には夢のような金。
     https://yukawanet.com/archives/4212960.html
     https://manabow.com/zatsugaku/column15/2.html

     男は律義なたちで方々に借金を返して、くじを買うことをすすめた橋番の老人が内職に放し鰻(老人から鰻を買って川に逃がしてやると功徳があるみたいな一種のおまじない)をやっているので鰻を全部買ってやろうとする。
     男は一人暮らしなので大金を持ち歩くのも家に置くのも不安である。そこで懇意で正直者として有名な左官屋の親方に預かってもらうことにするが親方は不在で女房に頼む。
     これで安心して借金を返してまわって橋番のところに行くがもう夕方で鰻は片づけた後。
     じゃあ明日放しに来ると前金で3分ほど置いて、ちょっと贅沢をしようとうなぎ屋に行く。
     飲んで酔っ払ってしまったので女中が家まで送る。

     その晩、男は自宅で賊に襲われて死んでしまうが、襲った賊二人も死んでいる。部屋に合った酒樽に毒が入っており、男を刺殺した賊が置いてあった酒を飲んだところ毒が入っていて死んだらしい。酒樽は左官屋の女房がお祝いに持ってきたものだった。

     つまり大金でふと目がくらんだ女房が男を亡き者にして金を着服しようとしたのだった。
    だが女房も我に返って、男の供養に放し鰻をしたあと自分も川に身を投げて死んでしまう。

     橋番の老人は毎朝二人の供養のために鰻を放し続けたという。

    ・平造とお鶴
     明治四年ごろ、深川冨岡門前の裏長屋に住んでいた母娘が表通りの荒物屋を譲り受けて商売をはじめることになる。二人は過去を語らないが没落士族らしい。母は40前後、娘お鶴は18、9と見える。しばらく前から25、6の若者が時々訪ねてくるようになり、おそらく昔の家来筋で店を開けるよう助力したのだろうと噂される。
     その通りで若者はもと若党の平造。横浜の外国商館に勤めている。幸いに商売は順調で、翌年には安定する。するとご近所からお鶴に婿を世話しよう、という話が当然出るのだがお鶴は笑うばかりで、近所はきっと平造という男ともう約束ができているのだろうと噂する。
     そんなある日、お鶴が湯屋の暖簾をくぐったところで脇腹を刃物で刺されて即死する。下手人は見つからなかった。

     母親はもとは250石取りの旗本であったが夫は奥州で官軍と闘って死に、残った母娘が落ちぶれて江戸に戻ってきたところを夫と共に死んだと思っていた平造と偶然出会って援助を受けるようになり、平造がもう暮らしがたちましょう、私はこれでもうお目にはかかりますまいというのを娘が慕っている様子もあり時々遊びに来てくれみたいに関係を続けていたのだと事情を語り、娘と一緒になってくれとも話していたのだが返事は煮え切らなかったのだという。
     そしてお鶴が死んだあと調べると横浜の商館には平造らしい男はいなかったという。
    話はこれで終わり、真相はわからない。母親は今も悔いているという。平造を引き止めなければ良かったと。

    ・穴
     明治10年、高輪や伊皿子あたりは江戸の寺町と武家屋敷が残り、その武家屋敷も主人を失って空き家となり
    荒れ果てているところが多かったという。そんな空き家を安く買った一家があった。手を入れて女中を二人雇って暮らし始めるが庭は広大過ぎて、ほんの一角を囲って囲いの外は荒れるにまかせたまま。主人と奥さんと娘と赤ん坊に女中二人だから男では主人一人である。
     夜が更けるとその庭の囲いの外で何やらがさがさとうごめくものがある、と女中たちがさわぎはじめ、唯一の男性である主人は一晩眠らずに見張ることにする。と、夜中過ぎに動くものの気配。野良犬か何かだろうと棒を持って庭に下りて近付くと「キャッ」という女の悲鳴。
     女の声に当惑しつつも声のした方へ。すると穴に落ちてしまう。中には女がいてその上に落ちたようでまたしても「キャッ」。女に話しかけても返事は無く、息を殺している様子。深さ1間半ほどの穴だったのでなんとか這い出して家人を呼ぶ。提灯を持って戻るがまたしても別の穴に落ちたりして明るくなるのを待って調べると、500坪ほどの庭の中に9か所同じような穴があるとわかる。女の姿は無い。
     誰が何のために掘ったのか。あの女は何者か。

     次の夜も同じように張り番をしていると犬の声と女の悲鳴。提灯を持って駆け付けると隣の英国公使館の犬がいる。この犬はよく遊びに来るので主人にも慣れており、犬が案内する方に行くと新しい穴があり男が這い上がってくる。彼も英国公使館の兵士で顔見知り。犬の声に様子を見に来たところ穴を掘る人影を認め、捕まえようとして穴に落ちたのだという。
     それから二人でしばらく張り番を続けたが、懲りたのかもう誰も現れないまま半月が過ぎる。
     主人はふと思いついて前のこの屋敷の持ち主を訪ねる。主人が日頃米を買っている米屋が前の持ち主だったが、米屋は元旗本から買ったのだった。その旗本は官軍と戦って越後で死んだという。どうも話の様子から、先日穴に落ちたのはその元旗本の奥さんではないかと思い当たる。おそらく瓦解のどさくさで庭に何か埋めていったのだが今は人手に渡った家、面倒を避けてひそかに持ち出そうとしたのだろうと見当をつける。
     いくつも穴があるのは見つからないのか何か所も埋めてあったのかはわからない。
     主人はそんな事情なら好きなだけ探させてやりたいと思い、米屋の伝手をたどってその奥さんの行方を捜すが見つからない。
     やがてその奥さんらしい女が殺されたという新聞記事を読む。彼女は夫の死後、元中間の若者とできてしまってその女房として近所で暮らしていたらしいのだが夫婦仲がこじれて夫に殺されたとのこと。夫はそのまま行方をくらませている。
     ほどなくして大嵐が襲い、主人の家の庭には崖が面していたのだがその崖が広範囲に崩れてしまう。その崩れた土の中から逃げていた夫が見つかる。おそらく以前から夫婦で穴を掘っており、女房を殺してもまだ埋まっていた何かに未練があってこういうことになったらしい。
     主人は特に探してみようともしなかったので、二人が何を探していたのかはわからず仕舞いになったという。

    ・有喜世(うきよ)新聞の話
     有喜世新聞というのが明治15年ごろあったことになっていて、この新聞に料亭が買った大きな魚の腹から状袋、つまり封筒のようなものが出たという記事が載る。女文字で誰それ様という宛先と自分の名前が書いてある。だが宛先は滲んで一部しか読めない。
     記事はそれで後追いも無く終わったが、語り手は偶然知人から数年後にこの顛末を知る。

     古い武家屋敷を買い取って開業していた医師があったが、屋敷が広く小さい家がいくつかあったのでこれらを貸している。門番が住んでいたらしい小屋に医師のお抱え車夫の夫婦が住み、長屋二軒の一方には大蔵省に勤める若者とその母親が住み、もう一方は空いていた。
     ある日主人を乗せて帰ってきた車夫が人力車で家の前にいた娘をひっかけてしまう。あわてて家に連れてきて介抱すると、彼女はこの屋敷の前の持ち主の用人の娘だった。前の持ち主は
    駿府へ移住し、用人の家族もついていったのだが旧家が雇ってくれるわけでもなく、両親が相次いで死ぬと途方にくれてしまう。江戸の親戚を頼って出てきたものの見つからず、途方にくれて昔住んでいた家の方にやってきて事故に遭ったという事情らしい。
     つまり娘には行く当てがなく、自分の娘と一つ違いの16歳であったのでしばらくこの家で暮らすことになる。娘二人は姉妹のように仲良くなる。
     半年ほどして医師のところに若い医学生が二人住みこむようになる。つまり同じ屋敷内に独身の若い男が三人、女が二人同居することに。だが一人はこの話に無関係で、大蔵省と医学生と娘二人の話になる。
     大蔵省の男の母親はこの用人の娘が器量も躾も良いので息子の嫁に、と動くのだが娘は拒む。その理由が息子は既に医師の娘とできているからというもの。仰天した母親は医師に打ち明ける。実は医学生は娘の婿候補だったのだがこうなったら仕方がない。大人たちは大蔵省と医師の娘を添わすべく動きはじめる。だが婚礼直前に娘が自殺してしまう。
     好き合ってのことと思っていたのにどうしてかと調べると、二人がくっついたのは用人の娘が無理やりそう仕向けた節がある。自分に言い寄る大蔵省を医師の娘とくっつけて避けたみたいな。結局居づらくなって彼女も去る。

     しばらくして、相変わらず空き家だった長屋の中で大蔵省と医学生が死んでいるのが見つかる。二人とも医師の娘と同じく毒を飲んだらしい。大蔵省の母親はあの用人の娘の仕業だと決めつける。
     残った医学生というか、彼は薬局生であまり出来がようないのだが、彼の証言で用人の娘は死んだ医学生とかなり前から親密だったという。そして医師の娘も同じ医学生をもともと婿候補でもあるから好きで、ライバルを蹴落とすために用人の娘が小細工したらしいとわかる。
     だが医師の娘が泣く泣く嫁に行けば上手くいったのを自殺してしまったのでちょっと思惑が外れた。それでも医学生の心は掴んで、時々空き家で逢引していたらしい。そこに大蔵省が踏み込んだと思われるが、その結果何故男二人が死んだのかはわからなかった。
     用人の女はそれきり姿を消したが、魚の腹から出た状袋の名前は彼女の名で、宛先は死んだ男どちらもナントカ之助で、滲んで之助しか読めなかったのでどちら宛かはわからなかったという。用人の娘はそれきり姿をくらまして、生死もわからぬままになったという。

     とりあえずここまで。
     
     
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