「ロケットガール(野尻抱介著)」3巻 私と月につきあって 第四章
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「ロケットガール(野尻抱介著)」3巻 私と月につきあって 第四章

2020-11-22 19:00


    ・第四章 地球低軌道ランデブー

     そして打ち上げの日はあっという間に来る。打ち上げは二回に分けて行われる。第一陣に乗り組むのは日本側の三人と、フランスのイヴェット。残る二人は翌日の第二陣に乗り込む。
     先に打ち上げられる方が2号機、後の方が1号機ということになる。報道陣へのアピールのため、本番用の宇宙服を既に着込んだ状態で訓練施設から打ち上げ施設へ向かう。地上を歩けるほど軽快な宇宙服は技術革新のアピールポイントなのだ。これで船外作業も行う。
     2号機に乗る4人でLEO(低軌道での船外作業)を行い、1号機の後部に2号機の推進段を接続する。ゆかりとマツリは2号機のオービターで地球に帰還。茜とイヴェットは1号機のオービターに移動してソランジュ、アンヌと合流して月へ行く計画だ。

     今日は礼装で見送るソランジュとアンヌと握手して、上で待ってるよ、とロケットに乗り組む。ヴェルソー(水瓶座)という愛称がついている。もう1機はポアソン(魚座)だ。
     今回の打ち上げが何らかの理由で延期になれば、茜が月に行く計画もリセットされる。打ち上げだけでなくランデブーやLEO作業が予定通りいかなかったり太陽活動が急変したりしても同じこと。仕切り直せば月に行くのは復帰したシャルロットかゾエになるだろう。
     オービター内には寝椅子のようなシートが4つ並び、その背後には直径3メートル、奥行き70センチのペイロード区画がある。食料他荷物で一杯だがその片隅には吸引式の便器がある。カーテンで仕切り、脱臭ファンをまわすものだがSSAのオービターには無い設備でちょっとうらやましい。ソロモンのオービターは緊急事態には宇宙服を脱いで袋を使う悲惨さだ。女性だけでなければ耐えられない。

     船長のイヴェットと副操縦士のゆかりには仕事があるが、残る二人には当面の作業は無い。マツリは寝息をたてている。茜は周囲を忙しく観察している。場数を踏んでいる地上側の管制チームは手慣れた感じで淡々と打ち上げ手順が進んでいく。発射台の下部にウォーターカーテンが形成され、内部電力に切り替わる。APUと呼ばれる補助動力装置が起動。固体ブースターもメインエンジンも点火される。ゆっくりと離昇がはじまる。マツリも目を覚ましている。
     高層雲を通過し、マックスQと呼ばれる動圧が最大になる領域を過ぎ、固体ブースターを切り離す。茜は4Gを超えると気絶するが、公然の秘密となっている。一段目の燃焼が終了して分離。推進段は短時間噴射して、月に行くための燃料を残したまま燃焼停止する。軌道修正のためにデルタVと呼ばれる速度変化を与えて無事に予定の周回軌道に乗る。あとはランデブーを待つだけだ。

     やがて1号機が打ち上る。2号機からも光点となって観測できる。やがてはっきり確認できるくらい接近してくる。軌道上では上に行くと速度は遅く、下に行くと速くなる。この原理を使って上下運動で距離を詰めていく。
     やがて相対速度が揃ってポアソンがヴェルソーの前方30メートルにいる状態になる。ここまでをオービターで操作して、ヴェルソーはオービターを切り離して推進段の側方に退き、オービターから命綱で互いをつないだ二組4名がジェットガンで推進段に向かう。オービターはしばらく無人になるが遠隔操作で位置を保つ。放っておいても軌道運動の法則というのがあって、元の位置に戻ってくる。

     ゆかりとマツリは一号機の推進段に、茜とイヴェットは二号機の推進段に取り付く。二つの推進段の位置をジェットガンで調整しながら、4本のポールでつなぐ。このポールにはハンドルがついていて、4人でタイミングを合わせて回すと縮んでいく。
     あと10センチくらいのところまで接近するのに30分ほどかかる。ここで一度停止して状況確認。ヴェルソー側の突起がポワソン側の穴に差し込まれれば結合する。
     「男女とも正常」とちょっと冗談混じりの報告を行い、最後の10センチを詰める。何度もプールで訓練したことだ。ポールは外して投棄。大気圏で燃え尽きる。

     続いてヴェルソー側からケーブルの集合体を引き出してポアソン側のコネクターとつなぐ。
    だが信号を確認するとちゃんとつながっていないという。ソランジュが確認のために外に出て来る。4Aコネクターに異常があるようだが、マツリが同型の4Bコネクターと逆なのではと指摘する。4Bコネクターの方は正常な様子だが、もともと正副二系統のものなので入れ替わっても部分的に正常になる可能性がある。シールの貼り間違えであれば逆にすればいい。
     地上にも確認して入れ替えてみると、オールクリア。一同ほっとする。その時突然日がかげる。遠隔操縦されているはずのオービター・ヴェルソーがゆかりを圧し潰すように迫ってくる。ゆかりは連結作業のために身体を固定していて、とっさには逃げられない。スキンタイトスーツには強度は無い。3.7トンの質量にぶつかられれば命は―

     ソランジュがゆかりに覆いかぶさり、同時にイヴェットが仁王立ちでオービターを押し返す。車に轢かれても大丈夫という強度を誇るハードシェルスーツを着た二人がつっかえ棒のようになってヴェルソーを撥ね返して、ゆかりを守ったのだ。だがイヴェットのスーツは質量に耐え切れず座屈した模様。中身の左腕も骨折していた。マツリと茜がイヴェットを抱えてポワソンの船内へ。医療キットで応急手当をするが、左腕は動かない。

     各種計器や装置類を目視も交えて緊急点検。幸い異常は無い様子だが、地上からは対策を考える間そのまま待機するよう指示が出る。ヴェルソーは遠隔操縦で保持される。連結作業に集中しすぎて、六人の宇宙飛行士も地上も、誰もヴェルソーの位置を見ていない魔の時間があったのだ。ゆかりは守ってくれてありがとう、と礼を言うが、ソランジュはロケットを守っただけだ、と謝罪を受け付けない。
     イヴェットは月着陸要員だが、オートバイのような月着陸機は両手両足で操作するのが前提の設計だ。片腕ではできないし、宇宙で骨折を一週間も放置していいはずがない。
     イヴェットは痛み止めを打ってがんばると気丈に言うが許可するわけにはいかない。今のところ異常は出ていないが、ガツンとやってしまったヴェルソーが土壇場でどんなエラーがでるかもわからない。ごく部分的な操作訓練しかしていないSSAの飛行士だけにまかせるのはフランスとしてはできない。ソランジュは絶望を口にする。もう月には行けないと。

     だが茜がぽつりと言う。まだ、4人いる。まだ、三日ある。これから月に出発し、月周回軌道に乗るまでには三日ある。その間にSSAの二人がオービターの月軌道での操作訓練を実機で行い、一人が月着陸機の操作を覚えれば4人で行けないことはない。

     ソランジュは反対するが、SSAの三人はそのつもりになっている。その理由は、あんなに月に行きたがっていたソランジュの夢をかなえたいから。イヴェットとアンヌも賛成する。
     そうなると、月に降りるのは犬猿の仲のゆかりとソランジュということになる。茜は月周回の訓練を受けているし、船を離れるわけにはいかない。また月面に降りるとなればGに弱い彼女には耐えられない。マツリは月には月の精霊がいて、マツリの守護精霊とは相容れないみたいなシャーマン独特の理由で月周回軌道までは行けるが月には降りられないと言う。

     ゆかりとの月着陸をソランジュが受け入れるか。ソランジュの意志次第ということになる。が、彼女はうなずいた。ゆかりはここで自分も本当は月に行きたかったんだ、と自覚する。茜も連れて行ってやれる。ついでにソランジュも連れて行ってやってもかまわない。
     現場の意見は決まった。だがこんなの地上が許可するはずがない。既にもらってある計算結果での地球周回軌道離脱にはまだ間に合う。そこから先は、もう呼び戻せない軌道に乗ってから地上と交渉だ。合言葉を決めて、オービターが地上からコントロールされないよう制御を奪うことにする。イヴェットが負傷したことも地上にはまだ内緒。カメラの死角に入るようにして彼女を隠す。アンヌとイヴェットは無人だったヴェルソーに移乗し、やがて二人から帰ったら乾杯しようと通信。制御を奪ったという合図だ。
     その頃になってようやく地上から月ミッションの中止が伝達されてくる。ヴェルソーでアンヌとイヴェットが地上に帰還するところは同じだが、ポアソンは地球には戻らない。それは月に行ってからだ。ソランジュは一方的にそのことを伝えると通信を切る。

     アンヌとイヴェットはお先に、と地球に戻っていく。残る4名が乗ったポアソンはデルタVを行って、地球周回軌道から月遷移軌道へ。あれほど苦労して連結した二号機の推進段は役割を終え、爆破ボルトで切り離す。
     物理的に引き返せないところまで来た。地上からも、もう邪魔はしないから制御を渡せと言ってくる。どうせ放射能帯を通過するまではシェルターに入らねばならない。ソランジュはその間の操作を地上にまかせる。

     それを知ったソロモンの那須田所長は大喜び。フランスの金で日本の三人が月に行けるのだ。だが医学主任のさつきは心配している。ゆかりとソランジュの二人で月面に降りる。 
     相性最悪の二人だ。絶対にうまくいくわけない。
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