「ロケットガール(野尻抱介著)」3巻 私と月につきあって 第五章
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「ロケットガール(野尻抱介著)」3巻 私と月につきあって 第五章

2020-11-30 19:00


    ・第五章 月は東に 地球は西に
     月へ行くには、途中でヴァン・アレン帯を通過しなければならない。ここは放射線が強い領域で、アポロの時は特に対策もとられなかったが未婚の少女を月に送るとあればそういうわけにはいかない。
     そこでアリアンは一号機の推進段内部にシェルターと呼ばれるスペースを設けた。ここは液体燃料で放射線から保護されている。少なくとも往路では総被爆量を軽減できる。四人はコントロールを地上に任せ、このシェルターに避難する。だが直径90センチ、高さ1.5メートルのドラム缶に4人を詰め込むようなもの。 
     ここでゆかりはソランジュと顔を超接近させた状態で耐えることに。しかもソランジュはハードシェル・スーツを着たままだ。ヘルメットは全員していない。ソランジュはゆかりが汗臭いと傷付くようなことを言う。スキンタイトスーツは内側から外側に汗を通すのでこれは仕方ない。でも四人で入ってしまうともう姿勢も変えられない。二時間以上ソランジュと顔をそむけあって過ごす。

     アンヌとイヴェットは地上に無事帰還。アリアンの幹部たちはこのガールズの反乱に困惑しつつも対策を協議。ソランジュが船長なので最低限の名目は立つ。もうモジュールが月に行くことを止めるわけには行かないが、自由帰還軌道をとらせれば月着陸は阻止できる。

     ようやく時間が来て全員シェルターの外へ。ソランジュが船長として指示を出す。まずはアースビュー。船を回転させて、窓を地球に向ける。周回軌道を脱出しているので地球は静止して見える。日仏どちらのガールズもこの位置から地球を見るのははじめて。みんなに見せたかったとソランジュがつぶやく。日本のガールズもそれぞれの思いで地球を見つめる。
     
     宇宙船は日照が船体に均等に当たるように、バーベキュー・ロールと呼ばれる緩慢な回転をしながら飛行する。低軌道を離れたので通信もDNS(ディープ・スペース・ネットワーク)に切り替える。地上にシェルター退避、アースビューの二つのミッションを終了したことを伝えたソランジュは、地球から軌道修正データを受け取ると、ゆかりとマツリの訓練スケジュールを作ってほしいと要請する。
     月軌道まではソランジュとゆかりをブルー、茜とマツリをレッドとして二交代制をとることに。一日16時間活動して8時間は両シフトが重なる。さっそくレッドは睡眠のためシェルターへ。だが月着陸機と月面活動の手順書を精読しようとしたゆかりは困惑する。フランス語なのだ。茜が参加する月周回軌道分は英語版が用意されたが、日本側が参加予定の無い分はフランス語版しかない。ソランジュは手順書に猛然と英語訳を書きこみはじめる。ゆかりはこうしたことには手を抜かず熱心なソランジュを、茜そっくりだと思う。
     
     レッドチームが起床してきて両シフトの重複時間帯に。茜に船をまかせてソランジュとゆかりは船外に出る。既に地球は夏みかんサイズ。ポレール(調べたら北極星という意味らしい)と呼ばれる月着陸機を引き出し、実機を使っての訓練を行う。ポレールは魔女のホウキのようにも蜘蛛の死骸のようにも見える。
     構造は平たい八角形の箱から四方に足が伸び、箱の底部に二基一組のメインエンジン。
    箱の上には球形のタンクが二つ。タンクの間に簡単なサドルがあって、背中合わせに座る。二人の背中に挟まれるように一本の太いマストが頭上に伸びる。マスト先端にパラボラアンテナ。搭乗者を保護する、ロールバーのようなフレームもある。アームレストの先に操縦桿が左右一つずつ。液晶ディスプレイ1枚とスイッチ、パイロットが数個のシンプルな計器盤。 
     ゆかりの席にもソランジュの席にも同じ操縦装置があるが、ソランジュが操縦を受け持ちゆかりはサポートに徹することになっている。コンピュータまかせの自動操縦からいつでも手動に切り替えられる。

     ソランジュはゆかりにまず通信装置からパラボラアンテナの操作を教わる。通信トラブルが発生しても月面に降りるか、互いの意志を確認する。どちらもGOだ。 
     姿勢制御、スピン、弾道逸脱、異常燃焼、照明弾の不発など様々な状況を想定したトレーニングを行う。終了して船内に戻るが、ついでに食料など消耗品を船内に運ぶ。エアロックが無いので出入りの旅に空気を宇宙に捨てることになり、出入り回数にも制限がある。

     地上から軌道修正プログラムが送られてくるが、軌道をチェックした茜が、この軌道だと最初の予定とわずかにずれていることに気付く。ここでは自由帰還起動と呼ばれる月の裏をまわって地球に舞い戻る軌道から、ハイブリッド軌道という月周回軌道に移行するよう軌道修正するのだが、このままではハイブリッド軌道に移行しないと思われる。おそらく地上側の意志で、もう手遅れになったところで連絡してきて月着陸をあきらめさせるつもりなのだろう。

     ソランジュはコンピュータを地球に乗っ取られないようスタンドアロン・モードにし、ハイブリッド軌道に移行する軌道修正プログラムを作るよう茜に指示。ソランジュは茜の事は最初から信頼している様子。軌道修正の噴射を行う。
     この噴射はテレメトリを通じて地上に感知され、月飛行モジュールがハイブリッド軌道に移行したことがわかる。地上はこれを知るとテストは合格だ、彼女たちを月に行かせてやれ、と全力でサポートする体制に入る。

     ここまでで打ち上げから約30時間。全員宇宙服は着たきり。スキンタイト宇宙服はまだしもハードシェル・スーツは長時間使用に向いていない。あくまでも船外作業用の服で、宇宙船内では脱いでボディスーツで過ごすのが本来の使い方。ゆかりにそろそろ脱いだら?と言われてソランジュもそうしようかしら、と金具を外す。上半身と腕を宇宙服から抜く。だが脚が抜けない。手伝おうとゆかりが引っ張ると、ソランジュは悲鳴を上げる。
     ゆかりを接近するオービターからかばおうと、イヴェットとソランジュがハードシェル・スーツでかばってくれたが、イヴェットのスーツは座屈して、中の腕は骨折した。シェルは凹んでもすぐ復旧して割れないのだが、中の人体はそうはいかない。凹めば折れる。
     イヴェットの腕に起きたのと同じことが、ソランジュの足にも起きていたのだ。そしてソランジュはイヴェットを宇宙で骨折を放置しては駄目だと地球に返しながら、自分は骨折を黙っていた。幸いシェルがギプスのような役割をしていて、耐えられない痛みでは無いという。それでもソランジュは月に行きたかったのだ。月着陸機の操縦は手がメインで、足は突っ張れれば問題ない。
     ソランジュはいずれ話すつもりだったと謝罪する。月に着くまでに自然に回復することに掛けたのだが裏目に出たのだ。
     だがゆかりは怒らない。ソランジュがどれだけ月に行きたがっているか、それだけが重要なのだ。ソランジュとは今一つ心がこれまで通わなかった。でももうわかった。そこまで行きたいなら絶対月に連れて行く。一緒に行こう、這ってでも行こうと手を差し伸べる。
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