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「蒲生邸事件(宮部みゆき著)」後半
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「蒲生邸事件(宮部みゆき著)」後半

2021-03-03 19:00


    ・第四章 戒厳令
     孝史は平田が蒲生大将を殺したとして、その動機は何だろうと考える。放っておいても26日に自決すると平田は知っているのだ。それを何故わざわざ自分で殺すのか。あるとすれば名誉ある自決を名誉無き自殺に変えようとしたのだろうか。
     平田が回復したら聞いてみようと思うが、疑いは晴れない。

     一夜が明ける。珠子はこれまで孝史を兄の友人と誤解していたらしいが、平田の甥だと知ったらしくあれこれ用事を言いつけて来る。貴之は身分の低い労働者階級の者とも付き合いがあるらしい。そう言えば葛城医師が貴之君は庶民の味方を標榜しているみたいに言っていた。
     暖炉に火を入れれようとして、そう言えば垣間見たふきの死は、暖炉から飛び込んできた焼夷弾のせいだったと思い出して暖炉の中から上を見あげると、何かが入ってこないように取り付けられている仕切りの金網が破れていることに気付いて、ここから飛び込んだのだ、じゃあこれを修理しておけばふきは助かるかもと思いつく。
     この時その金網の上に隠すように置かれているものを見つける。ふきに何だろうと聞くと、平田の前の使用人だった黒井という人物が蒲生大将に贈られた煙草入れで、それが無くなったと探していたことがあるらしい。孝史はてっきり黒井というのは男性の使用人だと思っていたが、蒲生大将が入院していた時の付添婦をしていた50代半ばくらいの女性を退院時に連れてきてそのまま世話を頼んでいたらしい。つまり大将がそれだけ信頼していた人物ということだ。どうも隠したのは鞠恵らしく思われる。

     嘉隆と鞠恵の部屋に朝食を持っていくとちょうどラジオを聞いている。戒厳令が出たという。だが電車などは動いていて嘉隆は会社に行くらしい。
     他の人たちは今で朝食をとるため集まってくる。葛城医師は平田の様子を診てくれていて、貴之が平田の入院費を立て替えてくれるので病院に連れて行くみたいな話になっている。
     煙草入れを見せると珠子も黒井のものだと言う。黒井の献身的な介護で蒲生大将は回復したらしく、珠子も感謝している様子を見せ、犯人は鞠恵だと断定する。
     黒井は本当に蒲生大将から信頼されていて、珠子がちょっとヤキモチを感じた事もあったという。だが黒井はどこか薄気味悪くて苦手だったと珠子は言う。そう言えばふきも黒井の話題になると顔を曇らせる。孝史はその様子が、どこか暗い雰囲気を漂わせている平田に似ていると思う。つまり黒井も時間旅行者なのだ。そういえば平田は同じ能力を持つ叔母がいると言っていた。黒井は突然姿を消したが、蒲生大将は騒がずに黒井は辞めたとだけ言ったらしい。
     泊まったホテルのフロントマンが、蒲生大将の幽霊が出たことがあると言っていた。これらを合わせれば、その黒井という女性が蒲生大将を未来に連れて行ったのだとわかる。そういえば蒲生大将は入院の前後で別人のように考え方が変わったと聞いている。以前は皇道派にかつがれるくらい過激な思想を持っていたのが、病気をしてからは軍部の独走を憂うようになったみたいな。

     孝史は平田の所に行って問いただす。平田はまだ十分喋れないようなので、孝史の方で平田が意識を失っていた間の出来事を話しながら自分の考えも聞かせる。そして平田が蒲生大将を殺したのではないのか、と疑問をぶつけてみる。だが平田は否定し、あと数日、孝史がこの時代での生活をしてから話すという。
     葛城医師が出かけるというので孝史はお供に駆り出され、話はそれまでになる。平田は誰かが蒲生大将の銃を持っている。気をつけろ、と警告する。

     孝史は医師のお供をしながら道行く人を観察する。医師はどうやら誰もいないところで孝史と話がしたくて彼を引っ張りだしたらしい。貴之はどうも医師を邪魔者扱いしているらしく、穏便に追い出そうとしているらしい。医師はおそらく珠子が銃を持っていて誰か、おそらく鞠恵と嘉隆を殺そうとしているのではないか、貴之もそれを感づいて何とか防ごうとしているみたいなことを話した後に、きみは何者だ?と直球で問いかけて来る。

     孝史は見破られたか、と観念して医師に未来から来たと言いそうになるが、医師が続いて君は輝樹(てるき)さんではないのかと聞いてきたので否定する。テルキというのは蒲生大将が芸者に産ませた隠し子で、ちょうど孝史と同じくらいの年齢で、母親と共に姿を消したらしい。医師はくれぐれも珠子の様子に気をつけてくれ、と孝史に頼む。

     医師はパン屋で電話を借り、あちこちに連絡して必要な手配をする。孝史はその間に主人に新聞を見せてもらい、事件についての話を聞く。この時決起部隊が戒厳令の司令部だかの指揮下に入ったと聞いてヘンな話だと思う。電話は混んでいて時間がかかるとのことなので、孝史は断ってあたりの様子を見に出て、道行く人に事情を聞く。思いのほか青年将校たちに好意を示す人が多いのに気付く。
     医師は平田が入院する病院を見つけ、円タクも手配している。自分は平田を連れて病院に行くからくれぐれも珠子を頼むぞみたいに繰り返す。
     屋敷に戻ると医師が手配した葬儀屋がやって来る。孝史は雪かきをする。ふきがねぎらってくれる。医師はちゑを平田の付き添いとして病院に伴うことにしたらしい。これはちゑが忠義者で、珠子のためなら殺人にも手を貸しかねないので医師がうまく引き離したみたいな。
     葬儀屋は祭壇を組み、蒲生大将の遺体を安置して帰っていく。迎えの円タクがようやく来て、平田と医師とちゑが病院に行く。珠子は蒲生大将の遺体に付き添っている。ふきは買い物に行く。
     孝史は貴之に、医師から聞いたと言って珠子が拳銃を持っているかもと貴之が疑っていることを話題にする。鞠恵と嘉隆が帰って来て、ふきも戻る。
     貴之は追い立てるように嘉隆と鞠恵を二階へ連れて行く。時間を気にしている様子。一階に残る珠子がお茶を、と言い出してふきがお茶を入れる。珠子がどこか心ここにあらずという感じで様子がおかしい。珠子も気になるが、二階の貴之も気になる。孝史はふきには珠子の側についてもらって、様子をうかがうためにお茶を運ぶと申し出る。
     だがあからさまに貴之は孝史を追い払おうとするので仕方なく外に出て、廊下で様子をうかがう。珠子が二階に上がって来て、部屋に入って脅かしましょうなんて言い出すので、思わずドアの方を見て彼女に背を向けると後ろから頭を殴られる。倒れて部屋の中に入る珠子の様子を見ているが動けない。火かき棒で殴られたらしい。部屋の中では三人が突っ伏している。どうも紅茶に眠り薬のようなものが入っていたらしい。珠子は拳銃を取り出して嘉隆に狙いをつける。孝史は止めたいが声が出ない。
     その時置時計の時報が鳴る。誰もいなかった暖炉の前に、人影がにじみ出る。珠子が黒井?と呼びかける。黒井は貴之が倒れているのに驚いたようだが眠っているだけだと珠子に聞かされてやや安心した様子。嘉隆と鞠恵の手を取ると、珠子に黒井は約束を守りましたと坊っちゃまにお伝えください、お嬢様、お幸せにと言い残して二人と共に姿を消す。時間を飛んだのだ。珠子が拳銃を取り落す。孝史は力を振り絞って這いよると、その拳銃をつかみ取って意識を失う。

    第五章 兵に告ぐ
     孝史が目覚めると、ふきが看病してくれている。寝せられているのは二階のベッドだ。28日の朝になっている。ふきにどうなった、といろいろ尋ねるが、貴之さんがお話しになると思います、と答えるだけで教えてくれない。午後二時頃、ようやく貴之がやって来る。今夜あたりから戒厳司令部が決起部隊の鎮圧にかかると教えてくれる。
     孝史は、貴之と黒井の様子から 貴之も黒井が時間旅行者であったこと、未来がどうなるかを知っていたことを察している。軍の過激派だった父親も、軍を嫌って父に反発していた息子も共に黒井に未来を見せられて、意見を合わせたのだ。
     お互いにどこまで知っているのかという探り合いのような沈黙。やがて貴之が礼を言う。珠子を止めてくれてありがとうと。拳銃も回収したらしい。孝史は葛城医師に頼まれていたのだと答える。珠子は父親が自決することも、拳銃を持っていることも薄々察していて、父が死ねばもう迷惑もかからない、とかねてから諸悪の根源と思っていた嘉隆と鞠恵を殺そうと銃を隠したらしい。だが銃が無いことで貴之が警戒したことから葛城医師から盗んだ睡眠薬を使って家の者を眠らせようとし、ふきが紅茶を入れる時に使う水瓶に薬を溶かした。だが孝史は紅茶を飲まなかったのでとっさに殴り倒した。貴之が目覚めると孝史と珠子は折り重なるように倒れて意識を失っていた。やがて目覚めた珠子に貴之は経緯を聞いた。二人は突き合わせるように前後の事情を話すが、その時嘉隆と鞠恵がどうしていたのか、黒井という女の存在は、ということは互いに黙っている。やがて貴之は話を続け、目を覚まして珠子が本当に自分たちを殺そうとしたと知った二人は屋敷を逃げ出したと語る。実は考えを変えた蒲生大将がこれまでは商人めが、と軽蔑していた弟に和解の手紙を出したものを弟がその中の日本の敗戦や皇室の扱いの部分を不敬罪として告発する、嫌なら財産を譲れみたいに脅していたらしい。だが不仲で有名な嘉隆に財産が行けば疑惑を招く。鞠恵はそこを不自然なく運ぶためのダミーだった。

     こう打ち明けて、貴之は葛城医師と同じことを聞く。お前は輝樹じゃないのかと。孝史はこれを否定して、黒井という女を見たことを話す。珠子さんから聞いているでしょうと。貴之は結局父親の不敬罪に問われかねない手紙の回収には失敗したらしい。孝史はそのことを知っている危険な僕を殺しますか、と問いかける。貴之はそれができるぐらいなら、こんなことにはならなかったさ、と泣き笑い。
     孝史は僕は未来から来ました、と全てを貴之に打ち明ける。貴之は黒井が蒲生大将に生前の妻、つまり貴之と珠子の母の姿を見せ、未来を見せ、未来の様々な資料を何度も運んだらしい。それは黒井自身にも負担をかけ、消耗していたらしい。時々発作を起こして苦しむこともあり、その世話をするのはふきだったのでふきは黒井の話題が苦手らしい。
     蒲生大将はそれから皇国のために、と戦争を回避しようと手を尽くしたが、平田が言っていたように歴史の大筋は変わらなかった。2・26事件が起きたということは、蒲生大将が負けを悟り、自決するラインだったのだろう。そして子供の財産を守るため、黒井が二人をどこかに連れて行く。2・26事件の最中で交通が一時的に回復した日に駆け落ちしたことにすれば、その後の混乱で疑いも薄れる。だが貴之は黒井がどこに二人を連れて行ったかは知らないという。

     貴之は孝史が未来から来たことも含めて真実を珠子とふきに話す。孝史も自分が未来人と知った二人と話す。珠子はどこか投げやりで、自分の未来に関心が無い様子。
     ふきはだから孝史さんは日本は戦争に負けるとおっしゃったんですね、とここに来た頃に変な優越感から孝史がふきに言った言葉を繰り返す。

     2・26事件は鎮圧されるが、この経緯を未来人の孝史はよく知らず、貴之は詳しく知っている。ちょっと悔しいような恥ずかしいような。やがて有名な「兵に告ぐ」というラジオ放送が始まる。2・26が終わり、太平洋戦争に向かって歴史は流れていく。
      
     蒲生大将は遺書を二つ残している。一つは正式のもので、貴之からしかるべき人に渡されるがおそらく握り潰される。それでも自決する以上遺書は残さねばかえって不自然みたいな。
     そしてもう一通、戦後発表するようにと貴之が預かっている遺書がある。これは息子と娘を戦後社会から守るためのもの。愚かな軍人の子ではなく、戦時中に先見性を持って戦争を防ごうとした軍人の子として不名誉から守ろうというものだ、そういえばホテルのパネルにそんなことが書いてあった。
     2・26事件が完全に終わり、兵士たちが引き上げていくと孝史と貴之は二人で街に出る。貴之は軍人の息子なのに色盲で軍務につけずに父を失望させ、母の立場を悪くしたことがずっと負い目だったこと、だから父に反発したこと、だが未来を知った父から協力を求められて嬉しかったこと、だが父に頼まれた相沢事件阻止に失敗して父を落胆させてしまったことを話す。

     平田は三月四日に退院して蒲生邸に戻ってくる。蒲生邸の人間は平田と孝史が未来人であると知っているが、ハブられた葛城医師は執拗に食い下がる。うしろめたいが駆け落ち説で通すしかない。
     孝史がわからないことがひとつだけ残っている。平田は何故この時代に来たんだろう。平田は自分が時間旅行者でありながら悪い未来を変えられない無念さを、この時代の人間になりきることで払拭しようとしているみたいことを話す。その無力さは孝史にもわかるような気がする。未来人には変えられなくても同時代人には変えられるかもしれない。

     孝史は好意を感じるようになったふきを未来に連れて行きたいと思う。だがふきは恩義や弟がいることを理由に、逃げ出すわけには行きません、と答える。
     いろいろあって、孝史が現代に戻ったらおばあさんになったふきと会おう、と約束をする。

     平田に連れられて現代に戻る。平田は過去に行くのではなく自分の時代に帰ると言って戻って行く。選別に現代のお金が入った平田の財布をくれる。

    終章 孝史
     26日に発生した火災で行方不明になった孝史は3月4日に自宅に戻るが、その間の記憶は失ったで通す。服も財布も誰のものかわからず怪我も火傷もしている。疑いも残るがとぼけ通す。そして駄目だと思った予備校には受かっていた。4月からは東京暮らしで、ふきとの約束は4月10日、浅草雷門である。
     
     孝史は図書館に通って歴史の勉強をはじめる。出会った人々はどうなったろうかと思う。直接会ったわけでは無いが、葛城医師を迎えに行った際に通していいと指示を出してくれた安藤輝三大尉の名を見つける。
     ホテルの焼け跡を見に行くがロビーの写真やパネルは無くなっている。写真の原板が近所の写真館にあると聞いて出かけ、見せてもらう。空襲を受けて内部が焼けたりもしたが戦後も人が住んでいて、不動産屋兼写真家だったこの写真館主の祖父が譲り受ける際に撮影したらしい。
     その二階の窓のカーテンが少し開いていて、平田の顔がのぞいている。平田がちょっといたずらをした、と話していた。孝史はこれを平田が蒲生大将を殺しに行ったのではと誤解していたこともあった。
     写真館には珠子の肖像画もあった。画家の名は平松輝樹になっている。孝史が間違えられた、珠子の異母弟だ。すると二人は戦後会ったのだ。写真館主によれば輝樹は叙勲間違いなしみたいな画壇の大物になっているらしい。モデルの女性は最大手タクシー会社の会長夫人で、輝樹が無名の時代から援助していたらしい。珠子らしいな、と何だか嬉しくなる。昨年亡くなったが子・孫合わせて20人いたという。あの投げやりだった珠子が戦争も戦後もたくましく生き抜いたことにちょっと笑い声が出る。

     四月二十日。雷門にふきは現れなかった。

     二十代半ばの女性が孝史に声をかけてくる。堀井蓉子と名乗るがふきの面影がある。孫なのだ。蓉子は祖母に預かったという手紙を渡してくれる。四年前に癌で世を去ったが、きっと渡してくれとこの手紙を孫に託したのだという。蓉子はふきが苦しまずに逝ったことを伝えると名刺を渡して去っていく。孝史は自分も祖父の代理だということにする。

     手紙にはふきの人柄がしのばれる文章で、生き抜いたふきの人生がきれいな字で書かれている。あの頃のふきは読み書きもろくにできなかった。努力したのだろう。
     ふきは昭和13年に珠子の嫁ぎ先のタクシー運転手に嫁ぐ。もちろん珠子の口利きで、夫は真面目で朴訥な人物だったという。だが長男が生まれてすぐに夫が招集されて蒲生家に戻る。5月25日の空襲の日にも蒲生邸にいたが、煙突の穴は修理してあった。窓から飛び込んだ焼夷弾があって内部は焼けたが屋敷の者は無事だった。だが、前庭に二人の焼死体があり、階段のそばに黒井の死体もあったという。二人の身元はもちろん嘉隆と鞠恵で、黒井がここに連れて来たのだ。葛城医師は二人の駆け落ちを疑い、貴之が殺したのではとまで思っていたらしいがこれで疑いは晴れたという。黒井の死体は密かに葬ったらしい。葛城も先立つ空襲で死んだという。ちゑは戦争中に病死したという。貴之は戦後小学校の教師になって51歳で死んだという。

     平田は戸籍を買ってこの時代の人間になっていたが、そのために召集されて硫黄島で戦死したという。竹槍事件というものに巻き込まれてのとばっちりのようなものだったらしい。時間を飛んで逃げることができるはずの平田は、逃げずに死んだらしい。いつか硫黄島に行こうと孝史は思う。
     手紙の最後は告知はされていないがおそらく癌で、もう会えないだろう、だから孫娘に頼んでおきます、立派な人になってください、と締めくくられている。

     蒲生大将のことはこれまであえて調べなかった。自決したのは知っている通りだけど、遺書は残さなかったことになっている。つまり貴之はこれを発表しなかったのだ。

     孝史は時々、手紙を読み返し、ふきの姿を思い起こす。


     
     
     
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