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「黒白(池波正太郎著)」⑦(終)
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「黒白(池波正太郎著)」⑦(終)

2021-03-05 19:00


    ・春雪
     岡本は堀大和守に呼び出され、近いうちに屋敷に移るよう指示される。暗殺の日が迫っているらしい。段取りの様子から依頼主は大身旗本か大名と思われる。本来吉宗直属の隠密のまとめ役だった堀の配下は、吉宗の死後は後ろ盾を失って生き残りのために暗殺組織に変貌してしまっている。そうなると辞めたくても簡単には抜けられない。
     だが、堀はさらに幕臣として日の当たる場所に出たいと望んだ。それには莫大な運動資金と、自分の暗部を知る者の抹殺が必要となる。例えば森平七郎のような。
     岡本は、自分もいつ口封じに殺されるかわからないと疑って、これを最後にしようと心を決めている。今回は自分が差配するのではなく別の剣客の指揮下に入れといわれている。堀のところには近藤兵馬という家来がいて、岡本が堀と会う時にはいつも控えているが岡本とは全く親しまない。
     岡本はこれまでの人生を振り返る。母を幼い頃に失い、乱暴な父親と貧困で殺伐とした生活をして育つ。それでも剣は父親に仕込まれて、ある道場に通いよき師を得る。師は岡本を跡継ぎにと考えていたようだったが急死し、岡本は無頼の生活となり、知り合いに堀を紹介されて現在に至る。父親も既に死んでいる。

     岡本は波切八郎の風貌でなく人柄に、亡き師の面影を見ている。八郎と共にいると、師と稽古をしていた頃の自分に戻れるように思うのだ。
     伊之吉は岡本に張り付いているが、暗殺には加わらない。今回は八郎から岡本の様子を見るように頼まれている。八郎は石黒素仙の元に旅立つ準備はできているのだが、岡本が気になって江戸を離れられないでいる。

     八郎は何か心のゆとりのようなものを取り戻していて、伊之吉は以前は笑顔を見たことがありませんでした、などと言う。八郎は岡本が死を決意しているように感じ取って、岡本の様子を伊之吉に探らせている。岡本が今回の暗殺を無事に終えるのを見届けねば、江戸を発てない。

     秋山小兵衛の家に、杉浦石見守の使いで谷彦太郎がやって来る。明後日に高松小三郎の稽古に出向いてほしいという。小兵衛は承知する。
     岡本も時を同じくして堀に呼び出されている。伊之吉はこれを八郎に知らせる。岡本は決行は明後日、と堀に知らされる。堀の言うことは最初と変わって来ていて、以前は岡本一人にまかすと言っていたのが、今日はこの男に従え、と鈴木甚蔵という男に引き合わされる。そのくせ詳しい手はずや暗殺対象などは全く教えてくれない。自分で仕切れない暗殺は、岡本としては気が進まない。鈴木とお近づきのしるしに、と酒を飲んだが全くウマが合わないタイプの男である。それでも狙う相手が子供だということは教えてくれる。

     そして、その日がやってくる。

     小兵衛は雑司ヶ谷の石見守下屋敷を訪れ、前回と同じように高松小三郎に稽古をつける。今回は小三郎は倒れない。稽古が終わり、小兵衛も小三郎も屋敷を出る。小三郎は駕籠に乗り、四人の武士に護衛されて去って行く。小兵衛は谷と語らって、小三郎の身元を知りたくなった、と密かに尾行する。

     岡本は新たに引き合わされた寺島林平(りんぺい)という男と鈴木甚蔵の三人で待ち伏せるが、少年を斬るのは鈴木で岡本と寺島は護衛を斬るという分担だ。
     この様子を八郎と伊之吉が物陰から見張っている。八郎は岡本が無事仕事を終えるのを見届けにきたのであって、助太刀するつもりはない。
     鈴木と寺島は何かと岡本を見下しているような態度も見せ、二人だけで何やら分かり合っているようで気に入らないことはなはだしいが、岡本は仕事が終わるまでの辛抱だ、と耐えている。今回は昼間の襲撃であり、時間をかけられない。最近少年の護衛人数が増え、これが堀が岡本に言うことの変化にもつながっているらしい。
     鶯が鳴きはじめ、日足が伸びて行く時期だが雪が降ってくる。

     この頃堀大和守は屋敷で暗殺成功の知らせを今か今かと待っている。近藤兵馬が侍女の持って来た酒の膳を堀のところに運ぶ。堀は手酌でやるのを好むので引き下がる。そして、近藤は引き下がるとそのまま屋敷を出て行ってしまう。酒を用意した侍女も姿を消している。
     書院で三杯目の酒を口元に運んだ堀大和守が崩れ落ちる。毒殺である。近藤はどうも、堀に生きていられては困る現幕府のまわし者だったらしい。

     高木小三郎少年を乗せた駕籠が千駄ヶ谷近くの木立に挟まれた道を行く。右側の木陰から寺島が躍り出て、護衛の若い侍に襲いかかり手傷を負わせるが、若侍も反撃し斬り合いとなる。駕籠をかついでいた小者は逃げる。岡本弥助が飛び出して、護衛のまとめ役である清野平左衛門老人に斬りつけるが老人も機敏に反応してこれを打ち払う。護衛の一人が老人に加勢する。駕籠を守る護衛が一人になる。そこに鈴木が飛び出してくる。清野老人がとっさに脇差を投げつけてその足を止める。
     そこに秋山小兵衛が駆けつけて、岡本をあっという間に斬り倒す。これを見た波切八郎が走り寄るが、谷彦太郎が立ちはだかる。小兵衛は続いて鈴木甚蔵も退ける。八郎は谷を負傷させるが、小兵衛と相対することになる。寺島は若い侍を倒すが、谷に腹を突かれて絶命する。

     八郎は笠をかぶっていて顔は見えない。だがお互いに相手が誰かを察している。鈴木は清野老人と谷二人を相手にすることになって倒れる。護衛の武士も二人が死んでいる。
     残るは小兵衛と八郎。八郎は意を決したように笠を捨て、小兵衛に顔をさらす。思った形とは異なるが、ようやく小兵衛との真剣勝負ができるのだ。

     数度身体の位置が入れ替わるような攻防が続き、八郎の右腕が飛ぶ。

     小兵衛は八郎の命をとろうとは思わない。助けに飛び出してきたらしい小者(伊之吉)にその男を連れて立ち去れ!と叫ぶ。伊之吉は岡本の事も気にしていたが、もう死んでいてどうしようもない。八郎を背負って去っていく。

     それ以来、毎年雪が降ると小兵衛は八郎と、姿を消したままの市蔵を思い出す。

    ・三条大橋

     小兵衛を助けて働いてくれた御用聞きの助五郎は、探索中の浪人強盗二人に斬殺されてしまう。その息子の弥七は小兵衛の道場に通って剣を学び、お上から十手を許されて亡父の跡をついで御用聞きとなる。

     この頃小兵衛は49歳。明和4年(1769)のことである。長男の大治郎が生まれているが、妻のお貞は大治郎が七歳の時に風邪をこじらせて急死してしまった。妻の死後、小兵衛は一年間道場を閉じる。一回忌を待って道場を再開したが、これまでのついて来れない者は去れ、という厳しい稽古から転じて 剣の筋のよくない門人や体力のない門人、病弱の門人なども見捨てないやわらかい稽古も行うようになっている。これでかえって道場の評判もあがり門人も増える。このような小兵衛を支持するものもいるが、門人にこびて金儲けに走った、みたいに嫌うものも出る。

     小兵衛自身もこの心境の変化の原因を説明できないが、波切八郎の右腕を斬ったことが原因の一つ、お貞を失ったことがまた一つのように感じている。剣一筋に生きるよりも、剣術を人の益にしなければみたいな。
     自分と違って大柄で、剣に一生懸命な大治郎にどこか波切八郎の面影を見る。だが小兵衛は自分の道場は一代限りと決めていて、息子に譲るつもりはないと言い渡す。それでも大治郎は熱心に稽古を続ける。小兵衛は大治郎に対してだけは、昔のような厳しい稽古をつけるようになる。内山文太が顔をそむけるほど凄まじいものだったという。

     大治郎が十五歳になると、小兵衛は広い世間を見てこい、と京の大原にいる辻平右衛門のもとへ送り出す。島岡礼蔵が大治郎を鍛えることになる。

     高松小三郎の稽古はあれ以来行われず、取りやめになった。数年後鞘師・久保田宗七は病死して、弟子も散り散りになったという。小兵衛の後援者であった杉浦石見守も六年前に世を去っている。
     この頃小兵衛は女遊びをはじめる。後年述懐して、寂しかったのだろうと内山文太に洩らしている。女中だったおたみに手をつけたこともあったが、おたみは金を盗んで姿を消してしまった。
     百姓の娘おはるが内山文太の口利きで女中としてやってくる。当時17歳だった。この孫といってもいい娘と、小兵衛は男女の仲になってしまう。
     小兵衛は道場を廃し、鐘ヶ淵の家で隠棲することにする。ここはかつて親交があった絵師・友川正信からゆずり受けたもの。絵師は既に鬼籍に入っている。

     この頃中年の立派な風采の武士が小兵衛の家を訪ね、百両もの金を置いて帰って行く。おはるは武士の世界に興味が無いのでどこの誰とも尋ねないが、小兵衛によればその大名が少年の頃に剣の指南をしたことがあるらしい。今は十八万石の当主だという。

     おはるの素直で明るい性質を小兵衛は好ましく思い、正式な夫婦になる。大治郎は師・辻平右衛門が亡くなると三年間諸国の剣客を訪ねる旅に出て、25歳の時に江戸に帰ってくる。この時おはるは18歳。年下の義母である。

     辻が亡くなった時は小兵衛も大原に行き、大治郎と会っている。この時小兵衛はあくまでも剣一筋の息子に対し、人の生涯は剣の優劣、勝敗など黒白(こくびゃく)のみによって定まるものではない。赤や緑や黄色や、様々な色合いが人の世にはあるのだ、みたいなことを話す。

     大治郎は大坂の柳嘉右衛門(かえもん)の道場へ、小兵衛は江戸へということで京三条大橋で別れる。この時小兵衛は片腕の老人を見かける。武士ではなく町人の姿だ。付き添うように老女が一緒に歩いている。

     そうか、波切八郎は生きていたか、と思いながら小兵衛は橋を渡っていく。何か熱いものが目頭あたりに感じられる。
      

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