ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

仏教語源散策(中村元編)」Ⅰ日常生活⑥般若・外面似菩薩・上品下品・醍醐味
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

仏教語源散策(中村元編)」Ⅰ日常生活⑥般若・外面似菩薩・上品下品・醍醐味

2021-04-20 19:00
    ・般若
     サンスクリット語でprajna(nの上に~、最後のaの上に-)プラジュニャー、あるいはその俗語形panna(二つのnの上に~、最後のaの上に-)パンニャーで悟りを得る真実の智慧のこと。
     六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)というお寺が京都にあるが、六波羅蜜(ろっぱらみつ)というのは菩薩の修業には六つの波羅蜜(はらみつ)の完成が必要だという。
     波羅蜜というのは波羅蜜多(はらみつた)の略でサンスクリット語パーラミターのこと。
     「彼岸(パーラ)に到れる」という意味だという説と「最上であること:パーラマター」だという説があるらしい。
     ①布施(ダーナ)②持戒(シーラ)③忍辱(クシャーンティ)④精進(ヴィーリヤ)⑤禅譲(ディヤーナ)の五つの実践活動の末に⑥智慧(プラジュナー)を得るみたいなことらしい。


    ・外面似菩薩(げめんじぼさつ)
     平安時代の終わりごろ、清盛を打倒すべく動いて島流しになった俊寛という僧がいる。
    戯曲や小説の題材にもなっている。
    倉田百三 俊寛 (aozora.gr.jp)
    菊池寛 俊寛 (aozora.gr.jp)
    芥川龍之介 俊寛 (aozora.gr.jp)

     この俊寛は生涯許されず生涯を島で終えるのだが、一緒に流されてやがて許され都に戻った同士に平康頼(たいらのやすより)という人物がいる。この人が都に戻って仏門に入ってから書いたと言われている「宝物集」(ほうぶつしゅう と読むらしい)という書物があって
    宝物集 - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)

    女人地獄使 能断仏種子
    外面似菩薩 内心如夜叉

     というくだりがあるという。
    女性というものは地獄の使いで、仏になる可能性を断ち切ってしまう。
    外から見ると菩薩のように美しく優しそうだけど、心の中は夜叉のように邪悪なのだ

     みたいな意味で今ならネットリンチに遭いかねない暴言かもしれない。

     菩薩というのは自らの悟りを犠牲にしても他者の救済に励む、大乗仏教的に理想の修行者。
    夜叉は人間に害悪をなす悪鬼。

     宝物集ではこのくだりは自分が書いたのではなくて仏典の引用である、みたいに書いてあるけど原典には該当が無く、そこからして嘘らしい。自分の意見に自信が無い人が他者の権威を借りてあの人はこう言っていた、と主張するみたいな。

     インドのマヌ法典という律法書では女性の人権を全く認めない規定がたくさんあるそうで、夫はささいなことで妻を捨ててもいいらしい。従ってインドでは宗教的に女性は仏になれないことになってしまうし、転輪王、魔王、帝釈、梵天といった存在にもなれないという五障という考えが生じる。
     だが大乗仏教は全ての者がみな仏になれるという前提なので見解が正反対になる。そこで苦しいけど女性はいったん男性に姿を変えてから仏になるということにしたらしい。

     だがお釈迦様本人は女性がさとりを得ることを肯定して女性の出家も認め、比丘尼も誕生する。仏教の説話にも多くの女性の師が登場する。仏教の基本的立場は修行上男女の区別はないというものだったらしい。

     外面似菩薩 内心如夜叉

     というのは男性修行者に対する戒めの言葉として受け取るのがいいだろうと書いてある。

     その一方で「女は魔物だ 女はコワイ」というのもそれはそれで正しいのかもしれない。

    ・上品・下品
     上品は品性に優れ下品はその逆という意味は変わらないが、仏教ではジョウヒンではなくジョウボン、ゲヒンでなくゲボンと読むのが普通だと書いてある。
     インド人は物事を上中下に分類するのが好きだそうで、仏教でも上中下をさらに三つずつに分けて上の上、上の中、上の下、中の上、中の中、中の下、下の上、下の中、下の下みちにするとのこと。浄土宗ではこれをカッコよく
     上品上生・上品中生・上品下生・中品上生・中品中生・中品下生・下品上生・下品中生・下品下生と呼んだという。これを九品(くほん)というらしい。世田谷に九品仏っていうお寺があるな。京都にもあるらしい。上品上生はジョウボンジョウショウと読むと書いてある。ナマじゃないのか。
     浄土に往生する者にはこの九つの品性による区分があるということらしい。
     上品上生の者のからはじまって下品下生までその条件が書いてあるけど省略。下品に分類されるものは犯罪者で、下品上生まではセーフらしいけど下品中生と下品下生は地獄行きなのだとか。詳しくは書いてないけど浄土と極楽は同じような意味らしく、地獄に落ちた者はヒイヒイいわされて罪を贖ったあとには阿弥陀仏に救われて極楽に行けるのだという。
     阿弥陀仏がそれぞれの品性に合わせた九つの浄土にそれぞれ存在すると考えて、阿弥陀如来像を九体安置するのが九品仏と呼ばれるお寺の考え方らしい。
     一方で浄土は一つである、という考えもあるのだという。

     人間の浄土とロボットの浄土が別々だと、プラネタリアン的には困ることになるので私は浄土は一つの方に一票かな。

    ・醍醐味
     牛乳を精製したものの味は五段階に変化していって、最後のものが最高の味でこれを醍醐味ということらしい。
     第一段階が乳そのもので、第二段階が酪でヨーグルト。第三段階が生酥(しょうそ)でフレッシュバター、第四段階が熟酥でギーみたいな。最後が醍醐で純粋なバターのようなものだという。
     漢訳には混乱があって、どれが酪でどれが酥か読んでいるうちにわからなくなるものもあるらしいけど、著者はおそらく訳者がインドの乳製品を知らなかったからではないかと書いている。醍醐の原語はサルピス・マンダだそうで、お子様の側にのカルピスはこれが語源らしい。
    カルピスは英語圏だと牛のオシッコみたいな意味になっちゃうのであちらではカルピコなのだとか。アトムをアストロボーイにしたみたいな話だな。
    4413 (agri-biz.jp)

     醍醐はチーズだという意見もある様子。バターかチーズかというと全然別物じゃんとも思うけど、醍醐のレシピは残っていないこともあっていろいろ説はあっても決着はつかない様子。醍醐天皇もこれに由来する名前だとか。
     これって諡号にしたのではなくて生前から名乗ったのかな?後醍醐天皇は生前からそう決めていたらしいとピクシブ百科事典に書いてあるけど、名乗ったとは書いてない。それがめずらしい例と書かれているので醍醐天皇は諡号なんだろうな。それを生前に決めて指定したということなんだろうか。それともお隠れになってから残った人たちが醍醐がお好きだったから・・・と決めたのだろうか。すると醍醐天皇ご本人はそう呼ばれることになるのをご存じなかったのだろうか。ここには小説一本書けそうなドラマがあるように感じる。
     後醍醐天皇も醍醐なるものを好きだったのかどうかも気になるところだけど特に書いてない。醍醐天皇を尊敬していたから後醍醐天皇にしたみたいな。

     仏教的にはこの醍醐の最上の味であるというイメージを借りて、精神的に最高の境地である涅槃や最高の教えを醍醐味に例えたと書いてある。
    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。