ユーザーブロマガは2021年10月7日(予定)をもちましてサービスを終了します

「仏教語源散策(中村元編)」Ⅳ仏教にとり入れられたヒンズー教の神々③餓鬼・夜叉・毘沙門天
閉じる
閉じる

新しい記事を投稿しました。シェアして読者に伝えましょう

×

「仏教語源散策(中村元編)」Ⅳ仏教にとり入れられたヒンズー教の神々③餓鬼・夜叉・毘沙門天

2021-05-13 19:00
    ・餓鬼
     サンスクリット語のpretaプレータ の訳で「鬼」とも。「死んだ人」と「死んだけど儀式がまだすんでいない人」という二つの意味があるとのこと。
     儀式というのはサピンディーカラナと呼ばれるもので、文献によってやり方が違うらしいけどちゃんとした「祖霊」つまりご先祖様の列にちゃんと加わるための儀式らしい。

     仏教はこれを取り入れて人間が死後行く可能性のある六道の一つとした。餓鬼は空腹でもモノを食べられないみたいなことになるらしい。筆者は口内炎で痛みで何も食べられなくなった経験があるそうで、これはつらそう。
     子供のことを餓鬼というのは昔の子供はいつも腹をすかしていたことからではないかみたいな考察があり、チベット語でも子供を叱る時にイダという餓鬼を意味する言葉を使うことがあるという。

    ・夜叉
     サンスクリット語のyaksa(sの下に・)ヤクシャの訳で薬叉と書かれることも。日本では恐ろしい鬼のイメージが強い様子。ヤクシャのもともとの意味は「すばらしいあらわれ、ふしぎな出現」みたいな意味になるとのこと。
     マハーバーラタにはこんな話があるという。

     敵に敗れて森に家族とともに隠れていた主人公が、水を探しに行った弟四人が戻らないので探しに行くと湖に出る。どこからともなく聞こえる声が自分は鷺だと名乗ったうえでお前の弟たちを殺したぞ、お前も質問に答えないと弟の後を追うことになると告げる。
     主人公は鳥にそのようなことはできぬはず、あなたは一体何者ですかと問えばヤクシャだという。ヤクシャは巨大でふしぎな姿を現して質問をする。主人公はこれに答えてヤクシャを満足させ、弟たちも生きたまま取り戻して無事に帰ったという。

     インドではヤクシャは半神とされることも多いそうで富をつかさどり恩恵をおしみなく人に分け与えるとも。ヤクシーもしくはヤクシニーと呼ばれる伴侶を持っている。なかば裸体のセクシーなイメージで描かれることも多いとのこと。訳されると夜叉女(やしゃにょ)となる。
     仏教に取り入れられると仏教を守護する八部衆のひとつとなり、毘沙門天配下に八大夜叉というものもあるらしい。毘沙門天はインドではクベーラという神で財宝の神。ヤクシャの王であるとも。
     夜叉女はランカー島という島にいて船乗りを誘惑して殺すとも。

     近代インドでは悪魔的な妖精と扱われるようになっていて、ヤクシニーは出産で死んだり水死した女性の霊とされているという。

     私の場合夜叉で真っ先に連想するのは白黒のゲゲゲの鬼太郎2話の髪の毛のオバケみたいな夜叉になってる。
     
    ・毘沙門天
     サンスクリット語Vaisavana(sの上に’、nの下に・)ヴァイシュラヴァナの訳。仏教上は須弥山の第四層で北方を守る神とされている。多聞天とも呼ばれ従者として羅刹や夜叉を引き連れる。武神というイメージが強く上杉謙信が毘沙門天を信仰していたとも。
     インドではヒンズー教の神として富の神。クベーラという名を持つ。梵天の孫ヴィシュラバスの息子とされる。母はイラヴィラーという。
     太古は海岸と河川の神で二万年にわたる修行の末に梵天に認められて北方守護神となった。ラーマーヤナに登場する羅刹王は異母弟だという。
     異母兄にラーヴァナという者がおり、クベーラからランカーという都を奪ったりプシュパカという空飛ぶ車を奪ったりする。これらは梵天がクベーラに与えたものだった。
     ラーヴァナはその後もクベーラの宮殿を攻めて財宝を奪ったりするが、ラーマという王子の妻を奪って起こった王子に殺され、プシュパカは王子からクベーラに返されたという。
     
    広告
    コメントを書く
    コメントをするには、
    ログインして下さい。